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ゲーム:刀剣乱舞、その31

Last-modified: 2015-12-06 (日) 11:09:11

ゲーム:刀剣乱舞、その31

11月10日めも。

ページ変わりましても大宰府の話です、記述は12月1日、実際に現地にいたのは11月中旬です、正確には秘密、みたいなつもりだったんだけどもだらだらと書きすぎてだいたいリアルな日付けになってる気がする気にしない。
私の書き方のこの、わかる人には全然わかるだろ? みたいな曖昧な伏せ方はわからない人に簡単にわからなければいいという意味だとお含み下さい。
 
で、大宰府というのがまずありまして(何世紀だっけか、多賀城よりもちょっと早い、国分寺よりは結構早いって話はぽちぽちしてるよね)、有名な【太宰府天満宮】というのは有名な祟り神、というか日本3大祟り神にしては勉強をする人に関しては応援してくれる気のいい祟り神である菅原道真さんがこの地に作ったらしいんですが。
そもそもこの地に流されてくる時点でなにをやったの? と聞くと「なんにもしてないよー、敢えて言えば体制に従順になれないくらいに真面目で頭良かったんじゃないかな(*´∀`*)☆」みたいな答えが返るのでやっぱり九州産ってなんか日本人ぽくない。
そういう人たちが代々と送られて来て、密貿易で肥え太って周囲からも特に搾取することもなく辣腕を振るい、時々中央政権に返り咲くこともあったのだというここの歴史は本当にいい感じにWin-Winでなによりです。
ていうか要するに能力もあってでも従順ではなくて、特になんも悪いこともしてなくて、中央からは離れてるけど生活には不自由がない土地があることは中央政権にとってもそんなに悪い話ではなかったんだろうなぁ。
ただやっぱりこう、中央から見た大宰府の話は鵜呑みにしないほうがいいなっていうか正確に記述されてるわけがないよねという結論にはなりますな。仕方ないよねー。

11月11日めも。

そもそも出国の船がぎりぎりで乗船出来た(妹にちゃんとしたご飯を食べさせてあげられなかったのが心残りです;><ノ)みたいなノープランっぷりだったので、まああれ、適当に博多上陸しましてバスで博多駅。
友人への連絡が遅くてどう移動すればいいのかがちょっともたついたのでそこでしばらく地図とかお土産物とかを見ながら過ごしていたのですが、前に『ブラタモリ』で見た博多の回では聖福寺というのが「太閤町割」以前の町割りの中心だったんだよ、と述べられていたんですが、この聖福寺というのが結構遅い、鎌倉の中期くらい?
(本格的に作られた日本初の禅宗の寺らしいんだけども、寺関係建築ってこの「本格的」ってのがなかなか特徴的な使われ方してるよなw)(本当の最初の禅寺は近江。)
(どうも様式としては完成していないという意味として捉えるのが妥当なようです、要するに他の様式に若干禅寺風が混ざっていたりするみたいなの。)
で、博多というと平清盛が貿易で優遇していたというなけなしの知識がありましたのでこの辺りを大宰府の資料館でお尋ねしてみたんですが「平清盛の日宋貿易よりも博多のほうがだいぶ古いと思いますよ」、とのお返事。
てことは聖福寺なんかよりももっと全然早いわけか、となる。
じゃあ博多っていつじゃろね、という話になるんだよね結局。
 
そもそもなんで博多を気にしているのかというと、東大寺の炎上(源平の流れの一つなので鎌倉直前)の復興事業の時に博多を中継地点として大陸中国との技術交流が行われていたという流れがあったからなのですが、そうすると上手くすると博多にある程度記録残ってるんじゃねぇかっていう。まあ、壮大な話になってるな?

11月12日めも。

いつから続いてるのか忘れましたが(ページ変わったから見えない、見えないと忘れるお手軽系です)、引き続き福岡? 博多? まあ大宰府近辺話です、九州国立博物館に行きましてその時の特別展示なんだっけか、というのを忘れてしまったんですが。
正直申し上げてあんまり地域色がなかった、国立博物館なので仕方ないんですが、正直もうちょっと偏ったもの見たいな、と思ってしまったんですが、まあ考えてみれば東京国立博物館もそんな感じだから仕方ないか、個人的には江戸東京博物館のほうが好きです、年間パスを本気で欲しいと思ったよマジで。
偏ってるほうがなんでも面白いよね、ただ、偏ってないものも必要だから別に悪いとかではないんですけども。なんの話だ一体。
 
九博の常設展示の入り口のところに大きな航空写真があったので九州産ももまんと一緒にチェックしていたんですが、いろいろ面白かったです、やっぱり大宰府だいぶ奥にあるんじゃね? とか、そういや大宰府の説明のところにあった軍団名が川の名前だよなこれ、とか、あとなんだっけ、博多と大宰府近くに二箇所に同名の寺があるというのが気になったんだけども、聖福寺だっけ記憶が薄い。
今調べて出てこないかなと思ったんですが、無理でした、天神って駅名はないのかな…という時点で引っ掛かってます!(全然違うこと調べ始めた)
いいやこの辺はあとでもものまんじゅう(人)に聞いてみよう。
あとあのあれ、豊臣秀吉の時代に焼かれたっていう寺なかったっけ、どことどこが争っていたんだか知りません! 細かいこと気にしないで行こうぜ、出入国審査してた寺の名前だけはメモったはずなんだけどメモもどこ行った一体…。

11月13日めも。

11月6日分(調べた)からの引き続き、ええと、少し時代が下るんですが前になにを調べてた時だったかなぁ、本願寺が中心になって堺の貿易を取り仕切っていたよ、というようなことを聞いたんですが、時宗だっけか、いや法華宗(日蓮宗の別名)だね。
で、要するに寺院が貿易の要になることってあるんだなぁ、と。
ていうかそれこそ堺の貿易だと博多辺りが中継地の一つになっててもあんまり違和感はないな、大雑把に瀬戸内海ルートですね(私の母方の祖先がそこで水軍してたらしいです、ていうか海賊だよねって話したなぁ、じいちゃんに「海族!!」って強調された)。
 
で、それ自体は特に情報があるわけではないものの、聖福寺(1195年)もあるいはそのために作られたのかなー、という。
なんでそう考えたのかというと、まあ町割りの中心地になっているという部分と、それとこの聖福寺に後鳥羽天皇の扁額が飾ってあるらしく。
後鳥羽天皇というのはあれですね、大雑把に平氏に腹違いの安徳天皇を道連れにされまして即位、のちにvs鎌倉幕府してて、あとなんか刀鍛冶を自分でやってたよん、みたいな逸話があって詳細がよくわかんない人です。
この聖福寺を作った栄西さんは日本に禅宗をもたらした人なのでちょっぴり京都寺院から迫害されていたらしく、のちに鎌倉幕府の手を借りて返り討ちにしたという感じのアクティブな人なので、なんか後鳥羽さんの扁額って、おかしい、ような、時期によってはそうでもないのかとりあえず年表を埋めていかないと正直自信がない。
ただ、貿易に後鳥羽さんが噛んでいた場合に、明確な後ろ盾のない後鳥羽さんがどうやって鎌倉と対抗したか刀鍛冶を独自にやれたかの経済的な裏付けになるかなって。

11月14日めも。

『図説 平清盛がよくわかる! -厳島神社と平家納経』読了、あんまり期待せずに借りてきたんですが見事にこの本で日宋貿易、というより「遣唐使が廃止されて以降、民間貿易が一般的になりました」とか「平清盛の父ちゃんが大宰府の近くの土地を支配してた時に密貿易やって味しめたらしいぜ」とか、そんなことが語られていたんですが、なんとなく大宰府の扱いがふわふわしていましたが気にしないことにします。
大雑把に博多近郊がだいたいの中継点の一つで出雲大社の近くを通って瀬戸内海に入ってその航路のところにどーん! とあるのが厳島神社らしく、うちの家系そもそも瀬戸内海で海賊してたらしいんですが母猫が貿易する人のことをびびらすために作ったのよー、とかざっくり言ってたのが多分正しいんだと思います。
海絡みだと結構よくあるよな、この手の話、あんまり違和感がない。
 
まああれですね、もちろん博多の情報が欲しいぜ、みたいなところがどんぴしゃだったわけでもないんだけども、後鳥羽上皇が流された隠岐も離れてない、と言われた辺りでちょっとぽかんとしてしまったんですが。
あ、出雲大社と同じ支配地域なんだ隠岐、というのがすごく不思議な気持ち。
出雲って国名なんだっけか、というのがさっぱり思い出せませんが追々。
この地域に金属加工技術があったってのは今はあんまり認識されていないようなんだけども(銅剣銅鐸が大量出土したから、組み込まれてもいいんだけどまだ出土品そのものの仮説段階みたいな)、そう理解していいのかなぁ、とかちょっと考えてしまいますね。
あと、毛利元就が瀬戸内海の覇権争いで厳島神社を巻き込んだことを悔いていたって話も、のちに東大寺への大規模な寄進とつながるのかなぁ? 面白いね歴史。

11月15日めも。

『中世の天皇観』日本史リブレット022を読了、正直なところ特になにが読みたいというつもりでもなく、中世関係の同レーベルの本をとりあえず読んでいくかー、みたいな動機で借りて来たんですが、なぜか全くの別口で調べてるつもりだった岩清水八幡宮に関しての地位が始めてわかってしまって、なんだろう、日頃の行いがいいのかなw
(中世関係であんまり美味しくなさそうな遠いところから読もう、という動機で借りたので実に不純だったのに、私は昔から民衆とか宗教とか関係のほうが好き。)
 
ええとものすごく大雑把に八幡神社(ここで主役になっていたのは豊後国の宇佐八幡神社)が応仁天皇を祭っておりまして、で、そこから4代離れたところに継体天皇という方がおりまして、要するにその4代の間「誰一人として天皇位に付いていない」というかなりぽっと出の天皇さまだったのですが、君が天皇位でいいんだよ、という後ろ盾をするために必要とされたのが八幡神社だったらしく。
なんというか、その後天皇位に口出しする権利みたいなものを得たらしいです。
てか、継体天皇の時点では他にいなかったからまだしも(てことだよね?)、その息子の欽明天皇の時代には権威付けが必要になったのかもね。
で、あんまり遠いと不便ってことでお呼ばれしたのが岩清水八幡宮かー、なんというか、国体守護の伊勢神宮に継ぐ地位ってのもこう説明されるとわかりやすいな。
そしてそこで神託があったよん、ということを権威付けに利用したからあんなに煩いのか、岩清水八幡宮。うん、なんとなくわかったような気もします。
この内容は実に有意義だったんですが、今まで一度も見たことがないというか、かなり偶然に手に入ったのがなんか不思議。もうちょっと広まればいいのに。

11月16日めも。

『岩清水八幡宮-男山に座し国家を鎮護する』週刊 神社紀行30を読了です、あれなんですよこのシリーズ、一応あと何冊かだけ図書館に所蔵があるんだけど番号で登録されてるのでどの神社なのか調べるのが面倒なんだよ!! みたいな悩みが。
あと、どっちかというと私は歴史的興味が主流なので、現在の神社(とかお寺、「週刊古寺をゆく」とほぼコンセプト同じだよね、出版社が同じか違うかを調べてなくてごめんね!)(見ればすぐにわかるのに調べないスタイル)の周辺事情がメインなのでちょっとズレてしまうものの、ただ、ものすごく薄くてきちんとまとまっているので読んでおくと利益があるし、みたいないろんな迷いポイントが。
なんと言っても地図がきちんとしてるっていうのは他ではあんまり望めないよね。
 
ていうかこの本を読んで始めてわかったのが「あ、男山ケーブルカーの場所か!」という鉄道趣味からのあれなんですが、結構あるよね、京都近辺の寺社ケーブルカー。
あと、他でも書いたんだけど前からどこにあるんだろう、と気になっていたものの住所を調べてみると「京都府八幡市」なのでどう見ても神社経由の広域地名です本当にありがとうございました、ていうかわざわざ宇佐八幡宮(今の大分県だっけか)から遠くて不便だからって呼んでおいてなんで都から微妙に離れた山の上なんだよわかんねぇな?!
みたいな本音は何度突っ込んでも足りませんね。
まああれですね、特に燃えたこととかもないんですが、そうだね岩清水八幡宮を燃やしたるぜー、と思わないとなさそうだし、山の上だからどう考えても難攻不落だし、そもそも誰も燃やしたいとすら思ってなさそうだもんな。
政治に頻繁に口出しするにも関わらず浮世離れ、なんだこの神社という謎だけが残り。

11月17日めも。

とりあえず間がまだまだぼろぼろと開いてるのでリアルタイムに近い感じの日にちで書き込んでいます、現在だいたい朝の4時ですが好きで起きているわけではなくて夜間に寝ると咳込むからでわりと強制的に治してる感じです。
私も正直こんな非常手段取りたくはなかったなぁ。
玉ねぎ置いたらいいっていうのを思い出したものの、玉ねぎがない、咳で外に出られないんだよおおお、みたいなことになっております。
 
で、昨日の16日の時点で【秘宝の里】イベントが個人的に終了しまして(私は特にレベル上げとかしない派です、勝手に上がるし)、17日にメンテナンスが入りまして、その上で11月19日から新イベントの大阪城地下攻略が始まるっぽいです。
そっかー、休み2日かー、とかしみじみしています。
今回のイベントは詳細はまあさて置きまして、半分くらいの日数しか出来なかったんでぎりぎりになったんですが、コンスタントに出来てたらそんなに時間は掛からなかったんじゃないかなぁ、という気もしてます。
というより長時間やろうとする時のほうが大変だったな、あれ。
今回は何階になるのか、そしてどのくらいのスピードで駆け下りるべきなのか迷うなぁ、あんまりうろうろするつもりはないんですけどねー、小判にそこまで特に用はないし、貰えるものだけ貰えばいいやみたいな。
とはいえ、博多くんを育てるのにちょうどいいので博多くんは連れて行くので、まあ今回の減った分もある程度取り戻せるのではないのかしら。
そういや小判の話を遡った日にちのところで書いてこよう。

11月18日めも。

現在11月19日、イベント実装のメンテ明けなんですが前準備みたいなものをぽちぽち分離するつもりで並行して書いている感じです。
ええとまず前提として今回は、薙刀の岩融さんは出さない予定です、結構前からやってる刀装の検証にだいたい同じレベルで残してるんですよ。正直面倒だけどまあ時間掛ければなんとかなるじゃろ。
太刀の獅子王くんは終了したので、今検証をやってるのが脇差の浦島くん、あと短刀の前田くん、打刀の安定ちゃん、大太刀の蛍丸、薙刀の岩融さんみたいな感じで温存中(レベル62か64です)。槍は日本号さんにお願いすることにしようかな、と思ってるけどまあ先はかなり長い。
それと一日2回の錬結任務のために新人くんが温存されているので日本号さんもまだ出さないです、もちろん【物吉貞宗】くんを出すつもりも全くない。
この拘りになんの意味があるの、と聞かれたら多分ないですね、特に。
正直しばらく新キャラ続くだろうしなぁ、7面も来るんだろうし。
まあ、検証はさておいて錬結任務のほうはおいおいと考え直していこうと思います、そこはそんなに拘らなくてもいいとは思ってる。
 
ただ、一応(大してないのはわかってる)意味があるような制約の上でゲームするのが好きなんですよね、でもさすがに脇差の浦島くんが終わったら薙刀の刀装検証を先にやろう、また今後イベント来た時に使えないのちょっと面倒。
で、レベル95がわらわらと並んでいるのでそれ以下の子たちをまず使うことにしてぇ、というかレベル半端なところから出すかな、明石くんと博多育てよう。

11月19日めも。

一言で言うと【大阪城】イベントなうです、あと図書館と買い物に行きたいなぁと思っています、昨日だいたいの食材を使い果たしたので、今回はあれですね、地下100階で50階のところに【後藤藤四郎】くんがいるらしくてこんのすけが事務的です。
こんのすけは油揚げで釣らないと愛嬌を見せないんじゃ…、と今考えています。
最近何度か流れて来るんですが着ぐるみの写真が、あの子「クダギツネ」ってわりにはドラム缶にも入りそうにない、と正直。
いや、呪術で入れるんだけどもそれにしたって太いとは思うじゃん!
 
で、ええと、博多くんを部隊長、蜻蛉切さん、歌仙さん、山伏さん、長曽祢さん、明石さんみたいな編成で初戦から陣形不明になりました。
偵察低い槍の蜻蛉切さんを副隊長にしてるからだよ私の馬鹿www
あと博多くんを部隊長だと誉を独占するのでそこも悩みどころだなぁ。
5階分くらい降りてから図書館に行って、また考え直そう。
地下5階終了しましたー、うーん、今回疲労そんなにないのかなぁ、浅いからかな、レベル30の太刀の明石さんが疲労してないのはちょっと予想外だったかも。
んーと、50階到達しました、あとは、イベント日数とかよく覚えてないので、まあ、その中で適当にこなしてく感じでいいのかな。
最近ボス到達任務が面倒なのでそういう意味では大阪城はそんなに嫌いでもないんですけども、さすがに100階で毎回ぐるぐるするのはちょっと面倒いー、強いし!
ただよく考えたら前のイベント時点と敵の強さが違っているとうちの本丸がだいぶ強くなっているんだっけか、うーん、まあ51階から追々考えますわ。

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