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ゲーム:刀剣乱舞、その19

Last-modified: 2015-08-02 (日) 03:15:21

ゲーム:刀剣乱舞、その19

7月13日めも。

現在7月18日です、同人の原稿をやっておりまして、その後体調不良とか腹違いの妹さんと会う約束などでサボり気味になっていたんですが(とうらぶはそこそこやってたけど)、よく考えたら一番やってたのは【かんぱに】ですね、DMMゲームの。
友人が花騎士(フラワーナイトガール)ってのやっていて、その後気付いたらそっちも始めてた感じなんですが、正直面白いんだけどキャラ萌えはないかなぁ。
女の子だからじゃなくて、艦これなんかは好きや贔屓キャラって普通にいたしね。
あとすごく感じる「DMMゲームの遺伝子」、友人らとも最近よく話してるんですが、なにかこう、なにかこう、なにかよくわからないながら作業させたがるというか。
もものまんじゅう(友人)がとうらぶも艦これもだいぶ苦手な感じだったんですが、正直なところこのゲームが出来るようになることが、意外と実生活にも役に立つ気がそこはかとなくするというか、なにが苦手なのかということを分析することが出来るというか。
 
私と子牛(友人)がわりと得意なものの、やり方がだいぶ違うとか、でも全種別をだいたい満遍なく使うってのが共通しているというかそんな感じ。
かんぱにだとそこまで代替が利かないわけでもないので、何種類かの好みで絞っちゃってもいいとは思うんですが弱いように見える種別が馬鹿にならない。この弱いほうの職業とか種別に対しての救済措置みたいなものもだいたい共通な気がするよなぁ。
少なくとも複数のキャラを予備含めてストックしておいて、種別の特性をある程度以上知っていて、ゲーム面によっての特徴がだいぶ違って情報がだいぶ重要だとか、だいたいそんな辺りが共通な感じ。話聞いてるとわりと昔からみたいです。
作成会社が違うはずなので、多分こういう発注なんでしょうね、性癖ですかね?

7月14日めも。

岩波新書の『刀狩り』を読んでいたのですがあれ、悪い内容ではないものの、著者さんの持っているという「武器を持たない無辜な民衆」という印象のほうが共有出来ていない感じだったので、どうも微妙に読みにくい感じで残念でした。
あとあれ、GHQに関してはなんかやっぱりこれおかしい気がする…。
昭和20年に敗戦、昭和28年に美術品として認められて、こないだ読んだ東大(当時は帝大)の科学研究本が昭和28年、つまり数年掛けてその話し合いやアピールをしていたということはまず間違いないわけで、いくらなんでもこのスケジュールで大々的な刀狩りとか出来るように思えないんですよね。
武装解除って意味だとまあ優先されるのはわかるんだけどさ、刀狩りするために日本に来たわけでもあるまいし、としか言い様がない。日本刀だけから見るとあんまり違和感ないのかもしれないんですが、GHQや戦後という単位でそこそこ長いこと読んでいると、どうにも上手いこと方針と兼ね合うように…、ううん、どうなんだろう。
(というかこれ、なにか別の事態と連動した出来事だった気もしないでもない、憲法とそれと天皇の戦争責任についてだと結構しっかりと話し合いされてたし、本もあるし、ただしその二つが結び付いて語られてなかったけど、しかし連動しているはずだよね、刀に関してもそうなんじゃないのかなぁ。)
占領地域にありがちな独断専行の類なんじゃないのかなぁ、という感じ。
ていうか、その話は金属供出のほうじゃないの? というものが結構ぽちぽち混じってるのがすごく気になる。
 
あ、でも、トラック一つ使用許可が出なかった辺りとの関係はありそうか。

7月15日めも。

ええと、前日分の雑記で『刀狩り』を語り始めにしてだいぶズレてしまったんですが。
こちらの本はもともと豊臣秀吉の「刀狩り」に関してが主な本だったのですが、なんだろうね、なんというのか、ううん、あれだ。
この本読んでてこれ、「太閤検地」と関係あったんじゃないかな? みたいなところが気になってきてしまったんですが、そんなに全国的に一気にやったというより、ずーっと延々手を変え品を変えて少しずつ集めた刀の本数みたいなものを増やしていったみたいな感じなんですね、そして正直、刀が減って本当に平和になってる気がするんだww
従来説の否定って意味だと思うんですが、私にはもともと庶民が武器持ってないって発想がないんですよね、だって持ってるし! ただ、余剰な刀はわりと繰り返し持っていかれたらしいみたいなこと聞いてると、あるいは防衛用になっていったのかなぁ、という気も、壊れた刀を差し出すなんてことも結構あったみたいだしね。
 
ただ、こういうこと考えながら読んでいるのに本が従来説の否定ってところから主題が外れてってくれないので、どうにも気が削がれるというか読み辛かったですかも。
あとここの本の中にあった、名刀を買い上げていたってのは、一応連動した出来事ではあっても別件なんじゃないのかなぁ、という気がする。要するに持ってることがバレたので取り上げられたみたいな話なんじゃないかと。
で、そもそもその刀はどこから一体農家や商家や庶民のところに行ったのか、ということを考えると、ううん、戦場からかっぱらってきたって認識でいいのかな!
そういや刀や脇差ならともかく太刀持ってると「えっ?!」と思うんだけど、中世だと持っていたらしい…要するに実戦刀の時代、うん、なんの話だっけ。

7月16日めも。

日本の時代史8の『京・鎌倉の王権』読了、正直、戦場がどうのという話だと今の時点で特に興味がないので前半はわりと読んでて詰まらなかったんですが、鎌倉の幕府と天皇の統治に関してをわりと並立して述べてくれていた本は読んだことがなかったのでちょっと新鮮でした、いや、どっちも読んだことはあるんだけど…、土地が離れてるのでわりと両方が独立しているのかなと思っていたというか、今から思うと恥ずかしい...orz
京都と鎌倉が結構交流が盛んだったというのはわりと日本刀の関係でも読んでいたし、多分関係してくると思うのですが、そもそも統治のスタイルがそこまではっきり決まってるわけでもなく、この時代になるとだいぶ規模が大きくなって来て、社会の構造みたいなものがはっきりして来ていることなんかもあちこちに関連してくるんだろうなぁ。
だからこそ逆に、社会から零れる存在もあった、ということが語られていたんですが、ちょっとその辺に関しては微妙かも。
 
この本の中でも遊女に関してが語られていたんですが、遊女って要するに巫女までを含んだ存在であって、普通に政府高官だろうが天皇だろうが婚姻関係を結んでいたり母親になっていたりするみたいな、そうすると私の認識している「遊女」と本当に同じものなんだろうかというのがかなり疑問になってくるんですが。
(その身を売ることがあるってのは別にいいの、でもメインがそれだったのかどうかは微妙だと思うんだよねこれ。)
前に別の本で読んでいた官位を持っていた遊女の可能性もなにも、この前提だとそもそも検証するまでもなく当たり前にいそうだよなぁ。
でも中世の終わりまでに遊女らの地位は転落してる、まだちょっと間あるよねこれ。

7月17日めも。

現在7月28日です、ぽちぽちと間を埋めております、あと本を借りて来たところまででいまいち読んでない感じなんですが、手が汗で湿ると無理っぽい気がしてきすよね(いや手に汗は掻かないんだけども、気分的に)。
一番きちんと読んでいたのが『中世日本商業史の研究』だったんですが、そういやどうも前に疑問に思ってた「野だたら」と「露天だたら」はちょっと別物じゃないのかな、という感じです、完全に分離してるわけでもないんですけどねー。
野だたらのことを竪穴式って表現していたので、ちょっと藁に混ぜて露天で、という表現をしていた露天だたらと完全に同じものではなさそうです。
で、そうなると「たたら炉」にはちょっと近いのかな。
この辺はどうも確定した用語というよりは、実際にあるものを漠然と呼んでいるんじゃないかなぁ、という気もしないでもないというか、実際の鉄そのものを扱ってる人たちよりもその周辺ジャンルの人たちのほうがさっくり表現してるんだよね。
まああれ、正確ではなくてもだいたいそういう傾向がー、と覚えていく予定ですだ。
 
あと鋳物師がなんか三条がどうとか、藤原氏がどうとかぽちぽちと出てくるんですが、鋳物師って一般人ではないのかなぁ、というのがわからない。
藤原氏って時期にもよるけど(中世の本ですよ)、さすがに貴族の係累よなぁ。
それからあれ、なんか受領っぽい感じの地方の官位持ってる。
でもこの時期っていうか、刀鍛冶の受領(地方官位)だと之定さんくらいまで時代が下るというか、そこまで地位が高くなくてもあくまでも中央官位っぽいんだよな、長船で何人か見たくらいですけども、もうちょっときちんと並べないとなんとも言えないか。

7月18日めも。

『鎌倉幕府草創の地・伊豆韮山の中世遺跡群』遺跡を学ぶ072を読み終わりまして、このシリーズはここでどういう表記にしてたかな、と思ったんだけども、ありゃ、前に読んでたのゲーム始めるよりも前か。
まああれです、このシリーズの中の「だいたい中世くらいかな」みたいな本をまとめて借りて来た感じなので間違っている可能性も高い。
なんでそこまで大雑把なのかというと正直なところ読んでも読んでも取りとめがなさすぎて少しでも土台を積み上げるつもりだよ!!
あと、地方に関してとか戦国大名がどうとかがわかっていないので、無理のない範囲でじわじわと周囲を侵食していく所存ですよ。神話やってた時にしみじみ感じたけど、神社をメインに語ってく本はわからない部分があってもブレが少ないんだ。
遺跡がメインでも似たような側面はあるんじゃないのかなー、と史実より物のが強い。
 
んーと、大雑把に源頼朝のもともとの本拠地であって、その後、室町時代には堀川公方がこの地にいて(何者かがはっきりわかってるわけではないけど、足利家の有力な分家だよね、11代足利将軍の義澄がこの家の出身ってのは薄っすら覚えてた)(地位自体は簡単に調べられるけど室町時代の地位がアテにならなくて…)。
で、さらにその後、小田原北条氏(もしくは後北条氏)の北条早雲がこの地の出身で、小田原に本拠地を移してもこの地にいたんだよん、みたいなそんな話だったんですが。
小田原北条家の血統をきちんと見直したほうがいいのかしら、源頼朝と同じなのはともかく、堀川公方との関係ってのはあるんかなぁ。単に封地って気もしないでもないけど。

7月19日めも。

『中世日本商業史の研究』を読了、大雑把に刀鍛冶かなにかの単語で検索に引っ掛けたんだったかと思うんですが(鋳物師単品の本も取り寄せてるけど、古文だった…どうしようかなぁあれ)、刀鍛冶単品の内容どんなだったっけ。
何度もちまちまと書いてるけど鋳物師に藤原姓の人が多いのなんでなの。
わりとあれ、時代が長い上に元号表記されてるので(不便だなぁ、と思ったけど、昭和27年の本だとしょうがねぇな!!)、いつのことかわからないんですが、鋳物師が官位持ってるのって結構古い時代じゃないのかなぁ、という気もする。
挙げ句に藤原姓って、どういうことよ、わからんよ!!
あと京都の三条の辺りに「鎌座」「釜座」が出来てたよん、みたいなことが語られていたんですが、どうも他の本でも三条から四条の辺りって商業地域だったみたいなことたまに聞く気がする、で、粟田口が京都で主要の口であって三条の裏っ側みたいです、て、地形知りたいなこれ、と思いながら読まざるを得ないよねさすがに…。
(この辺はだいたい何冊かの本の複合なんだけどねー、中世で京都だと正直どの本読んでても三条とか粟田口って地名としては出てくる感じ。)
基本的に精鉄の類は砂鉄のほうが運びやすいので燃料である木炭に依存した土地で行われる、みたいなことを聞いたことがあるんだけど、そのことと関係あるのかしら。
 
あと、刀鍛冶と鋳物師ってどの程度つながってるのか、それと鋳物師の官位ってわりと地方のものが多いんですが、のちの時代の受領と違ってこれは実際にその土地にいたって意味として受け取っていいんですかね?
うーん、正直まだぼやけてる感じするよねぇ。砂鉄もどこから来てるのか…。

7月20日めも。

『大仏造立の都・紫香楽宮』遺跡を学ぶ020、を読了したのですが、何時代って言うんだっけこれ、あとさすがに古代じゃねぇか! という突っ込みをしていたのですが、そもそも私がなんのために中世史の本を読んでいるのかも説明しずらいところがあるのでまあいいです(一応ゲームがきっかけですよ、全く無関係の部分を読んでいることも多々あるけども最終的につながったらいいと思ってるよ!!)。
で、この本にある紫香楽宮が一体どこにあるのかというとえーと、近江みたいです、大仏と聞いて即座に奈良か、と思ってその前提でしばらく書いていて本当に申し訳なかったです。まあでも聖武天皇なのでさすがに時代は、わかってるようなわかってないような。
この人がつながりを主張していたのが…、天武天皇だった気がする、みたいな記憶力です、あと記憶力と言えば同じシリーズで『藤原仲麻呂がつくった壮麗な国庁・近江国府』ってのもあるんですが、あっちでは国分寺がよく焼けてたなぁ、という記憶しかない。
ていうか国分寺じゃない時には焼けないのに国分寺にされると焼けるっていう。
(燃やされてという反応ではなかったのでなんか実用してたんだろうか、と思いながら読んでたんだけど、なにに使ってたんだろうね、国分寺。)
 
この本の中にも甲賀寺とか出てきてその詳細みたいなものが二転三転みたいなことを言われていたものの、国分寺は曖昧みたいなので気にしなくてもいいのかも、と今思い返すと思わないでもないなぁ。
あと近くに似てるけどちょっとずつ違う宮殿があったんだ、と聞くと、これもなんかいかにも実用的な感じ、マイナーチェンジしながら快適さの追及してるみたいな。
大仏を作ったのは行基の率いる「知識衆」、うん、よくわからない、次!

7月21日めも。

美術選書の『東山文化-動乱を生きる美意識』読了ですよ、ところで東山文化って正確にはどこからカウントするのかなー、というのがよくわからなくなっていたんですが、私あれ、世阿弥もそれに該当するもんだと思っていたんですが(要するに3代将軍・足利義満)、どうなのかなぁ、それは北山文化になるのかしら。
 
この本は大雑把に義教(6代)から始まりまして、そこでやたらと世が荒れたので義政の時代には戦乱だよー、みたいな理解して読んでいたんですが、正直時々年表が念頭にあると「あれ出来事の順序逆…」というのが気になって仕方ないというか。
まあいいんだ、どうもあんまりその辺の知識が共有されてなかったのかなー、というのはしばしば感じないでもないんだよね。
でも細川と山名の対立って一応あれ畠山家の分裂のせいだよね…。
(もともと細川と山名が蜜月で、その時期くらいしか割れなかったよんみたいな。)
雪舟とか佐々木道誉とか(道誉って言ったら佐々木さんでいいよね?)、お茶の祖とかお花の祖とかまあそんな感じでばらばらっと。
しかしよく考えてみると義教(6代)が周囲をしばきまくって溜めたお金で義政(8代)がそこそこ趣味の世界に生きられたってことなのかなぁ、みたいな。
足利将軍とよく縁組していた日野家がもともと藤原氏の流れとか、あとなんかもう一個係累が語られていたんだけど記憶がない、まあ追々だよ! 日野富子か足利義政の本でも読もうかなぁ。わりと夫婦一緒って本ってないよね、どっちでも出てくるだろうけど。
ていうかこの時期に出てきたのが禅宗?(雪舟さんもだよね) あと一休さんってどこだっけ日蓮衆ってこの時期だった気がする。花も茶もこの時代に登場、よーし次。

7月22日めも。

遺跡を学ぶ056の『大友宗麟の戦国都市・豊後府内』を読了、なんかねー、一回だけ堀川国広(刀工のほう、京都の堀川近くに住んでいたことがあるからこの名前だって)がここに仕えてた、と聞いたことがあるものの、どうもこう、どうも伊東家と取り違えたような気がするというか…いやありうるのかなぁ。わからん。
後の伊東マンショを引っ掴んで逃げた、という話のほうは具体的だから覚えてる。
ていうか伊東家も正直よくわかってないし、大友宗麟もよくわかってないし、今読んでる鋳物師関係の本で時々出てくる「大内氏」もよくわかりません、親類?
ただ別に、その辺がきっちりやりたいのかというとそんなことはないんだ!
あ、でもよく考えたら大友家ってあれだよね、骨喰のもとの持ち主で足利尊氏に献上したってのがここだった気がする。で、骨喰が【薬研藤四郎】などと共に持ち去られた時にも松永弾正久秀に(弾正って入れるほうがわかりやすい、地位名だから固定じゃないんだけども)「返してえええ」みたいに懇願してたってあれですよね。
その後、豊臣秀吉に献上されたらしく、秀吉が家臣(木村長門守重成)に与えたので一旦紛失されていたようです、討ち死にしたってことだけが書かれてたけど、要するに持ち去られたってこったよね。
て、これは別の本だったんだよ失礼しました。
 
まあ大雑把に九州北部にいらっしゃるんで、当然のごとく交易で潤いつつ。
蓄財してるし、わりと日本人らしからぬ指輪などの華美な装いも出てくるとかなんとか、あと茶の湯も好きだったらしいとか。キリシタン大名だったとか、現地でメダイなどの金属加工をしていたとか、全体像はさっぱりわかんないけどね、これも次!!

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(ゲーム:刀剣乱舞、その19)