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ゲーム:刀剣乱舞、その22

Last-modified: 2015-08-25 (火) 16:56:28

ゲーム:刀剣乱舞、その22

8月12日めも。

読みなおす日本史の『山名宗全と細川勝元』読了です、あれですねー、相変わらず畠山さん家を追いかけています、由緒正しい脳筋家系な気がしてならない。
最初は政長さんのことだけ追いかけてたんですけどもなんかどうも家系そのものが脳筋なのではないかという気がして来てお家ごと気になってる、なんか本読んでたらそこで出てきた畠山さん(持国だっけか、政長さんたちより1世代前ですね)がろくでもない小物って言われてたんで、ほう? と思ってたら他所のお家の争いの仲裁頼まれてちょっと贔屓しちゃったみたいな話だったので、室町時代でそんなの大したことでもないだろ?! という気分になりました。
お家単位での相対評価って良くないと思う、ぶっちゃけなにしでかしたんだよ、と考えてしまってわかりにくい。畠山の中ではね? みたいな前置きしてくれ。
 
で、畠山政長さんが一旦一族との家督争いに負けたあとどうなったのかよくわからん、と思っていたんですが、どうも一旦細川に見捨てられて(館に火を付けて敗北したみたいな偽装してました)、その後京雀がぎゃあぎゃあ騒ぐんで(生きてることは知ってたらしい)呼び戻した、と言われていたんですがどうも手勢だけ連れて細川さんとこにいたらしいです、戦局が進む中で突然涌いて出たんでなにごとかと思ってたよ。
ちなみにのちに結び付くことになるらしい足利義視(足利8代将軍・義政の弟)も一緒にこの時期に細川の庇護下にあんじゃん、どう考えても顔合わせてるわ。曖昧に説明しやがってえええ、みたいな気持ちに。
そう読んでる人いないけど、でもやっぱりこの人私欲で動いてないよねぇ…ただこの人が私欲で動いたらとっとと戦が終わってた気がしないでもないけど…。

8月13日めも。

『わが国古代製鉄と日本刀』読了、んーと、読みながらもものまんじゅうに送っていたのが「大化の改新によって中央に八省が置かれ兵部省造兵司が武器製作を主管した、大宝元年(701年)に制度が改められ造兵司に属する鍛冶の他、民間鍛冶にも武器が発注された。また作品に対しては作者の銘を入れることを大宝令の営繕会で命じられた。これ以前の直刀や蕨手刀には銘がない」みたいなあれなんですが。
そのままではなくちょっと前後いじってますがそこまで面倒な内容ではないので多分問題ないんじゃないかなー、あれだよね、三条さんたちってこの民間鍛冶だよね?
そもそもこの律令制の初期においてまだ直刀もしくは原始的な蕨手刀だってことになって、湾刀が出てくるってことでいいのかなぁ。
わりと小鍛冶宗近(三条宗近というか)が初期の刀工として挙げられていることは少なくないんですが、そういう括りで全く言及されてなかったのは始めてかも。最古面子ってしてるところはあんまりないものの、なんかしらの形で触れてるんだけどね。
てか、小烏丸って「異界から来た」という説話と大和鍛冶の天国(あまくに)が作ったという説話とがどうも別個に存在してるように見えるんだけど、これ伝わっていた場所かなにかが違うのかなぁ、両方ともルーツ知りたいんだけどね。
(で、どっちで出てくるんだろうね、両方は…無理かなぁ。)
 
あと褐色鉄からさらに製鉄することは普通に古代からやっていた方法であること、なんだ日本になかっただけで他の国にはあったっぽいですね、失礼しました!
結構タタラ跡は残ってるらしいんだけど時代とか担い手とか紐付け進んでるのか気になりますね、てかこの本、なんで鋳物師関係の資料がないのかしら…古いから?

8月14日めも。

遺跡を学ぶ058『伊勢神宮に仕える皇女・斎宮跡』読了、現在なにをしているのかというととりあえず「権門寺社」というものがあることを認識したので(まあ普段から読んでるものだと思うけど意識することってあんまりないよね、でも寺っていうよか城だろこれ、と言われてるってことは独自の政治力持ってるんだよな)、その周辺事情みたいなものを読んでいる感じです。
ええとあれ、伊勢神宮が天皇家の氏神(って呼んでなかった気はするけど)なので要するに日本で1位でいいのかなぁ、で、2番手が岩清水八幡宮みたいです、そうなの? そうだったの、わりと最近まで知らんかったよ。
さらに3番手が春日神社らしいんだけど、なんでそんな偉いのにその呼び名?! みたいな感じで慣れません、私「春日大社」って呼ぶもんだと思ってたんだけどこれは神社の本でそう書かれてることはないです、地元の方なんかは普通にそう呼ぶんじゃないかな。
さらに古い本だと「春日社」です、なんでだろうよくわからない!!
 
じゃなくて。
あ、そういえば奈良っていうか大和国の興福寺と春日社がセット品らしく、興福寺のほうだっけ? 藤原氏の氏寺らしいですややこしい。
あとあれ、岩清水八幡宮は神仏習合のメッカです、「神さまやめて仏になるね!」と宣言したのってどこだっけ、まあそんな感じの神社です。
てかこの並びっていわゆる伊勢系でいいんだろうかというのが気になるのですが、気にしてる場合じゃないような気もする。あれです、神無月にお出掛けするのが出雲系です、ていうか伊勢神宮に触れることなく終わったのでまた翌日分で!!

8月15日めも。

前日に引き続き伊勢神宮その他みたいな感じで。
なんでまた神社関係を読み始めたのかということをもものまんじゅうに不思議がられたので説明しておきますと(前にここ読んで不思議がってたので)(今僕にそれ言う人もうかなり前からいないよざっと5年くらいいない!)。
すごくざっくり鋳物師関係とか刀鍛冶関係で出てくるからです。
定番なのが東大寺、大和鍛冶のところでは興福寺ってのがわりと定番ぽく。
あと岩清水八幡宮には三条小鍛冶の伝承による稲荷神社が作ってあるんだよね、あれ、そこにあるんだ? とだいぶびっくりしたんですが、なんで神仏習合のメッカのところにあるんだろう、いつからあるんだろうというのがまず不思議なんですが。
春日社ってのもわりとぽちぽちと名前を見ていて、微妙にこれが自信なかったんですが興福寺と一心同体とまで言われてるんなら問題もないだろう。
まだちょっとそれぞれの管轄みたいなものとかがわかっていないんですが、この辺はぽちぽちと調べていくつもりで。
 
で、神社の格で事実上の2位の岩清水八幡宮、3位の春日社(あくまでそういう時期があったとたまに説明されてるだけですね、そんなに珍しくはないです)とが揃って刀鍛冶と関係があったということは1位の伊勢神宮もなにかあってもおかしくないかなー、みたいな調子で伊勢神宮です、気にしないで下さい。
ただ、今回の本を読んでわかったのは斎宮制を取っていたため(天皇家の未婚の子女が伊勢神宮に下るあれ、平安物だとよく見る)、斎宮が来なくなったら衰退していったという、ああうん、納得、それでか!! みたいなことだけでした、有意義ではあった。

8月16日めも。

『日本刀全集(1 日本刀の歴史』の読了、です、あれですね、多分刀の本28冊目です、鉄と刀の本は1冊を刀、1冊を鉄分類にぶち込んだのとたまに記録忘れるので正確ではない可能性はあるかも(基本的には一覧になってます)。
で、ブックレビューのほうにだいたい書いてしまったんですが、後鳥羽上皇に関しての話がわりとつらつらと載っていたんですが、刀好きなことはガチなんだろうし番鍛冶に関してもなにも粟田口だけじゃなくて山城、備前、備中から呼んでたらしいのでどちらかというとそっちのほうがしっくりくるのですが。
なんとなくなにかが、うーん、なんだろう、なにか話がつながってない気が。
今ちょっと考えてみたんですが、要するにあれだ、これ以前の天皇関係の刀鍛冶への関与への記録が書かれていないことと、それともし本当に天皇という単位では特に関係がないのならばなんで後鳥羽上皇が刀鍛冶までするような素地があったのか、という部分が説明されてないからか。
いや、ないと駄目ってわけではないんですが、多分それ読まないとすっきりはしないんだうな。正直なところ院政時代の天皇なのでどこの血統だかいまいち説明されてない面子ってのも結構いるからなぁ…長子相続もなにもあったもんじゃないよねこの頃。
 
ただあれ、後鳥羽上皇に関して読みたいのかというと微妙、少なくともこの人物自体が好みかっていうと好みじゃないからな!!
この本では初っ端から鎌倉幕府との対立って書かれてますが源実朝の時代まではわりと蜜月だよねぇ、地位を許しすぎるとかは言われてますしその後関係がぎくしゃくはしますが、てことは後鳥羽さんとこの刀工が鎌倉と行き来しててもいいのかね、わからん。

8月17日めも。

ところでゲームはしてます、ええ、なんで私は娯楽をちゃんとこなしている系の申告をしなくてはならないのかというと娯楽に関しての言及をあまりしないからだと思うんですがあれです、ゲームしてると本がいります。
わりとあれ、目を離していたくらいでどうこうなるような編成にしてない。
(正直なところかんこれでのミス進軍が初期の頃にあっただけですね、今でも沈んでったの記憶に残ってるよもう嫌だな…ダメコンはたまに使ってたけど。)
まあ基本的に育てるような面子が特にいないもので、低レベルキャラがいないわけでもないんだけども数が足りないので編成が組めず、もっぱら日本号さんだけ探してます、槍祭りじゃのぅ、みたいな感じで見てる。
手入れ時間半分だった期間の前後でだいぶやり方は変わってます。
一応あれ、イベントの時だけは手伝い札使ってもいいことにしてるんだ。
まあ千枚以上あるんだけどね、依頼札が500枚以下しかないのでなんでなんだろうというのがよくわからなかったんですが、よく考えたら厚くんのせいだね?
一時期ひたすら最低値を回してたからなぁ、何回やったか記憶ないですもう。
 
ところでこういうゲーム内のアイテムをひたすら溜め込むのを「エリクサー病」と呼ぶらしいんですが、ちょっといい感じのアイテム使うタイミングがわからなくて結局使わないままクリアしちゃうみたいなやつ。
基本的に周囲を見てると資材なんかでも使いすぎて足りないか潤沢に余らせすぎてるかどっちかしかいないように見えて、本当にその2種類しかいないのか、それとも適宜使ってる人は目立たないだけなのかが気になって…なんの話だよ?!

8月18日めも。

微妙に日付けとズレてますが渋谷区の【刀剣博物館】行ってまいりましたのでズレのまま書き込み(自然にわかるのはいいんだけどあとから見てわかるほどにしたくないという程度の意味ですね、正直目立つ人間なので2度行くと覚えられてるしな!)。
今やってるのは8月23日までの【備前刀剣王国】の第1期、勘違いしてたっていうか入館料展示によって違うのかな? 800円だったのでおやつ我慢します。あと目録が遅れてるみたいな話は聞いていたものの、やっぱりなかったかぁ。
しかし目録ってわりと高いのでちょっと迷いますね、仕方ないんだけどね。
あと京王線側の駅までの間の道って「玉川上水緑道」っていうんですがこれを新宿とは逆側に行ったかんてんパパの喫茶店ちょっと気になる。5分くらいの距離じゃないかと思うので誰かと一緒に行った時にでも誘ってみよう。
特にあれ、かんてんを使った冷やし中華風のあれ、720円は高いぜ…。
  
で、備前刀剣王国なんですが、基本的に古備前から友成、長船、一文字だけなのかなぁ、そういや途中まで意識してたのにすっかり忘れてたんですが個人所有ってのがぽちぽち目立っていた気がします。
寄贈とか名前明記してあるのもあるんだけどねー、あ、佐野美術館(たまに名前出てくる静岡県の刀剣が強いとこですね)のもありました。
なんか知らないけど黒く光ってる、どの刀にしてもめっちゃ保存状態がいい、あんなに揃ってお肌が綺麗なの見たことないんですが、一文字と長船、時代の前後であんまり違いは感じなかったかも、なんかねー、風情ないけどチタン製かって雰囲気です。
正直あれ、現代刀って出されたら信じる素人いっぱいいると思う、手入れ楽そう。

8月19日めも。

前日分からの続き、基本的に刀剣専門の美術館なのでさすがに刃文が見やすい照明になってる(東京国立博物館がどうも照明強すぎて無理ですね…人が多すぎてってのもあるけど、トーハクはもともとゲーム無関係に平日でも結構人いるからなぁ、あとあそこ細工物が多いので確かにあの強さなのも納得)(江戸東京博物館はわりと照明が弱くて、物によっては見える角度によっては見えないみたいなw)。
で、今までの勉強を生かして今回始めて刃文を見てたんですが、基本的にこの時期までの備前だと「丁子刃」のバリエーションしかないのかな?
時々樋があります、あと見ただけで摺り上げってわかるものが何振りか。
前に読んでいた本では光忠・長光の親子が特に肌が綺麗で、と言われていたのでそのつもりで行ったんですが、今回見てる分にはこの時代までだとそんなに遜色ないんじゃないのかなぁ、なんていうのか、鉄材料が共通してるんじゃないかな、と素人考え。
あくまでここに集まってるのは美品だし、どうも刀工は移動することもあったみたいなんで、本拠地で作ったものがこの辺なのかしら、とぼんやり。
一文字に少し肌色が違う刀があって、照明が違うのかとわりとぐるぐるしていたんですが、あれ本当に違ったのか素人のせいなのかがわからない。
 
それと、確か現代は刃文が見えない研ぎのほうが流行りで、と言われていたんですが、さすがに備前初期の刀ということなのか、それともそんな流行りに乗らなくてもお肌が綺麗なのでそんな必要がないのか、いろいろ考えながら見てました。
光忠は肉厚みたいなこと言われてたんですが、あ、うん、わかる、ずっしり、みたいなことを見ながらちょこっと笑ってました、すみません(ノ´∀`;)

8月20日めも。

さらに備前刀剣王国(刀工って書いててすみませんでした、その時点で一番意識が行ってるものとすり替えたみたいです!!!)で3日め分。
丁子乱れってのはあれだよね、昔日本刀の手入れによく丁子油ってのを使っていたんですが、それの実のことだよな、と思って検索したらこんな感じ→「♀」。
あれだよねー、ちょいちょいと丸と線が組み合わされたみたいな刃文なんですが、これが大乱れとか小丁子とか丁子が変化してくよ! とかいろいろあるみたいなんですがどやってこの刃文作るんだろうね、と思ってました。
「華やか」って形容詞を時々聞いていたんですが、これは乱れのことでいろんなバリエーションがあればあるほどいいみたいな感じなんだろうな。まあもちろん、一つの作品としてまとまってるというのも重要だと思うんだけどね。
乱れっていうか一種の模様みたいなものなんだろうな、刃派が不明だったりすることもあると思うんですが、ここの刀はざっと見て「あ、同じ系譜だな」と思わない人いないんじゃないのかなぁ、だいぶはっきりしてる感じ。
いっそ素人には半分くらいが別の地域だと違いがわかりやすかったですかもね。
(私はわりとこういうの記憶出来るけど、その場にないと難しい人のが多いと思う。)
まあでも、それするには展示スペースはちょっと足りないかな?
 
私あくまでもとうらぶのゲームのあとで行った身なんですが、その時点で展示カードが低かったのが斜めに飾られていて楽になりまして、あとガイドしてらっしゃる人が複数いらしたんだけども、受付の方に聞いたら「いえいえ」と返されました。
ボランティアってやつかな、とうん、まあ、また近いうち伺いますです。

8月21日めも。

『古代刀と鉄の科学』読了、とりあえずあれですね、蕨手刀と奥州の舞草鍛冶と直刀がわりと少ないかのように思い込んでいたものの、正直そんなことはなくてかなり残ってるんだね(ただし東国に)、ということだけは覚えました。
蕨手刀のバリエーションについては知らん!!
みたいな感じなんですが、形の変化見てると今まで日本刀のルーツとして語られているのをほとんど見ないのがだいぶ不思議に思えるんですが。
要するに直刀に蕨手刀でいろいろ試した形状が一部取り入れられてるような。
ていうか、湾刀(今の日本刀のカーブ入ってるあれ)に近い形状もあるよねぇ、普通に、なんであれに触れずに湾刀からいきなり語り始めるんだろう、よくわからない。
この本があれ、1995年の刊行なので、素人でもわりと簡単に読める体裁のこの本もある以上、専門家が資料が手に入れられない環境にあるとも思いにくいんだけども、正直細かいところはさっぱりわかりません。
前に読んだ鉄の本でもだいぶ稚拙な鉄素材と、脆い構造をしていた、ということで蕨手刀が触れられていたんですが、こんなにたくさん分布していて、長いものから古いものまであって、これだけいろんな形状してるならもうちょっと触れられてていい気がする。
 
あとあれ、東北の舞草鍛冶に関しても興味はあったものの、日本刀の本では東北鍛冶に関して1度しか見たことがなく、しかもなぜかカラームック(素人向け)。
蕨手刀よりもあとじゃないかな、と言われていたのですが、さらに蕨手刀は東国で出土したものが古いものらしいです。直刀もなんかいっぱいあるよね? 直刀を普通に並べてくと西よりだいぶ多いような、気がするけどやっぱり本で見たことがないね。

Tag: とうらぶ
(ゲーム:刀剣乱舞、その22)