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雑記:とうらぶその他、39

Last-modified: 2016-03-21 (月) 21:46:57

雑記:とうらぶその他、39

1月29日めも。

リアルタイム3月10日、相変わらず【かんぱに】にてパンの消費中です、というか現在ストーリーが一番先のところまで進みまして(この1月時点ではどうだったかわかんないけど、3月実装分まで)、社員ストーンという石が部隊枠を増やすのに足りる200個をぎりぎり越えた201個で終了。
まあ、他の方法でも入るんだけどそんなにしょっちゅうではないんだよね、みたいなことになり、ここで昇進アイテム(石5個)を買うか、それとも部隊を増やすのか、ということに悩んでいたりしましたが、さっき昇進アイテムを買って☆1のエッダを昇進させました、うん、レアレティが低いんだけど防衛職である槍ならなんとかなる! みたいな感じの上の迷いとかいろいろあった末のことでしたようん。
あとティナが☆2で僧侶、回復役、なんかこの子は正式入社組になったそうですが。
ミルシュカという猫耳メイドの弓師の☆3、モニクという☆3の剣士、これは一番最初からいる子なのでだいたい育ててると思うけどね。最初はともかく今は剣士がいてくれないと魔法防御なくて困るよね、という。
わりと大雑把な感じで展開しております、☆4とか☆5の子も少ないけどいるんだけど全く育ててないというか、なんだろうね、盛り上がらないんだ。なんだろう。
 
多分あれだな、☆4とか☆5の子ってなんで入社したのかが全くわからんみたいなところがあるからなぁ下手すると敵対人員だし、敵対でもなんとなく好きな子とか強そうな子とかはいるにはいるものの、なんか育てるところまで行かないというか。
一時キャラストーリーがある高レアリティの子たちをまとめて育てていたはずなのに、選抜メンバー絞ってたらなぜかレアリティが下がってったという展開でした。なんだろね。

1月30日めも。

腰が痛いです、リアルタイムだと3月10日です、相変わらず1ヶ月半に足りないくらいの間が空いているので「日記とは掛け離れているのに程がある」みたいなことを考えていますがだいぶ前から今更です。
あとあれ、41%を切ったかどうかの携帯電話(ガラケーです)に、電池残量不足です、とエラー音を吐き出されたので充電しようとパソコンにつないだらその瞬間にブルースクリーンになりまして、いろんな意味でだいぶキツいな。
月末の移転に関係して合鍵も新しくしないと駄目なんだよなぁ。
昨今の防犯対策で正直すぐには出来上がらないみたいだから鍵を借りるための往復とか、合鍵そのものも安くないしとか、まあいろいろ。
眼鏡も壊れているし、在庫処分もいろいろ考えるとそこまで安くもないしなぁ。
とはいえ、どちらかというと今まで伸ばし伸ばしにしていたことが限界に来ていると認識したほうがいいのかもね。腰が痛い。
 
それとあと、かんぱに(ブルースクリーンに巻き込まれたせいかブラウザを何度か立ち上げ直すまでタイムエラーが何度も出てました)の戦場が終わったら昨日掘り出した図書館の本を返しに行って来ないとなぁ。
最近図書館業務が委託になってるんですが、今まで返してない本があるとその旨教えてくれてたんですよね、それもあってちょっと油断してました。いつも行ってるところは図書館業務に慣れてるぽいんだけど、新しくなったばかりの隣はどうもそうではなさそう。
ただ、その隣の図書館は時間外サービスみたいなの増えたんだよね。
そもそも駅ビル入って利便性も上がったし、まあ、いろいろ良し悪しだね。

1月31日めも。

リアルタイムです、日付けのほうがすっ飛んでいます(今後ちまちま考えるよ)。
で、ぷち大阪城を本日終えました、今回メインにしていたのがあれだったのですが源氏兄弟の【真剣必殺】を出すところだったのですが、さすがにもう少し事前に育てておけば良かったな! と今しみじみしています、わりと真面目に大変だったんだよ。
ていうかなにが一番大変って私、6面とか検非違使戦じゃないと怪我しないんですよね(なのでちょくちょく手入れ任務は放棄しているのですが、イベントの時に溜めておいて5人ずつ直すとかそういうこともしてる)。
で、目ぼしいところにはだいたい検非違使が付いている、後藤くんと物吉くん以外は50以下の面子がいない、その状態でレベル25までに真剣必殺を出せ、と言われると本当にイベント以外が思い付かない…。
まああれ、今回は大阪城に出してレベル20まで上げてから怪我をちまちまと蓄積させまして、ダメージがオレンジになったところで【1-1】と【1-3】に一人で放り出してそこで攻撃を受けて、みたいな感じの手順になりました。
桜付けって行為にも使うことがあったんですが、正直そのせいで検非違使マークを付けてしまったので今後同じようなことをやる時には1-3にしよう。少しわかってきた。
まあ、出来れば真剣必殺イラスト回収を無理にしなくてもいい環境になるといいんですけどね、大阪城に出してればだいたい自然に集まるからなぁ。
 
それが30日に済んだので、今日は大太刀のじろちゃんと博多だけ怪我を気にしつつ、あとは適当に詰め込んで18階から20階まで一気に駆け下り。
今の怪我人数えてないので、次のイベントいつか気になってます!!!

2月1日めも。

リアルタイム3月10日です、一応曲りなりにも2月の日付けに入ったなあ、みたいなことを考えているものの、まだ1ヶ月以上の差があるので大したことでもありません。
繰り返しますがここである程度の分量の文章を毎日書く設定にしている、というのはあんまり大した意味がないので気にしないで下さい。深い意味はないんだ。
ええと【かんぱに】でエッダを昇進させたので、そこからのレベル上げをしています、能力が半分くらいになってからレベル20くらいで元の水準に戻る、てことは、レベルが一つ上がるたびにだいぶ能力が上昇する、て認識でいいのかな。
図書館には行ってきたものの、閉まっていたのですごく残念。
聖徳太子と鉄関係の本とか借りて来たかったんですが、物部氏がどうとかなんか難しいんだよなぁ、あの辺の時代。
あと、夜の人のいる時間に向けて古いペーパーをぴくしぶに投稿したり、だいたいそれと合わせてイベンターさんが用意してくれているタグで宣伝させて貰う予定なのです、そういうのはきちんととやらないと駄目だということは最近痛感してはいます。
ただ苦手なもんは苦手なので、ちょっとずつ作業は分散。
事務作業みたいな同じこと繰り返すのは好きなんだけどなぁ、この辺人によるよね。
友人はわりと平気だったりするんだけどねー、事務作業と交換したいよ、うん。
 
というかぴくしぶの投稿があるなら本格的に文章打っておいたほうがいいか、リンクだなんだとあちこちに散らばっているので自分でも面倒なんだよな…。
しかし自分ですら面倒なんだから、きちんと揃えてないといちいち見るの嫌だよね、我が身に置き換えてみると実にわかるよ、うん、自分の分は面倒臭がらない。

2月2日めも。

『趣味どきっ!お城へ行こう!』第一の陣「上田城・松代城」見ましたよ、まあ初回は真田さんとこだったんですけどね、ざっくり私は特に「強い武将」というものに興味がなく、強いから領土分捕ってったとかだとわりとわかるんですけども(でも別に好きにはならない)、強いからなんとか頑張って生き延びたよ!! みたいに言われたほうが興味持てるー、てのが正直なところですかも。
最近ちょくちょくそう表現されてきて、やっと「お、」と思った感じ。
なんかこう、要するに合戦に興味がないんですよね、さっぱり。
歴史に拘る史実に拘るって言われて、=合戦興味だと表現されるとひたすらがっかりです。合戦興味ですからねって最初から表明してくれるテイストがいいんだ。
 
まあただ、城を扱うのに合戦興味じゃ駄目かっていうとそこまででもないよね、戦のために作ってることくらいはわかるしね。
この回ではそもそもかつての真田家の城を再現するみたいなところから始まっていたのですが、まず石垣ではなくて土塁で作ったのは細かく作れるからだ、と言われると石垣出来たのって結構時代が下るというか、正直そんなに当時一般的じゃなかったはずというか、一部の最新の技術使えるところくらいだったんじゃないのかなぁ、とほんのり思ったり。
今やってる大河『真田丸』のあの父ちゃんだよね、あのぶっちゃけてる人。
要するにのちに息子が有名にはなったけど小国だからじゃね? 以外の感想があんまりなかったんですが、そういう観点で見直すと結構きちんと作ってるというか、人手もありそうだし広さもなかなか、息子の代にも父親の城が意識されてたってことだから機能的だとは思う、というか、この条件で小国が生き延び続けたんなら合理的だったろうなww

2月3日めも。

相変わらず3月10日リアルタイムなのですが、そろそろ日付け越えなので11日になりそうかな、さすがに3月13日分のペーパーを書いたという内容はきちんとした日付けで書いていったほうがいいなという判断でそちらに。
現在この雑記が「39」でそこから「43」へとすっ飛ぶ方式になっています、というかこれから作業をしていく予定です、正直自分でもだいぶあかん気もしますが気にしないようにお願いします。私なら困惑するな、間違いなくドン引きするな。
で、あと友人があと2日みたいな日数になってもまだ原稿しているのですが、さすがにそろそろ心配したほうがいいような、そうでもないものなのか、最近の印刷所さんが頑張っていらしてちょっとよくわからないところがあります。
私はサイズが文庫なのでさすがにだいぶ早くないと駄目なんだけどね。
(印刷所さんは基本的に短納期であればあるほど高い傾向が、限らないけども。)
そして私は5月のスパコミ向けの原稿をそろそろ始めたほうがいいのに始められないでいます、どうもなんかいまいち現実味が出ないからだろうな、と思ってはいるんだけどね、まあ、3月のイベントがあと数日後みたいな状態だとさすがに仕方ないか…。
 
↑の状態からだいたい一晩が経ちまして、だいたい原稿が10枚くらい進みまして、友人がどうも完成したっぽいし(1時間くらい前に寝ちゃってる)、あ、あと、40、41、42をすっ飛ばした雑記のページが新しく作られました、一応今の段階では間を埋めていく体裁になってはいるものの最悪ページ移せばいいや、ちょくちょく移動させてるしね。
まあ、あくまであれ、こうやってぐだぐだといらない適当なものを書いたほうが頭の状態よくなるというだけのことでしかないのです。全体的に。

2月4日めも。

『斧の文化史』考古学選書6を読了、大雑把に扱われていたのが石斧から鉄の斧への転換(実際の文化民族における変化)という部分だったんですが、とりあえず石斧と鉄の斧との作業効率の違いが約4倍程度で「作業が空いた時間は男たちは寝て過ごした」と言われているのですが。
金属の登場によって文明が芽生えるのでは! という学者の夢は完全に破れてだいぶがっかりしていたようです、本当にありがとうございました。
だがしかし、石斧は一人の男が一代で使い切るものだったのに鉄の斧は共有が当然になり、別に持ち出されても(劣化しないからか)大して気にされないようになり。祭祀の道具として斧が使われるようなこともなくなっていって、結果的に生活が変化していった、というのは文明といえば言えるのかなぁ。
正直、近代化みたいな変化はあるみたいです、あんまりいい変化にも見えなかったけどねー、ドライになったというか、人的関係が希薄になったというか。
かつて同じような所有に関しての変化が起こったのかどうかはなんとも言えない。
あと、どちらかというとこれを読んだあとで「打製石器」と「研磨石器」の変化の違いみたいな文章を読んでいたのですが、あるいはこっちのほうがずっと大きかったんではないのか、という気もしないでもないなぁ。
 
てか、斧って金属の歴史の中ではかなり早い段階で登場したのではないか、という気もするんだけどどうなんだろうね。少なくとも樹木を扱うという意味ではそれだけを求める、みたいな変化をしていたのは事実みたいなんだけども。
日本の座の発祥は「鎌」と「釜」だっけ、鎌と斧…、似たようなもんかなぁ。

2月5日めも。

『「神と鬼のヤマト」誕生』新史論/書き替えられた古代史1を読了、なんで読み始めたのかというと他の本で物部氏と金属加工みたいな部分を見てしまったからではないのかなぁ、ということを考えないでもないんですが結局のところ自分でも謎です。
というか、なるべく古い時代から読んだほうがいいのかもしれないということで根負けしたというだけかもしれません。
最近の流行というか、古代史のトピックって主に物部氏の復興みたいな部分なのかなぁ、あれですね、大化の改新のあの辺り。
『日本書紀』とか『古事記』がなんか変ってのはだいぶ昔から聞いていたものの(まあ実際、見るからに変です、最初から構造がなんかおかしい)、どこをどのように利用して再構成するのかというのはなかなかまとまった仮説として存在してなかったからなぁ。
で、ものすごくざっくり言うと新書にも関わらず珍しく参考文献が挙げられているような本ですが、その本がだいたい概説書止まりです。論文みたいな体裁になっているかと言うと全くそんなこともないし、この方も学者というほどでもない。
ただ、そうやって一つずつの分野には詳しいけれど全体像が描けない、という人とはまた別でどんなに稚拙であっても一通りのつながりは存在しているんじゃないかなぁこれ、わりと前から図書館の棚で見ていて、大胆な本ながら受け入れられていたのですが納得。
 
かなり大雑把な認識だと塩野七海さんの『ローマ人の物語』と似たようなスタンスかもね、あっちほどドラマチックじゃないし細かいところまで踏み込んではいないものの、最近見つかった遺跡などもきちんと盛り込んだ上で一つの仮説としては完成している。
纏向遺跡が平和的に形成されたなんて部分はこれいい線ぽいよなぁ、続きも読むよ。

2月6日めも。

『神武と応神「祟り王」の秘密』新史論/書き替えられた古代史2を読了ですにゃん、で、私が1巻を勘違いしていることに気付いたんですが、めっちゃざっくり言うと「邪馬台国の場所ってそもそもそんなに拘る必要もないんじゃないのかなぁ」という部分に同意。
北九州説とヤマト説があるものの、そもそもその2箇所になんか構造の共通している施設があるの変じゃない? てのももっともだよな、と思うものの。
「卑弥呼が当時出来つつあったヤマト政権の合同を聞きつけ、自分たちこそが邪馬台国として倭国の支配者なのだ、と偽称したのだ!」みたいなのはどうかな。
いや、この説そのものがいいとか悪いとかじゃなくて(考古学資料とヤマトと邪馬台国って名前の共通性と、同時代に成立してたんだよなそもそも? みたいなことを考えると別にそんなに不自然てほどでもない)、建築構造が似てるものは客観証拠として同じ組織を抱えてると見るものなので、この時代の建築物が似てることをもってして「偽称のための材料だ!」はちょっと受け入れにくいものがあるんだよね。
なんというか、説に対しての証拠の種類が全く納得が行かない。これじゃない。
 
あとあれ、神功皇后が架空の人物ではないのではないかな、という根拠が「あとの時代の女性天皇がモデルならこんなわけのわからん話入ってないだろ!」というのは実に良かったと思うんですが、彼女の記録が途絶えたことをもってして卑弥呼の後継者であるイヨになったのではないか、てのはさすがにすっ飛びすぎてて全然途中がなかったです。
ただ、それでも途中までは面白かったんだよね、航路とか記録の食い違いとか、ていうか記録が途切れてるって言われてたものの、神功皇后が半島から技術者を連れ帰って来たこと自体は多分事実かな、て辺りも汲み込んで欲しかったな。ちまちま足りてないのね。

2月7日めも。

『外様大名40家-「負け組」の処世術』読了ですー、あれですね、見覚えがあるところで伊達家とか前田家とか、正直、伊達家って関ヶ原の戦いの時点で徳川方になってなかったんだっけ? みたいなのがよくわからんのですが(私戦国大名に興味があるわけではないのです、相変わらず…)、水戸藩の本読んでたら副将軍気取ってたよ、みたいなことが出てきたし、どうもその辺の自信がない。
(大坂の陣では徳川側の筆頭みたいな存在だったしなぁ、強かったんだってね。)
前田家も徳川から普通に親類扱いされてたよね?
その辺の機微がどうにもわからんのですが、むしろ強い大名だから取り込もうとするとかそういう受け取り方をしておけばいいのかしら、徳川のやることってなんか搦め手が多いので直接わかることがないのはまあ、正直200年政権を維持したということだといいことだと思うしかないんだろうね。うん。
 
あとあれ、近代建築なんかでお目に掛かったことのある小笠原家とか、えーと、新政府でも礼節の先生として結構発言力があったんだっけか。
それとやっぱり近代建築でも近代史でもとうらぶでも見る蜂須賀家でしょうか、ここ、どう考えてもかなりの名門なのになんで認知度低いんだろう。
見るからに金ぴかだからだろうか、写真見るとすぐにわかる方ですちゃんとした人です。
特になにが知りたい、というわけでもなく、なんとなく齧っている段階なのでこのくらい読みやすくて家のルーツに関してだけはかなりきっちり記述してくれる、という本はだいぶありがたかったなぁ。
このあとで7巻編成の各地域の藩の本読んでます、6冊しか手元にないな。

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