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雑記:とうらぶその他、55

Last-modified: 2016-09-18 (日) 03:16:31

雑記:とうらぶその他、55

8月26日めも。

『後鳥羽上皇-新古今集はなにを語るか』の読了です、いやまあ、五味さんの本なんですけどね、正直五味さんの本だと時々正直振り落とされる傾向があるんですが、私があまり興味のない和歌が題材のわりには比較的興味深く読めたような気もします。
(知られてて当然みたいな言い方しちゃったけど、日本の中世研究だと第一人者なんじゃないでしょうか、この人の著作よりもこの人の編集した本に当たりが多い。)
ただまあ、放送大学の和歌の講座のほうが面白かったなー、となるので早いところ続きが見たいものです。あと古代中世の講義が2回残っていて、この本のレビューが時代が被るかもしれないので片付けているような算段です。
 
で、まああれ、後鳥羽さんには刀鍛冶を番鍛冶だったっけ? 当番制にして任命しているという伝承があるんですが、ところによっては一切触れられていないような曖昧な扱いになっていまして、これが側近に近いような存在の日記に触れられていないから、という説明を見たことがあるんですが。
あー…、九条兼実と藤原定家に関わってんのか、さすがにこの人たちの日記に出てこないと「どうじゃろ」ってのもわからんでもないなぁ。
九条兼実なんて「怪しいものたち」みたいなところにも出てたんだよね、周囲の話をだいぶ細かく書くみたいな人だし、藤原定家もなぁ、うーん、確かに微妙。
というかなんかもう、この本の中ではひたっすら和歌尽くしなんですがだいたい和歌尽くしの生活だと思われます。
それによく考えたら東大寺と興福寺の修復畑違いしてる時期だし、畑違いとはいえ鍛冶の大量動員してるってのもちょっと考えにくいかも、もうちょっとあとの時代?

8月27日めも。

『日本古代中世史 '11』#14「近世を準備する戦国社会」の放送大学引き続きー、です、あれです、あと講義1回分だー、全部終了したらこれと対のものをぽちぽちと別のブログ(というか読書記録メインみたいなところ)にも上げていくつもりです。
どうも途中までだと私が落ち着かないんだよね、前にやっちゃったけど。
まあこことはつながってるようなつながってないような微妙な感じだけど。
というかついったからは普通に両方つなげてるんですけどね。
なんか続けてるといらん部分がどんどん増えてったりするものだよね。
あとあれ、この回はまず今川氏が例として出てきたのでいくつかの家を取り扱うのかな、と思って待っていたんですが、織田さんとか豊臣さんとかに軽く触れて織田さんとこの石垣を紹介して今川さんの話に戻ったので、なんかこう、文句はないんですけどもとても残念でした。
というか室町時代における農地の変化みたいな部分に詳しかったのってひょっとして今川氏の史料文献を追い掛けてる人だったのかなぁ。
 
私にはこの今川氏には戦国時代にならないとちょっと馴染みがないんですが、足利義教…で良かったっけか、まあそのくらいの時代に(義教が6代)幕府からのお家騒動への介入を受けまして、それ以来幕府の後ろ盾が不可欠で協力的な家だったんだって。
それと守護大名と戦国大名の違いがよくわかってなかったんですが、守護が続くと大名と呼ばれるんじゃなかったっけか、で、そこから自力で勢力範囲を広げていくと戦国大名になる、ということで良かったかな。
領地安堵にいろいろ苦心していたものの、まあ、豊臣とかスケール違うよねだって。

8月28日めも。

『日本古代中世史 '11』#15「地域史への展望」の放送大学、で、これでこの講義がラスト、そういやこの講義そのものが初っ端から博多の来歴などを語っていてびっくりしたのですが、15回に至るまでだいたい100年ずつを一つの講義で消化しているのですっかり忘れてるところで「宇都宮で駅弁が出来たのはなぜか」とかまされました。
というかもう一つのところでも触れたけどやっぱり衝撃だよ!!
確認してみたんですが、やっぱり初回とラストだけが五味文彦さんでした。
わかってたけど、わかってたけど、あとね、そんなテーマの選び方はしてても内容はわりとちゃんとしてるんだよ! ちゃんとしてても専門の人が扱ってるほうが滋味に富んでて楽しいって思っちゃうけどね、結局興味があちこちに散乱してくから、大人しく総合歴史について語っててくれればいいのにさぁ…。
まあでも、この人が先鞭を付けたところは以降発展していくから、そういう…ううん。
日本中世史のラスボスとしてまだしばらくは君臨して下さってくれると嬉しいです。
今更ですが、もちろん駅弁ってのは鉄道のあれです、宇都宮ってのはわりとこう、長距離路線の東京側からの最後の都市なんだよねとか、あと大陸帰りの軍人がいたとか、その辺から類推出来るんじゃないかなー、と。
確かに手法としてはわかりやすいし納得、んでまあ、さすがにやっぱり古代中世史なので常陸の近辺の歴史がメインになったんですけどね。
 
平将門の時はご迷惑をお掛けしました、常陸の筑波山が真っ只中だったか…あ、うん、あれ、平将門と最初から結託してたのが武蔵国だったらしくて、ごめん(心は多摩民)。
で、以降敗者に優しい土地になったとかなんとか、親近感。

8月29日めも。

『和歌文学の世界 '14』#9「九相図の和歌」の放送大学の講義引き続き、というかこの「九相図」ってものを私は知らなかったんですが友人のもものまんじゅうは知ってまして、なんでも昔読んだ漫画の中で出てきたらしいんですが、渋いなその漫画?!
えーと、大雑把に言うと放置された死体がだんだん腐って崩れて、鳥獣の餌となって骨だけになって塵となるまでの段階を描いたものであって、生前までを含めて10枚となることはあるものの段階が9であることは確定、ただ、その段階は完全に固定されているわけでもないようです。
この講義で扱っていたのはその絵に和歌を添えたもので、正直最初の頃は生々しいなって笑っていたんですが、だんだん切実な歌になっていって最終的に塵になったところで墓に置き換わっていたんですがもうちょっと早く墓を作ればいいのに、と突っ込みされていて、そこで笑い崩れました、確かにそうだけどもww
というかやっぱり和歌の話聞くんならこの人のほうが圧倒的に面白いなー、なんか本とか書いてないかどうかあとで調べてみよ。
(いや後鳥羽上皇を題材にした五味文彦さんのご本を読んだんですが、まあ悪くはなかったもののこの講義が念頭にあったせいで物足りなかったのかもなぁ。)
 
で、友人の言うことにはそもそもこれは仏教の概念であって流行ったのは鎌倉時代じゃないかな、と言ってたんですが、講義の中で出てきた和歌を添えたものは多分室町時代だよなぁ、そして、Wiki先生で調べても言及してるんですが、女性が題材になることが多く、どうもこう、女の悲哀を描いた立場の和歌が詠まれていたとか。
美女の悲哀を描いてそれを男が和歌にする、そして多分萌えてる、人間逞しい…。

8月30日めも。

『古地図で謎解き!』#44「傑作選 八代将軍・吉宗と名奉行・大岡越前」でえーと、BS11チャンネルだっけかな? 8月17日時点で放送、リアルタイムは9月10日くらい、ちまちまと歴史系の録画も消化していこうかなー、と。
(ただ他に多少マシなレビューがあるとかではなく、ぐだぐだ記録のみです。)
(基本的にこの手の記録を書くのは自分の記憶を定着させるためー、が一番なんだよね、どこで見たんだっけあの単語なんだっけ?! みたいなために使うこともあるけど、ネットに載せたものは検索機能が使えるんだ。マジで。)
 
まあ、これを書こうとしてまず『暴れん坊将軍』何代だっけ? ということで調べてみたんですがやはり案の定、8代将軍吉宗どのでした、あの人は実際この大岡越前どののことを親友って言ってたらしいんだけどね、いやこれはガチで。
なのでこう、庶民寄りだったんじゃないのかな! くらいは他愛ない妄想の範囲だよね、というか政策も結構下から目線だしいいよね、なんか上の兄が三人ほど夭逝して、それからさらに手腕を認められて紀州徳川家から将軍になったらしいんですが。
よくよく考えたら大岡越前さんがもともといた伊勢神宮を管理する山田奉行所(ようだぶぎょうしょだと思うけどねー、多分、読んだ本ではそう読んでた)が紀州徳川家のある和歌山藩の範囲内なのでそれで知り合ったのか。
で、要するに江戸にお持ち帰りしたってことなんだな、ぐっじょぶ公私混同!!
この時期はなんかえらいこと財政的に厳しかったらしいんですが、まー、江戸幕府そのものの構造問題なのでこれは解消されないんだよね、ちまちまと庶民寄りでわりと頭良くて苦労した人たちで、庶民が長いこと好きだったのもこれは全く疑問はないよねww

8月31日めも。

『和歌文学の世界 '14』#10「和歌・連歌・俳諧」の放送大学引き続き、なんですが、今まで担当していた方と変わってしまったのでちょっと残念、で、その渡部さんの著作かなんかないのかな、と思っていたら和歌の漫画が出てきて、真面目に関連本を出してらしたので、あー、それでわかりやすくて面白かったんだ、と納得。
この回の女性の講師の方も、正直テンポがよくて歯切れが良かったんですが、あれかな、ちょっと真面目なところが惜しい感じ、もうちょっと突っ込み精神が欲しい。
(塵になるまで放置した死体に向かって「もうちょっと早く墓作ってやれよ」とか、ああいう感じの誰もがだよなーww と思うみたいなの。)
あ、いえ、単独でも十分面白かったです、が、ちょっとテンション下がっちゃった。
なんかこう、頭で理解していくみたいな感じになっちゃったからなぁ、今は若干の蓄積があるから面白く聞けたんだけどねー、やっぱり前半も見たいなこの講義。
 
すごく大雑把に言いますと中世から、えーと、室町時代までの間に朝廷主導、と言っていいのかな? 天皇なども後ろ盾にいるような「勅撰和歌集」というものが存在しまして、まず最初の3つが一番偉くて次が8つ、この時代が誰だったっけか、誰か有名な人が同時代人なんですよ、というわかりやすい解説入れてくれてたと思ったんだけども。
それとこの勅撰和歌集の一番最後が藤原定家の時代、という認識でいいんだよね、で、ここで連歌が生まれ、それが「古今伝授」ということで江戸時代の俳諧にもつながっていった、ということが語られていまして、締めが松尾芭蕉。
最後に彼の関係する土地を巡っていたんですが、間接的に江戸時代までに続いた文化の系譜が見えてくる感じ…、あ、思い出した八大集の最後と同時代なのは紫式部か!

9月1日めも。

『京都・国宝浪漫』#49 琳派400年 風神雷神図から知る日本の美、を見ているのですが(リアルタイムで9月5日)、あれです、録画した3本をまとめ見してるみたいな感じ、なんかね、頭の向きがそうなってることってありますよね。
琳派っていうとまあ、本阿弥光悦さんがまず徳川家康氏から土地を貰いまして(京都の北の辺り)、そいでそこに光悦村ってのを作ってそこに昔からの本阿弥家との知り合いである…なんだっけ、あの元気いい日蓮宗の別名である…法華宗か! そこにどうも芸術家が多かったらしくてそこと付き合ってたらしいので芸術村とか作ってたみたいです。
法華宗ってだいたい権力者とは相性良くないんだけど、徳川さんとこはあんまり無碍にしてない傾向があるのよね(江戸にも近くに法華宗のいた土地がありますよ)。
 
というかそもそも浅井長政の娘たちの手で作られた(淀さんが作って焼けたあとに江さんが再建)、養源院というところがなんかこう、ロックでした、徳川の兵で血で染まった床を寺の天井にすることで徳川の寺として再建したって、ねぇ、他の手段なかったの、なんか本当に「あ、これ、血だ?!」みたいな血天井です、ロックだ。
あとあれ、徳川将軍二代の秀忠、その正妻のお江さん、お父さんの浅井長政さんの位牌がなぜか徳川、天皇家、豊臣の家門入りで作られてるってあるんですが、ここでしか無理ですねって言われたらそうなんだろうけども、菊模様はなんで…? 私が不勉強なのか。
あとあれ、俵屋宗達の絵が薄目で見ると3Dみたいに立体的に感じるよ! みたいなのも面白いですね、だいぶ退色した今でも結構そう見えるなぁ。
ところで琳派が百年置きくらいに二人ずつ現れるって聞いて、変わった集団と表現してたんですが、集団に達してない、面白いwww

9月2日めも。

「あなたの知らない親鸞と浄土真宗」の読了、で、今手元にあるのは「空海と真言宗」でぃす。内容が混ざるといけないので早く読まないと、と思ってるんですがさすがに今程度に仏教に関して踏まえて来てると混ざらないかなぁ、微妙。
というか鎌倉新仏教同士だとさすがに自信ないけどねー、特に幕府が面倒いからって一緒にしてきた時宗とか法華宗辺りは本気で自信ないです、確かにたまに混ざってるw
(宗派は混ざってないんですけども、信者が混ざってるんだよね、あれは、同じような階層の人たちが属してたのがこの辺の宗派だったって意味なのかなぁ、それとも他からあまり区別されずに認識されていただけだったのか、どっちもありそう。)
 
まあ僕にとって一番大事なのは本願寺がここだってことくらいかなぁ、ただ、なにがどうして本願寺が織田、豊臣、徳川の三者に渡って弱体化され続けたのかというほどに強大な権力となったのかが不明なままなのでなんとも。
というか、本願寺と親鸞さんがどうしても直接結び付かないんだよ印象がw
あと、本願寺と一向宗も今の時点でどうにも印象が結び付かないし、雑賀衆に至っては関係者だったの?! と叫んだレベルですが説明ほとんどなかったんで実は今でも自信ないです、いや関係者でないはずはないんだどこでどう結び付いたわからん。
が、現代の浄土真宗が冥福祈っちゃ駄目よー、とかその辺のルールが違うのはなんとなくわかりました、お祈りが違うって聞くのもここだったのね。
簡単に言うと「自力」ではなく「他力」という仏の力に頼るのが大事ということなので、人間が関与しちゃならない部分が多いんだって、それはなんとなくわかるかなぁ、ただ、それでどうして本願寺とか一向一揆が一時最大勢力化したのかが、すごく謎い。

9月3日めも。

『せいこうの歴史再考』#4 織田信長~滋賀・安土~、て、あれ何日の放送だったっけまた確認し忘れたまあいいやどの道再放送です。bs12のトゥエルビっていう放送局でどういう性質なんだかはさっぱり知りません!
で、織田信長って言われるとさすがにそんなに知らないことなんてのはないんですが、というか正直なところ現地直接見に行く系の番組とかだとパスしてる傾向があるというか、本でもテーマ絞ってるのしか読まないとかいろいろあるんですが。
(最近だとヒットしたのは家臣団をメインにした人と城郭メインの人と、彼ではなくて彼の時代の京都の町を扱った本だなぁ、新書で研究書レベルがあっさり読めるんだもんなぁ、論文だと今どの辺扱ってるんだろうね真面目に。)
 
とりあえずここで面白かったのは安土城の再現建築ですかね、多宝塔っていう寺院建築じゃないかなー、と思って前々から見てたんですが(多宝塔の上に本堂が乗ってるみたいな感じに見えますあれ)、やっぱり中見ても装飾見ても飾ってるものを見てもそんな感じでした、だからって敬虔な信者かって言われたら、なんか綺麗っぽいものを宗教だろうがなんだろうが適当にくっ付けたみたいに見えるから、微妙!!
あと、天主が最初のものなんじゃないのって言われてたような気がするんですが、同時代のものあるのかな、同時代なだけ?
それと前々から見てる松永秀久さんの多聞城との関係みたいなのも見れなかったし、まあどのくらい城壁の昔の状態が共有知識化されてたくらいかなぁ、あ、あれです、城下町が最初だったとか範囲どのくらいだったかとかもわりと面白かったです。
かなり遠いよね? 防御力あったんだろうか安土城、と気になったなぁ。

9月4日めも。

『権力の館を考える '16』#8「首相の館(3」なのです、えーと、リアルタイムだと9月18日ですね、今の時点でまだ特に、再度の移転どうのという具体的な話は出ていないのですが、あと相手があくまでも親族なのでそこまでタイトにかつかつというわけではないんだけどもさすがに少しスケジュールが判明して欲しい気もするし、まあまだまだ残る放送大学の録画を考えるとまだある程度は片付けておきたいなぁ、という気もしてるし、和歌の講義にそんなに希求性を感じなくなってしまったので平行処理です。
というか移転というより、ちょっとこう、行ってみたい土地があるんだけどもどうしようかしら…。荷物とかまとめられるようならこの家にそのままある程度置かせて貰ってそっちに、というのも考えているんだけどいえ放送大学の講義なのですが。
 
ここで出来たのが福田赳夫、大平正芳、中曽根康弘、竹下登で、書いているうちにあれ? と思ったんだけども高度経済成長期くらいの人でいいんだっけこの辺、結構長いんですけどねあれ。
というか後者二人は直接名前を聞くことがいまだにあるのに反して、前者二人が名前の聞き覚えすらなく、若干ショックを受けていて、実際日本の当時の政治のムーヴメントを見ていてもなんのこっちゃさっぱりぽん、みたいな調子だったんですが。
たまに絡むアメリカのほうの事情はそこそこわかるんだよね。
あれ、なにがどうしてそうなってるんだろう、とちょっと考え込んでしまったんですが、とりあえず今その時代を埋めたいなー、というあれはないのです、動機が。
だから出来れば過去の私が義務感で勉強しておいてくれると嬉しかったんですが、今後銀行の歴史でも考えるようになったら埋まるかなぁ。総理大臣知らないの悔しい…。

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(とうらぶその他、55)