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ゲーム:刀剣乱舞、その17

Last-modified: 2015-07-19 (日) 04:22:06

ゲーム:刀剣乱舞、その17

6月23日めも。

現在同月25日です、6月28日の同人イベントのためにぽちぽちと原稿打っていたんですけども、ええと、ビッグサイトのとうらぶオンリーで友人のスペース(ホ34b)に主に売り子としております、ぴくしぶにはこのWikiのトップからつながってます。
女性向けの作品なのでまあ、人は選びますけども、特にその辺に興味がなくてもよろしければ遊びに来てやって下さい。多分暇してます。
正直あれだ、私の創作傾向と合わなくてもそれ以外を読んでいることってのは仕方ないを通り越して自然だと思うんですよね、内容が内容だ!!
 
あと燭台切さんのモデルになった刀を管理されてる美術館さん(徳川ミュージアムって名前だと美術館でいいのかな? ちょっと違う?)のほうの寄付が1万円でちょっと敷居が高かったので4人か5人でまとめてやってくるつもりです、一人2千円くらいならねー。
もともと私、日本刀は正宗とか長船くらいしか知らなかったんですが(新撰組刀がわりと前から知られてるらしくて、同田貫がドラマやゲームに出てるとは聞いてて、【薬研藤四郎】は少し年配の歴史趣味の人だと知ってるよね、みたいな)、ぽちぽち読んでいるうちに、とうらぶの刀はだいたいのところは読んだことになるんじゃないかな、と思うんですが。
多分ですが、単独では本には出てこないんじゃないかなー、と思うのがこの【燭台切光忠】で他の人とも話してたんですがなんで選ばれたのかよくわからない。どうも前にしていたというゲーム原作さんの歴史関係の配信だと伊達家に詳細な刀の記録があって、ということらしいんですが、うーん、ただ思ったよりは重要なのかなぁ、という気も。
長船光忠の刀はわりと家単位にまとまってて武将人気高かったらしいんだよね、そこから一振りだけ離れた、ということだとそれはそれで意味あったのかもな。

6月24日めも。

ていうかあれですね、前日分書いてたの26日じゃんまあいいや。
さっき日付け越えました、『御剣』という毎日新聞社の大判の本を読んでいたんですが、前に読んでた『国宝』(毎日新聞社)とか『原色日本の美術』(小学館)と同じサイズかと思ったんですが一つサイズ小さかったね、書類に多いA4サイズ、ハードカバーだとそこそこのボリュームですが、まあ一般家庭にあって不思議はないかなこれは。
 
すんごく大雑把に御物の中の剣(両刃のものが剣で、両方含まれる時は剣って言ったりもするよ)、と思いながらこれ打ってて気付いたんですが、【一期一振】の写真はないんだね? なんかちょっと分類を勘違いしているのかもしれませんが、そういや御物として挙げられてる刀の中でぽつぽつない気もするから、なにか基準があるのかしら。
いやまああの辺を流し聞きしてるのでうろ覚えではあるんですが、そういや【鶯丸】に関しては献上前にふくれを直していた話がついったで流れて来たことあったなぁ。そういやちょうど鶯丸の写真もないですね、案外美観の問題なのかな?
ちょっと面白かったので三条小鍛冶については「三条」銘は【三日月宗近】だけであって「宗近」銘が多い、と言われていたんですが、あ、そうなんだ、確かこれは意味わかってない段階に読んだ本にそんなことが載っていたような気もするなぁ。
この本の中では小烏丸の隣に写真があったんですが、なるほど、だいぶ古いな。
湾刀っていう反りはのちのものと同じなんですが、刃の付き方がだいぶ浅いというか、古い刀の特徴なのかなぁ? 武器はどうも結構ほいほいと移動していたみたいなんで、異民族が作ってても特に違和感ないんですけどね小烏丸、それとちょっと似てる。
三日月宗近と同じ古雅の、と言われてたたんで今度見る時は注意してみよう。

6月25日めも。

現在29日です、そして正確にいつ来たのか忘れましたが(をぃ)、【明石国行】さん来ました! 良かったよー、短刀勢がカンストするんじゃないかって地味に心配になって来てたからね…(薬研くんは2振りめ用意したんだけども、あとはちょっと)。
で、ただ、これで46振りが揃ってしまったのでしばらくのんびりします。
 
明石さんはなんというか、ううん、だいぶオブラートに多重に包んで言うと『K』というアニメのキャラに似ているということが言われてまして、私そのアニメは見てないんですけども「眼鏡キャラが複数いて黒髪なのでぱっと見に見分けが付かない」と言われていたので、まああることなんだろうな、と思っていたんですが。
わりと真剣に語られていたところを見たらちゃぶ台を返して叩き付けた感じの。
確かにどっちも眼鏡掛けてるな!!! みたいにだいぶ友人の子牛とシャウトし続けました、まあ『K』に出てきそうというか「明石並べたら4人目だろ」「それな」「なんか『K』の同人やってたみたいだからこのイメージでってオファー来たんじゃねぇの、最近そういうの定番なんだよな」「へー、そうなのか」みたいな感じの。
そのキャラがなんかわりと細身の剣使ってる陣営みたいなので(陣営幾つか別れてて陣営ごとで武器違うアニメなんだっけ? 何度か見たんだけども、私もあれだ、眼鏡キャラの見分けとか特に付けてなかった派だよ)、なんというか、確かに趣味がだいぶ被ってるなー、というのはわからんでもないよね。
人類史において何百回目の被りだろうな、というのも同時に感じるけどね。
インターネットにおいての処世術というか、話半分というのは誰でもやってると思うんだけど、話100分の1のほうがいい時代なんでしょうかね(オブラート加重)。

6月26日めも。

明石さんが来たのでとりあえず遠征(レベル1の段階で練結マックスにするのでレベル2になるまでだけど、面倒なのでくるくる回してることもあります)、1日に2回だけ練結して、みたいなとことん任務中心でお送りしております。
ていうか今までは【6-2】でくるくる回っていたから良かったんですが、ボス撃破だけどこかに行かなきゃなぁ、面倒い、みたいな。
あ、うん、【依頼札】がある辺りにしようどの辺だったかなぁ。
(そしてそうなるととてもとてもレベル制限が面倒なのよ、そんなに経験値もいらないからなぁ、カンストとか特に興味ないし、さにわレベルがカンストしそうだし。)
明石さんが遠征に入れるとぶちぶちと休みたい、と言うんですけども、お前実戦も嫌な組じゃん、と思いつつも、特に人のことは言えないなぁ、みたいな。
 
まあこちらにとっては拘束度のあんまり強くないゲーム(任務があるから毎日ログインするとちょっとお得、でもある程度以上になるとそのメリットは誤差の範囲)なんですが、キャラクターにとっては全然関係ないのになんでか借り出されてる戦みたいなものなのかしら、と思いながらプレイするとわりとしっくり来るかしら。
あとあの、小判が大阪城イベントをクリアした時点で14万くらいあったんですが、ちょっと見てみたら小判箱を放置してるのに15万とか溜まっていたので、どこで来るんだっけこれ…。
なんかもう課金アイテムでも買わせろ、という話をしていたんですが経営上良くない、ということになりまして、なんの意味もないキャライベントのためだけの資金にしようよ!! という所存、なんの効果もないけど新ボイスというのが一番良くないかな!

6月27日めも。

最近ぽちぽちと鉄の歴史関係の本を読んでいたんですが(いまだに用語がきちんと使えてないよ)、まあ、一応前の鉄道関係から初期産業の絡みでちょっと読んだことはあるにはあるんだけどね。
ええとあれ、最初期の記録がないので前時代からの産業を押さえる、という意味で江戸の金属加工に関して読みたかったんだけども、日本の金属加工という意味だとその時期の進展がないので全史を通して読む必要ががが、みたいな感じです。
友人とも話してたんだけども「もはや萌えの付け入る隙ないじゃん」「でも萌えでもないとやってらんねーよ」「それはそうだな?」みたいな。
 
んー、今の時点で知りたいのは露天だたらと言われてるものと野だたらが同じものなのかどうか(多分そんなに難しくないと思う)、露天だたらで出来たいわゆる褐色鉄と言われるものから和鋼は作れるのかな、という部分。
(作れることは判明した、とは見たんだけども詳細がわからなかったんだよ。)
和鋼って要するに今で言う「玉鋼」と認識していいのかな? みたいな部分ですね。
この和鋼ってのはちょっと鋼鉄(もしくは鋼)よりも炭素、というか不純物が多めのはずなんですが、日本刀を作る場合はむしろそうでなきゃならないっていう受け取り方でいいのかなぁ、というのも今はまだちょっと不明。
これ、それに近いことは書いてあったような気はするものの、その理屈までちゃんと踏み込んでなかったのでその辺が読みたい感じですね。
日本じゃなくて確か中国だったと思うんだけど、剣が作れなくて困っていたら妻が炉に飛び込んで、という話があったんですが、要は炭素? うん、あのその。

6月28日めも。

『古城の風景』の6巻「北条水軍の城」を読み終わってまずあれだ、武田氏好きじゃないよね、ということと、北条氏が好きなんだね? ということでしょうか、北条早雲を一体どこで認識したのかは相変わらず思い出せませんが、応仁の乱前後くらいの人だろ、ううん、ちょっとわかんない、そういう作品見たことあったかなぁ…。
まあでも、なんとなくですが評価されるのがわかる感じはしないでもないな。
この北条氏ってのがなにかという段階からよくわかってなかったんですが、あ、鎌倉幕府の時のあの北条か! いやうん、多分直線じゃないんだけども、あと北条早雲からは「小田原北条氏」みたいに呼ぶみたいです。
ううん、戦国時代はさっぱりわかってないのでだいぶ素っ頓狂なこと言っていそうで怖いんですが、前に見た今川義元の番組で今川氏と北条氏の領土って確か隣り合っていたような気がするんですが、ええとこの辺が松平の三河で(愛知県を押さえながら)、んで小田原がここら辺で(神奈川県なのでだいぶ認識が東に寄ってたけどそうだ静岡県寄りか!!)、と押さえていってようやくわかりました、でけぇな北条氏!!
それと比肩するだけの規模の今川氏があって、武田氏がええと、山梨県の辺りだよね、なんで覇者が織田信長、豊臣秀吉、徳川家康なんだよww 一人くらいこの三家から滑り込んでもいいじゃない、大逆転時代だよなぁ、戦国時代www
 
いやうん、こんなこと常識なのかもしれませんが、私はまずこの辺からです。
ところで著者さんが北条氏は好きだけど、武田氏はあんまり、というか戦しか強くない武田勝頼がだいぶ嫌いなのもなんとなくわかる気もするし、徳川家康は評価まではしないけど無碍にする気はないんだな、領土を保持することが重要なんだ、それはいいと思う!

6月29日めも。

ついったの「元主と刀版深夜のお絵かき小説一本勝負」さん(@wasuregataki_60)のところで【#特別企画私的元主と刀はここがいい】という企画をやっていまして、その、ちょっと無粋というか野暮なこと申しましたので、参加の意味合いでぽちぽち打っています。
 
そもそも中世の頃には【薬研藤四郎】という以前に刀を評価する、という習慣はどうもそれほど一般的ではないらしく、基本的に「由来」もしくはオカルト絡みの逸話で知られる刀が多い時代です(刀目利きで知られるご存知の本阿弥家なんてのもそもそも室町時代の同朋衆の名前ですね、これ)。
有名になる以前の藤四郎の短刀(短刀という名称すらない)の一本を個体識別することも困難なのですが、ところが翻って骨喰と一緒に松永弾正の略奪を受ける頃までには移動という単位でわかるようになっている。
骨喰はこれは完全に「斬る真似をしただけで骨が砕ける」ということで献上されたことが由来、足利初代将軍の腰にあったという完全な魔剣扱い、持ち主を選ぶということでも有名だったらしいです(なにしたのかわからないって言われてましたがw)。
無名だった吉光の小刀・薬研通がこの骨喰と並べられるのが自然となっている。
そもそも薬研藤四郎にあまり信頼のおけない後世の仮託が多いものの、上の時期を考えて畠山政長が生存の頃はともかく、死後あまり有名ではなかったらしいことも考えて、少なくとも「畠山政長との薬研通の逸話は当時か近い時期から存在した」ということはわりと妥当なのではないのかなぁと、まずそんなところからなんですが。
有名じゃない人物との逸話って特に作る必要ないからね、実話であっても話が広まったのは多分彼の名がまだ民間に認識されていた頃になるはずなのです。続きます。

6月30日めも。

この室町時代の「応仁の乱」の前後の時代は、室町の6代将軍・足利義教(籤引きで選ばれた将軍、というのは噂じゃなくてかなりはっきりした史実です、他にも似たような例はあったみたいなんだけどね)の頃からだいぶ酷かったらしく。
どうもこの足利義教(6代)は各家の後継者争いに好んで首を突っ込んで領土を取り上げるための口実にしていたらしい節があり、応仁の乱前後にあちこちで連鎖反応的に起こっていたお家争いもその結果。
挙げ句の果てにこの義教は争いの規模が大きくなると事態を放置。
この次の時代が日野富子を妻と持つ義政(8代足利将軍、兄・義勝が早世した7代将軍)、その各地での争いのためか一揆衆という地域の独自軍事組織は肥大するわ、足軽という半分農民である存在が出てきたのもちょうどこの頃のようです。
正直、ややこしすぎてこの当時の情勢がきちんと読めてる自信もないんですが、侮辱されたからと軽率に焼き討ちにするのは止めて欲しいです…混乱の極み。当時の細川とか山名とかそういう一大勢力まで簡単に騒乱起こすのでちょっとはらはらします。
 
で、多分ですが当時の三番目の勢力であるのだろう家が畠山氏、有能な養子貰ったら実子が出来たのでそこからぽちぽちと争っていて、その養子の子が畠山政長(この人も他所に仲介を求めて再度養子になってます、ややこしい)。
この畠山氏の分裂に細川と山名がそれぞれ便乗してしまったのが応仁の乱。
どうも畠山政長は当時有名な猛将で名称だったらしく、結局彼とのちに敵対した細川側が書いたと推測される『応仁記』でも特に悪く描写されている様子がない、民衆人気が高かったらしく、どことなく言動にお人よしなところが漂う人物として描かれています。

7月1日めも。

そもそも【薬研藤四郎】ってどうにも後世に仮託されたんだよね? という逸話が結構わらわらあって面食らうことが多いんですが(一つ二つだとまあ箔付けだ)、これは人間だとたまにあるパターンで要するに「貴種流離譚」というんですが。
別名が判官贔屓、大雑把に言うと敗者の生存説です、源義経のが有名ですが、現代にも知られてるのがあれくらいってだけで実は結構ぽちぽち存在しています。
本能寺の変のちの生存説はまあともかく(あれは記録が実際にあったからだ)、その経緯があれやこれやとあるというのが要するに正しくそのパターン。
正直なところ、物にこういう伝説が存在している例は私は他に知らないです。
(でもまあ、案外あるのかもね、貴種流離譚そのものが最近ほとんど扱われないし。)
 
で、こうやって語られるのは本来は敗者、薬研藤四郎ののちのエピソード(生存説以外にもなにか全く関係ないぽこっと変なところに登場します、徳川家康の若い頃に負けた時ってなんだww)を見る限りは常に敗者に寄り添う剣として描かれている。
その始まりが畠山政長氏との逸話から始まっているのだとしたら、そもそも京都の民衆に非常に人気があって、畠山の家督争いには味方のはずの細川に見放されて負けて、それでもなにか事態が起これば室町幕府に借り出されるような存在であって。
特にそんな必要もないのだろうに足利将軍位争いに巻き込まれて、取らなくてもいいような敗戦の責任取って死んでしまった悲劇の武将の、命惜しんだものがいたよ、ということなのかなぁ、とぼんやり。
ところで本阿弥さんの記録だと薬研さんだいぶ細くて長いようなので、切腹しにくかったと思います…短くないと無理だよ、脇差のほうがまだしも太いから楽だよなぁ。

7月2日めも。

6月29日からぽつぽつと書いております【#特別企画私的元主と刀はここがいい】の薬研藤四郎と彼が「腹を刺さなかった」畠山政長の話の最後(ここでページが変わるので)。
のちに薬研通という名前の付く藤四郎の短刀が、なぜ政長の手に入ったか、というと妥当なのは足利義視が足利の宝物庫から足利伝来刀を持ち出していたらしい記録があるのでそのあとのことかなぁ? 全体的にちゃんと読めてる自信はないです、正直。
畠山の家に伝来している場合、すでに政長は応仁の乱で家督争いに負けたしね。
 
この足利義視は足時義政(8代将軍)の弟、日野正子の生んだ嫡子と足利将軍位を争って一旦敗退、ただしその嫡子が死んで別の家から足利将軍を迎えることになったので戦線復帰、その時点で政長との結び付きが出来たみたいです、あんまり記録ないけど!!
これだと正直、あんまり長い付き合いってわけでもないのかなぁ、と。残念。
もともと短刀は粟田口吉光の時代までは本当に実戦刀であって、短刀の名手、とされた刀工は吉光とほとんど前後して登場しているので、どうもそもそも過渡期の存在、非常に地肌の美しい刀だったのでまとめて足利に伝えられて、多分ずっと箱の中。
そして名将と言えるような相手に一瞬でも与えられて、どうなんだろう、切腹に使われた刀って当時の感覚でそのまま残されて伝えられていくような時代ではなかったのではないかと思って今調べているのですが。
畠山政長氏はそれ以前にも何度か負けていて、その時点でも特に進退がどうの、という話になっていない(自前の地盤があるので)、その上彼が味方した足利義視の息子はその後足利将軍位に付いています。ここで関係の薄い彼が死ぬ理由がある気もしない。
私は個人的には単純に「死んでくれるな」という話だと受け取っているのですが。

Tag: とうらぶ
(ゲーム:刀剣乱舞、その17)