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雑記:とうらぶその他、60

Last-modified: 2016-10-09 (日) 18:51:24

雑記:とうらぶその他、60

9月30日めも。

『100分de名著』司馬遼太郎スペシャル #1「戦国」から読み解く変革力 ~「国盗り物語」を中心に~、確かEテレで放送してたんだっけ、そもそも再放送、というか傑作選として見たので時期に意味があるかわからないし、正直前半2回はすでに録画を見て消してしまっているので後半のところで記録してある日付を覚えていたら記録する予定です意味があるのかどうかもさっぱりわからないけども!
(番組名とテーマ書きまではそれなりに意味あると思うけども、検索出来るし。)
 
で、ものすごくぶっちゃけまして司馬さんに関しては時々庇ってますが、私はあんまりこの方の作品を読んでません、というかそんなに大して好きな作品もないというか、時期がたまたまその時代を読み始めた初期くらいの頃に読んでその時点では面白く感じたものの、その後少し読み進んだ時点ではもう面白く感じなかったので「あ、これはそういう時期のための作品だな」と飲み込んでそれきりなんですが。
ただ、『街道をゆく』などのエッセイはわりと見てますし彼の出てくる映像作品を見ているし少しであっても小説読んでればわかると思うんだけど、他者肯定的な人なんだよね、上品というか、異文化や異分子に優しいんだよね、たまたまそうなってしまうことがあるとしても自分の立場を良くするために貶めたりしない。
正しいとか間違ってる以前にそっちのほうが重要だと思ってるので、多分今後も同じスタンスの予定ですが、まあそんな理由で若干このテーマを見て面白いと感じるかどうかは不安ではありました、その場合は録画消して次見なければいいだけなんだけどもね。
が、信長を生涯信じ続けた秀吉の話は、小説でも面白かったんだよね。
いろいろ戦国研究は進化したけども、そうだよなぁ、そこはむしろ補強されてるよな。

10月1日めも。

『100分de名著』司馬遼太郎スペシャル #2「幕末」に学ぶリーダーの条件 ~「花神」を中心に~、なのです、前の回が戦国時代で(いらんこと大量に語っていましたが)、今度は明治時代。
そもそも司馬さんはどうもこの二つの時代を書き続けたらしいんですが、現在も流行の時代ですよね、大量にっていうかごろごろ小説でもドラマでも飽きるほどにあるというか、ただ、司馬さんの時代にどうだったのかというと微妙で。
そういや新撰組の小説書き始めた頃なんてまだ忌避感が漂っていて遺族がものすごい勢いで喋っていたというのを土地の記録で読んだことがあるのですが(司馬さんサイドのところじゃなくて土地の本読んでたらたまたま出てきてたやつ)、だったらまあ、書きたいから書いたってことなんでしょうか。
 
で、ひょっとしたら前回の織田信長のことだけは信じた秀吉というテーマとも少しリンクする部分があったのかもなぁ、とこれを打ちながら少し考えていたんですが、要するに「その人と出会っていなかったら世に出られた可能性がないような存在」の話でもあるのかな、ここの回と前回は。
非常に才能のあった大村益次郎は、だがしかし処世術のようなものは全くなかった、彼がその能力を生かし立身出世出来るのだとしたらばまあ、誰か非常に偉い人に見出されて彼にその身の保障のようなことをされるしかなかったんじゃないのかな、ということが語られてまして、あー、うん、なんとなくわかる気がします。
てことはあれか、あくまで小説ではあっても、そういうところに主眼を置いて書いている作家さんだったし、それを中心で読んでいく人たちがいるんだね。素敵だな。

10月2日めも。

『100分de名著』司馬遼太郎スペシャル #3「明治」という名の理想 ~「『明治』という国家」を中心に~、なのです、ところで私わりと伊集院光さん(だよね? 伊集院さんが二人いるのでいつも曖昧な感じになるんだけども、どっちもわりと好き)が好きというかその評価に信頼を置いているので『花神』(大村益次郎の本)がめっちゃ面白かったぁぁぁ!! と言ってらしたので興味が出てるのですが。
うん、そもそも技術者の本とかは読んだことなかった気がする。
 
それと私、この本読んだか読んでないのか微妙なんですが、薩長土肥がそもそも得意分野が全く違い、280もの藩があり、それが結託していなかった江戸時代という評価も確かに一面ではどうしようもない事実ではあるものの。
逆に言うとそれぞれの個性があり、欧米からの技術ですら受け入れることの出来る素地はあったのだ、という司馬さんの物の見方は、正しいとか正しくないとか以前にいつまで経っても色褪せないんじゃないのかなぁ。
私、司馬さんに対しての細かい批判みたいなものは聞いたことがあって、それがいつまでも受け入れられてるのは嘆かわしいと言われていたのは何回も見たことあったんですが、いわゆる歴史の本として見た時点で、昔から存在している情報だけで、新しいものの見方を美しい形で提唱していた本がそうそう滅びる必要はあんまり感じないなぁ。
司馬さんが本を描き、小説を書いた時点より進んだ研究はそれを土台にそれこそ研究の進展です、という体裁で語ればいいだけのような気もするんだけども。
古い小説ならむしろ「こう書かれているが」、と言い出しやすいじゃない、そこまで歴史を扱う人たちが無力って表明されるのあんまり好きじゃないかなぁ。

10月3日めも。

『100分de名著』司馬遼太郎スペシャル #4「鬼胎の時代」の謎 ~「この国のかたち」を中心に~、で、えーと、この回は4月10日の放送でした、だいぶ長いことこの家にいたんだな…うん、そうだなわりとありがたかったな。
で、この回は司馬さんが苦手だとされた昭和の時代で、この番組を講師の立場で参加されていた(経済関係の人だよな確か)人は、司馬さんはここの部分を不連続のものとは言っていたけれども、実際にはその胎動は前の時代からあったんじゃないのかなぁ、ということを語っていたんですが。
要するに日露戦争のあとの時代であり、そこからあれだ、軍部の暴走が始まるということが語られるわけですが。
そもそも天皇の軍隊だから天皇の命令しか聞かない、まではいいんだよね、正直、これがあかんって言われることはあるもののちゃんと天皇に対して敬意持ってた間はそこまで暴走しなかったというのは事実としてあると思うのでいいと思うんだ。
ただ、天皇の意見すら完全に無視することになるともうわけがわからないことになるというか、そもそも軍隊に一体目的意識というものはあったんだろうかと言われるのも無理はないんですよね。
目的意識を持って欲しい、という司馬さんの願いの形で触れてましたが。
軍部が日本を破滅させるために暴走したわけではなく、なんかの目的があったはずなんだ、というのがまず大前提としてある。ただ正直、なにを得ることが目的だったのかすら末期はよくわからない、死ぬために暴走してるようにしか見えないまでになる。

それがこの国がもともと抱えた性質だとしたら、まあ、ちょっと怖いかなぁ。

10月4日めも。

『新 TV見仏記』#11 大和横断編、なのです、BS12のトゥエルビの放送です、日付はまた書き忘れましたまた次の週で忘れてなかったら書きます、なんかそれも再放送っぽいですが、というかこの回も再放送なのかな放送スケジュールわかんないな!
ところでこの番組の中でお遍路さんが出てきていたんですが、お遍路さんってなんだっけ、という気持ちになったのでまだまだです。
いや、仏教の分類は概ね出来るようになったんだけども、寺の分類とか実際にどの時代になにやってたのかとかはいまいちというか。
奈良に関してだったら多少はわかるはず、とこないだ読んでいた『奈良市史』を思い返していたものの、ここに出てきた女人高野(壷坂山というそうです)のことも知らなかったし、そもそもお遍路さんも大和回ってるわよ!! みたいな感じでまだまだです。
よく知ったかぶりをする的なことを言われることがあるのですが、どちらかというと今読んでいるものを頭を整理するために吐き出しているので、人によっては特にそうは感じないようなのですが、それっぽい知識の羅列を見た瞬間にそう判断される方は、ご自分にもだいたいそういう傾向があるので、今初心者本を読んでまとめてるところなのですが…みたいな状態の時は結構複雑な気持ちになりますどうでもいいんですけども。
 
じゃなくて、とりあえず當麻寺のどこぞの院が燃えていたとか、院って確か寺の中の独立のミニ寺として作られて一つの公家の家系が支配的地位になるものだよねとか、どの時代になにが流行りという傾向はさっぱりわからんなとか。
漆固めた仏像は初めて見たなぁ、木彫りで再現しようとしても無理なんですよぉ、とか、人の死を迎えに来る弥勒菩薩とか知らないことがいっぱいでしたとも!

10月5日めも。

『古地図で謎解き!』#48 天下人に仕えた男 千利休と天海の謎、BS11イレブンにて9月21日の放送です、多分この番組はここで最後かなー、放送していた時点では「傑作選」となっているんですけどもね。
とりあえずそもそも千利休って切腹説って確定したんだっけ? という変遷から知らないのと、そういや昔は天海さんが足利の血筋なのだ! というのがぶち上げられていて、それに関して本当かよ、と陰謀説のように受け取っていたのが懐かしいです。
ざっくり言うと天海さんがもし「足利の血筋」だったとしても、自身の保身のために特に深い意味もなしに伏せただけだろうし(寺にわんさと足利の血筋がいた上、そもそも最後の将軍が生き延びてるし、足利由来の藩主の家系も存在してたww 大仰に隠す意味が全くないし、もともと傍系だとそこら中にいるんだあれw)、実際に足利の血統のためにどうこうって活動してないしねぇ、んだね、みたいな感じでももまんと同意に至ってました、別に重要ではないというのが勉強してから初めてわかったみたいな感じ。
 
いやまあ、この番組ではその説には触れられてなかったんですが、天海の謎、謎、謎! みたいな感じの切り口にしてたので、なんかの説が出てくるのかなー、と待ってたんですが、やっぱり微妙に上品だなこの番組。
ちょっと釈然としないことあるから情報待ちにするね、と〆てました。
ていうか130歳死去説がある人の流れで「260年もの長き治世を叶えたのです」と言われるとちょうど天海さん2人分だね、という気分になりますな。
千利休の切腹の理由も、秀次が後継者になるからとかもあるのか、結局いまいちよくわかってないんだろうな、てか切腹が確定した辺りが聞きたかったのですが…。

10月6日めも。

『せいこうの歴史再考』#9 二宮金次郎~小田原~、BS12チャンネルのトゥエルビにて9月24日に放送です、だいぶ近付いてるなー(リアルタイムだと9月28日ですよ)、この番組はあと録画が1本残ってます。
今ある分に関しては消化出来るかなー、あと3本か4本だっけかな。
 
で、最近なんか歩きスマホの元祖みたいに言われていますが、まああれだ、周囲が田んぼならいいと思うんだよね、ただ、あの話題の時にもそんな話してたんですけども、歩いてる時に本を読んでぶつかった経験とかあるよね。
雑踏での歩きスマホとはまた別の話だとは思うものの、なんとしてでも時間を無駄にしたくない精神みたいなものが日本人ぽいのかなー、とはいささか。
ただあの背負ってる薪はそもそも元手なしで川から引き上げた燃料にするため、町まで運ぶための商材だし、その後、道端に余って捨てられていた苗を植え。
さらに土地を次々と開墾して年貢を納めなくていい田んぼを村一番の規模になるまで広げていったのだ! みたいなことを言われても、あれか、そもそも川から枝引き上げて本来田んぼになってない土地を自分で耕して、その要領で次々と田んぼを広大な土地に広げてくってものすごい頑丈な人だったんだね?
その後藩財政の建て直しを頼まれたのに無給だったのです、と言われても藩の借金自分で引き受けてるし、高利でなくても利益あったよなぁ、ただ、それもさらに大きな金融機能へと拡大していき、その後600もの地域を救い。
約7億円の資金を引き下げて幕府からの依頼で日光の建て直しに乗り出してったってあれだ、好きなことして一生をやり切った感があるね?

10月7日めも。

『せいこうの歴史再考』#14 毛利元就~広島~、BS12チャンネルのトゥエルビにて9月26日放送です、この番組もこれで最後になるかな? リアルタイムで9月28日の水曜日、土日くらいを目処に移動予定ですー。
録画もあと1本だし、まあ問題はないだろう、図書館に本を返しに行くので少し荷物は少なめにするべきか、いや重さがなければいいかしら。
本はとりあえず読めるだけ読む感じの方針です、5冊くらいいけるかな。
 
で、毛利元就なんですがまず家を継ぐ前にお家騒動になりかねた弟の一派が証書を取ったあとも諦める様子がないのでさっくりと弟込みで皆殺しにし、その後、周辺他家に自分の息子や娘を送り込んで隠居させてしまいにはさっくり、みたいなことが語られていたんですが、安芸一国の平定まではだいぶダーティーなことしてたんだなぁ。
まあ悪いとまでは思わないんですが、武力がないってのは事実ですよね、と言われたら多分ね、というか、それ本当に殺す必要あったのかなぁ。
なんとなくこう、若干の後腐れをなくす的な安心のためだけという気も。
そして自力で戦国大名としての立場までのし上がり、その後、築城にそれ以前からの城下街の整備、貿易の推進などが語られていたんですが正直「ただの戦国大名ではなかったかもしれません!」と言われたら、だいたいの戦国大名が城とか都市作ったり貿易してたりするので、そうかなぁ? という気持ちにはなりました。
というか土木工事やってた人もいるのでむしろ若干スケールが小さい。
ただし村上水軍を傘下に収め、厳島神社を拠点に貿易をやっていたのでそちらは稀有かなと思います、てか、今も慕われてるわりに元就さんの地元評価冷静だったなー。

10月8日めも。

『遠の朝廷・大宰府』遺跡を学ぶ076の読了です、これを書いたらば駅前までトイレットペーパーを購入するために出掛けてくるつもりなのです、ちょっと胃が痛い感じなんだけども。
で、だいぶ時間が経って胃が痛い案件はなんともなりませんでした、とりあえず明日の朝お弁当として食材はいろいろ詰めて、家は出ないとだなぁ…。
 
大宰府ってのはまあ大雑把に北九州のかなり古い感じの防衛拠点なのか貿易拠点なのか、一番古い形ではなく、どうも攻撃を恐れて内陸に入った土地なんだったっけかな、防人が送られていたり、この地の周辺に寺院が自分たちの配下にある寺を作って貿易? 文化交流? まあ、渡航を行っていたみたいです。
どうも中央集権と無関係に存在している節があるので、微妙に用語が変わる…。
あとここ、比較的早い段階から遺跡として発見されていまして(遺跡関係のここ十数年くらいの発展すごいよー、だからこういうシリーズも作られたというか)、遺跡関係の本でも煉瓦などのつながりでぽちぽちと出てくるので知ってることばかりかな? と思っていたんですがそんなこともなかったです。
そもそも、私最近まで把握してなかったんですが、資料文献が残っていてもそれを十分に検証していないことって結構あるんだね。
水城周辺が発掘されてその近辺の資料の意味を取るのに非常に発展があった、ということを前に読んだこともあるのですが、細かい地理の把握をしよう、というところまで展開しているのだということなどに触れていてなかなか面白い内容でした。
ただ、理論段階なのでちょっと具体的なことは覚えてない…今後に期待だなぁ。

10月9日めも。

『新TV見仏記』#1 ~平安遷都1300年スペシャル~奈良編、BS12のトゥエルビにて9月23日に放送です、録画した分終了しました、残りの予約を消さないとな。
私は新しいジャンルに馴染もうとしている段階では、頭にせっせと理屈を詰め込んでいることとただ無心に眺めていることとがあるんですが(最近は意図的に両方をこなすことが出来るようになってきたように思います)、仏像に関しては前に一度にがーっと詰め込みまして、最近は実物を眺めているような感じが主かな。
慶派とか明王とか、阿弥陀さまとか如来さま辺りをようやく覚えた辺りです。
 
で、いや、この回の中で園城寺が出てきていたんですが、あれ、よく考えたら「三井寺」の通称のある園城寺とは別物だっけ、ということに気付きました。
近江にあるんだよねあれ…、なにがなんだかわからなくなってきたんですが、多分偉い寺であるとは思います。
だがしかし、よく考えたら三井寺だったらさすがにもう少しでかいはずだな…。
(代表格として出てくる四つの寺みたいな時にたまに名前を連ねてるので。)
そういやこないだ見ていた「大和横断編」では平氏の焼き討ちの話が出てきていたんですが、こちらではそもそも慶派と言われていたのであとに作ったというのが前提なのかな、鎌倉時代ですね、番組でも触れられてましたが肉感的で躍動的。
さすがにこれだけは見たらわかる、というか多分誰でもわかるよねあれ。
定朝様式に関してはそのだいたいの前後の事情は頭には入っているものの、物を見てあれか、と思うことは全く出来ていないような風情です。
石仏すげー!!! は私もさすがに同調出来たよ、眺めるだけで終わったなぁ。

Tag: とうらぶ雑記
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