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雑記:とうらぶその他、57

Last-modified: 2016-09-22 (木) 17:14:30

雑記:とうらぶその他、57

9月15日めも。

『神社でたどる「江戸・東京」歴史散歩』歴史新書、の読了でーす、というかこれさえ書いてしまえばあとは残り3冊を読み終わりさえすればいいんですけどね、手元にない状態で書く必要もないような気もするんですが手間は増えるし。
同じジャンルの場合は、被るジャンルの本をまとめてから読んだりはします。
 
で、あれ、結構何冊か読んでる著者さんのですが、わりと新味の期待とかはしてないんですよね、ただ、なんかそれなりにどの段階でも面白く読めるんだよなぁ。
私あんまり、手広く本を書いてる方って信用してないようなところがあるんですが、どのジャンルにおいても変に踏み込んだことは言わない、いい意味で教科書的な少し古い説であっても堅実にわかってる部分を重視している。
その上で手広くやってるってのが積み重なってる感じでいいのかも。
この本でも、読み終わった時点でも知らないことはないのになぜか面白く読めたんですが(反面、普段読んでるような神社の本だったら書いてあることが結構ぽつぽつ欠けてた)、それがなにかというと多分御霊信仰で、要するにどうもこの土地の敗者に寛容な気質を御霊信仰、平将門だの菅原道真の時代から連綿と受け継いで来たってことをそれとなく示そうとしてたんじゃないのかなー、という気が。
菅原道真と関係する土地かってのは、あれ、何人もいた息子の三男が流されて来た土地とが関係が深いかどうかはまあ意見が別れるであろうものの、確かにこの多摩を含んだところだと歓迎されていたような気はするなぁww
というか言われてみると天満宮多いよなぁ、あと北野(京王線に駅があるの)という土地もひょっとしてそれじゃなかったっけ、あ、やっぱりあるね、北野天満社。

9月16日めも。

『京都・国宝浪漫』#71「国宝・山門の魅力と癒やしの庭園~東福寺」で、えーと、前にも見てるからいいか、次の回でもう一回時間とチャンネルを記録しよう…。
この東福寺は1939年の段階で修復をしてるんですが、正直どういう文脈だったのかちょっとわかんないな、終戦が1945年なので、戦時中だよなぁ。
で、まあこの番組の中で「昭和を代表する作庭家」と言われていたのにも関わらずお金がなかったので永代供養料にします、というような条件で庭造りを重森三玲氏が引き受けていたのでもうちょっと安い相手に頼むのがまず先なんじゃ?! と正直思っちゃったんですが、条件として出したのが一個だけ(北斗七星を作って、だっけかな)というだけであとはひたすら自由に作っていたらしいし、これ正直、そう短期間では作れないよなぁ、と思って念のために検索してみたんですが代表作のトップバッターでした。
あ、うん、なんかこう、この庭を造ったためにむしろ昭和を代表することになったのかな、と番組聞いてる間に感じるようになっていたんですが、そもそも有名になったきっかけってほうが正しいのかもしれない、大変失礼しました...orz
 
てかあれ、九条…なんだっけ、兼実しか出てこないんですが(この人だけ何度もエンカウントするんだよ!)、まあその息子かなんかだったと思います。
禅寺の中ではだいぶ早いんだよとか、公家と新勢力が結び付いたんだよとか、父親がむしろ東大寺と興福寺の炎上からの復興を手掛けてたからその名前なんだろうなとか、いろいろ思い返しながら見てたんですが、無駄を徹底的に省く禅寺というコンセプトのわりには全体的に作りがごついな!? というのが正直な感想になりました。
どっちかというとごつい作りを有効利用って方向だよね、お庭も素敵でした。

9月17日めも。

『歴史と人間 '14』#10「メアリ・ウルストンクラフト-女性解放運動の先駆者-」の引き続きなのですが、現在リアルタイムで9月20日て現在とうらぶがメンテナンスをしているところで、私は録り貯めた放送大学の講義はなるべく見ようとして、うーん、次はなにを見るべかと迷っております。
放送大学以外の歴史番組はまあそんなに優先しなくてもいいような気もするし、でも間に挟んでいかないと早い時点で飽きそうだし! と思案なう。
えーと、この人物に関しては、男に騙されて騙されたのに仕事に付いて来てと言われたらほいほいと付いて行き、その後また騙されて自殺未遂を行い。
娘の生まれたのち11ヶ月で命を落とした、理由はなんだっけ思い出せない。
みたいな人生を、ちょっと残念じゃね? みたいな口調で語ってる人が印象的だったんですが悪い意味ではないです、めっちゃわかる、男性だけど、あの人はちゃんとしてる、ていうかそのあとでルソーの話をしていたんですが、なんじゃいこいつって感じだし、そもそも弱者視点に立つ人なんだろうね、尊敬出来る。
あ、そういや娘さんは『フランケンシュタイン』を書いた方みたいですね、なんか物の弾みで生まれた作品だっけ、家族全員有名人ですねー、みたいに言われてたんだけど夫氏の経歴を聞きそびれましたまあいいや。
 
というかよく考えたらフランス革命とアメリカ独立って言ってて奴隷開放って話になってるんだからその時代の人か!?
確かあれ、夫に見捨てられたら餓死するか娼婦をするか以外の道がない時代じゃなかったっけか、次の時代だと家庭教師が選択肢に入るはず…まあ、仕方ない気もするかな…。

9月18日めも。

『権力の館を考える '16』#10「関西の館(1 大阪城天守閣と旧第四師団司令部庁舎」の引き続き、正直今まで見てきてわりと面白かったから後悔はしていないものの、なんでこんなに使用された時期が違うんだろう?? と思ってた直感は大事にすべきでしたね! まあ正直なところ完全に現代の話でした。
あれなー、そもそも現代中心の人だからしょうがないよね、御厨さん。
もうこの場合は「天主」でなくて天守閣で全然いいわけだな、なにしろ軍事利用されていた時代の話だしね、名実共に正しいとしか言い様がない。
 
大雑把に初っ端から公共性が高いのは欧米であるという認識がされているものの過去の城に関しては日本のほうがずっと公共利用されているんですよー、ということが語られていまして、ただ、とはいえ、間で軍隊が所有していたんですけどね?
だとか、街並みに対して自分の家を調和させるという発想がないというようなこともついでに語られていましたが、まあまあ、それはそれで。
日本だと正直、ある程度歩くと公園だの神社だの寺だの出てくるからそっちに気が取られるし、欧州のみっちり詰まった建築様式とはまた別のものって気もしないでもないしなぁ(いや、ちゃんとしたものを見たことがあるわけでもないですが、模しただけのところでも結構な威圧感が)、あそこで調和取ろうとする意思もわかるっていうか自然発生的なものだっていう気もしないでもないしね、いやそういう回でもないですが。
要するに大阪に公園が欲しい土地がない、大阪城があるじゃないかあれは陸軍の土地だ、陸軍さーん、そこにある大阪城を改築するって名目で寄付金募ってそちらの宿舎をついでに建て替えませーん? みたいな、わりといい感じに騙されてました陸軍。悪くない。

9月19日めも。

『せいこうの歴史再考』#12 歌舞伎~東京~、です、また日付書き写し忘れた、あ、あと多分近日中に家を移動するのでどこまで録画が消化出来るのかわかりません、冷蔵庫の中身も調整していかないとなぁ。
バナナと鶏肉がちょっとね、あるんですよね、あとニラも欲しいな…。
えーと、そうでなくて歌舞伎なんですが、そういやこの番組ってよく考えたら経済視点による考え直しだったっけか、そっか、それで前回(多分再放送なので順番ばらばら)の千利休もビジネス観点での解釈になっていたのか、なるほどなるほど。
まあこの歌舞伎っていうと、そういや最近吉原テーマの番組も見たばかりだという気がするのですが(このチャンネルだっけ隣のチャンネルだっけ)、芝居小屋、吉原、朝市が金が落ちる場所って言われてたんじゃなかったっけ、朝市じゃなかったかもしれないけどその辺です、市場? なんだっけか。
 
とはいえ、あんまり知らないこともなかったんですが、今でいうVIP席がどんどん増えてったとかその値段差が3倍くらいだったとか、幕の内弁当もかなり高かったとか。
役者が着てた着物の柄がめっちゃ流行って現在まで「市松」模様として残っているとか、ところで白と緑って、本当に当時からあの発色だったんだろうか、だいぶ現代的な人工色に見えるんだけども、謎がいっぱいです。
芝居絵も売れたんだよん、とか歌舞伎コンセプト茶店があったとか、タイアップ広告で商品宣伝も歌舞伎役者の絵でやったとか、風景画と役者! みたいなシリーズがあったとか、今見てもどこがいいんだろうと思うところが現代と一緒ですね!
風景画の良さも役者絵の良さもわかるよ、合わせるの意味あんの?! とは思う。

9月20日めも。

『権力の館を考える '16』#11「関西の館(2 紫宸殿・清涼殿」の放送大学の引き続きです、本は読み終わりました、4冊分書けそうならブックレビューのほうもまとめようっていうか、よく考えたら日付が残り少ないな(リアルタイムが9月22日)。
少しなにか方法を考えよう。
ところで今はとうらぶで【戦力拡充計画】を回っています、目的が400回に達する前に終わったんですが、1200回ノルマだそうです、そこまで楽しくないな?
 
前回と同じ方がゲストとして呼ばれていたんですが、えーと、要するに建築研究の方ということになるのかな、この回で語られていたのが江戸時代に存在した「ルネサンス」のような流れなのですがなんでも平安「調」の建築を復興させようという展開があったんだって、どこからどこまでかは判然としてない…んだったっけ?
いやそれは平安時代に関してだっけ、すみません曖昧模糊なのは私です。
ただ、正直なところを申し上げると古代においては建築資材は使い回しが標準なのでその場で解体引っぺがし、運送みたいなことになるので、なにか特殊な事情で放棄された土地などでないと別に痕跡が出てこなくても不思議はないと思いますよ?
そもそもそういう話をしてなかったらすみません、瓦の研究関係なんかだと完全に証拠残ってるんじゃないのかな、というか、結構あとまで習慣残ってるからねそれも…。
まああれです、そもそも平安神社の話から始まりまして、めっさ朱の色が濃い、あれは新しいからだよ風情がない、みたいなことをバスガイドさんまで言ってたんですが、内国博覧会があって(京都が大阪から分捕ったww)、そこで作られたパビリオンにしちゃだいぶ立派じゃない? 残すために神社にしようってのは安易だと思うけど!!

6月22日めも。

『歴史と人間 '14』#11「ラスキンとモリス-中世主義と近代-」の放送大学引き続き、というかなんか日付が巻き戻ってますけども気にしないで下さい、気付かれてない可能性もあるけど。
一回この分の日付を抜いてたんですけども、なんか足りなさそうなのでカムバックして貰いました、リアルタイムだと9月22日です、あとで図書館が来ます。
 
ところでもう一つのものを書いてまとめていて、ウィリアム・モリスさんに関してはもともと知っていた人だったこともあってそれなりにまとまった内容が書けたと思うんですがどうにもラスキンさんの記憶が、あ、いや思い出した。
そもそもこの回は日本にネオ・ゴシックの潮流が一時期あり、それは近代初期に建築を担当していたジョサイア・コンドル氏の影響であり、当時イギリスで大流行していた建築様式が取り入れられたためだ、という説明がありまして。
で、その建築様式の源泉になったのがラスキンさんってことでいいのかなぁ。
モリスさんも建物とか内装とか作ってたよね、植物の壁紙のやつ。アーツ&クラフト。
ラスキンさんはなんでもカソリックに惹かれていたものの彼の生まれた時代のイギリスでは禁止されていた、が、ある時に解禁されたために彼はカソリック教会を建てるために尽力した、というようなことが言われていたんですが、あ、建築家か。
この二人は社会学者だと商会されていたものの、どうも当時の世相そのものがそういう傾向があったということなのか、この二人がたまたまなのかはちょっとわからない。
しかしまあ、建築から現代人の生活に物申す、ちょっと立ち止まるべきだと産業革命の時代に言うにはそのほうがわかりやすくて良かったのかなぁ。

6月23日めも。

『和歌文学の世界 '14』#11「武家文化と和歌」の放送大学引き続き、で、あと4日分くらい似たような日付で続きます、ページ変わってしまうとちょっとわかりにくいような気もするんだけどどうでもいいような気もするし、迷う。
この少し前までに社会学者が建築をやっていたんだよ的な内容を打っていたんですがっていうか前日分の雑記なんですが、この回の講義では庭を作っていたような気もします、主に大名などが。
 
この回で扱われていたのが江戸時代だったんですが、10回目の講義で出てきた「古今伝授」というものが説明されまして、それを受け取ったのが、誰だっけ、柳沢吉保、だから享保の改革かな? えらい引き締め政策だったような。
で、その方が和歌と言われてしまうと、他の趣味と違ってお金を掛けないことも可能だから? と薄ぼんやり考えてしまうことになりました。が、検索したら間違えてた綱吉さんの時代の人か、引き締めはこの回に出てきた松平定信だな?<寛政の改革
それと私、大名庭園と大名を結び付けて覚えていないんですが後楽園が水戸藩のものだということは初めて知りまして、庭園があるのが主に下屋敷だったという印象だったので上屋敷に池を引き込んだ庭園があったのでちょっとびっくり。
というか後楽園の土地が今の「後楽園」の辺りだとするとちょっと江戸城に通勤するには遠くない?? と思ってしまったんですが、水戸藩だと事情が違うとかそういうこともあるのかなぁ、なんとも心もとない。
(参勤交代が免除されてるところです、実はこれ、理由が不明とか。)
和歌となんの関係があるんだっけ、と思いましたが歌に歌われてました! そっか!

6月24日めも。

『権力の館を考える '16』#12「アジアにおいて権力の館はどのように受容されたか」の引き続き、図書館来ました、リアルタイムは9月22日。
とりあえず一通りの講義があと3回とか4回とかくらいまで消化出来たかな。
 
えーと、この回を書こうとしていたら正規寄りめのレビューのほうを先に書いてしまいまして、そこで朝鮮半島が分裂したんだよん、とか、他人の国の王城のど真ん中になに作ってるんだよとか、台湾のほうは別に普通だな?! とか。
北朝鮮にあるんだっけか、地方都市にある植民地時代の日本の建物は、別にそんなに妙なことはしてないのでわりと普通に扱われてます、みたいな内容でした。
ところで数年前に韓国が植民地だと言ってるのはなんにもわかっていない、当時の統括の時に日本がなんと言っていたのか知らないのか、みたいなのをよく見ることがあったんですが、最近は見なくなってなによりです。
というか、当時の話は昔からものすごいスローペースで一つのエピソードとか二つのエピソード程度の量ずつ少しずつ知ってってる感じなんですが。
あの、当時の日本にはあまり真っ当な知識人の方はいらっしゃらなかったような感じなので? とか、台湾のほうにほとんど取られてしまったのかな?! みたいなことを考えることはよくあります。
あまりに刺激的なので、あんまり一度に伝えられないのは仕方ないと考えるべきなのか、あの当時のことを知らないままで過ごしてるのまずくないかとか、いろいろ心配だったりしないでもありません。
場に相応しくない堅い内容だけど、せめて知ってないと対応しにくいじゃない…。

6月25日めも。

『歴史と人間 '14』#12「津田梅子-明治初年の女子留学生-」の放送大学引き続き、ここでページ変わりましてまた日付がぽーんとリアルタイムの一日前の9月21日になる感じです、全ては適当です。
というか最初に留学した三人の女性の運命ってのはいいんですけども、いやこれ結構何度も聞いてるしさすがに(近代やってるせいもあるんですけども女性の歴史とか、高等教育の発展とかそういう系統で何度もエンカウントを)、残りの帰国してしまったお二人ってどうなったんでしょうね、と最近何度も聞いてるせいでさすがに気になってしまったんですが、まあ普通の人生送られたんだろうし、詮索するのもあれなのかなぁ。
 
ところでもう一つのレビューのほうで津田梅子さんの人生をつらつらとまとめていたら、確かに彼女は頑張ってる頑張ってるけど国があまりにもなんにもしなさすぎ、という結論にしかならなかったんですが、まあ、もともとの計画が頓挫したところまではいいよ、でもそもそも、どうしてそうやって放り出された彼女が女子の高等教育、どころか英語教育そのものの未来を切り開かなければならなかったんだよ、本当に近代化するつもりあったんかよさすがに?!
みたいな気持ちになってました、なんだな、当時の私学って政府の支援受けてないのが一番マシなところで下手すると妨害受けてるみたいなところもあるのね?
正直この3人のまあなんとか数年以上は持った最初の女子留学生たちは、だが専門教育を受けたのは1人のみ、だが彼女はその後日本に音楽技術者が少ない状態であったにも関わらず専業主婦となる道を選び、残る1人は夫の権力で友人の学校を応援したみたいな感じで、結婚だけは確かに自分で選んでたけど、いい話として扱っていいのこれ?!

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