雑記:とうらぶその他、64 †
11月9日めも。 †
『鑑真』人物叢書の読了です、まあ、スタンダートな本でそれほど特に面白いということもなかったんですが悪くなかったのは多分あんまり知らない時代ってこともあるのかなぁ、というのが正直なところなんですが。
このあとに読んでいた『比叡山延暦寺』に関しては優等生すぎたかなー、という気も、いやあれです、続けて読んだ仏教の本という以外になんにもつながりはありませんけども。
というかこの本が比較的大人しい内容ながら、わりと面白かったという記憶だけがあって内容部分が曖昧だったんですが、もう一つのレビューを書いているうちに思い出しました、中国時代がかなりしっかりと書かれていたのがその理由だ。
あと、日本に来て目的が果たせず失意の晩年を送った、と評されていた本も読んだことがあるのですが、正直失明してまで日本に来て、結構アクティブにあれこれ動き回って落ち着ける寺(唐招提寺、唐と付いたのは鑑真さんの死後って認識でいいのかな? あ、これ本当に国名だったのね)も貰って、戒壇院を設置して、密教も伝えて、という痕跡が残っているようなので、そんなに不遇って印象でもなかったかなぁ。
派手な事績を残したかというとそこまででもないようなんですが、そもそもかなりの高齢の失明された方に対してこれ以上頑張れってのも言いすぎな気もするなぁw
密教はこのあとの鎌倉時代の栄西さんの前に日本にあったのかなかったのかが微妙にわかっていなかったんですが、失明された鑑真さんが口伝で教えてくれた、ということだと確かに本格的に伝わってるとは言いにくいのかしら。
とはいえ、密教目当てで大陸中国に渡る僧はちょくちょくいたらしいことが他の本でも触れられてたし、伝来の役目を果たしたとも言えるのかもねー、知らんけど。
11月10日めも。 †
『比叡山延暦寺-世界文化遺産』歴史文化ライブラリーの読了でっす、まあ正直、一つ前の雑記でも呟いてしまってますがあんまり面白い内容でもなかったんですが、あれやこれやと読んできて、ついつい寺の政治的な側面を気にしてしまうせいも普通にあるんじゃないかと思います。
が、お寺はお寺であり、特にこの本は文化財保護の観点から本を書かれたと言ってるし、実際に比叡山に在籍していてさらに学校の先生をしているというので、この内容に関してもまあ人柄のままだよな、ということで納得。
というかわりと、最澄さんに関しては同時代の空海さんと比べると印象が地味というか。
本の中でも沢庵好きだったんだけどねぇ、完全に取られてしまったねぇ、あと大師号も先に持ってたのは最澄さんだったんだけどもねぇ、などという感じで。
織田信長の焼き討ちに関してはまあだいたい毎回規模やら理由やらがばらばらと別れてるんですが、当時の寺がそもそもわりと戦場に関わることが少なくなかったらしく。
荘園資料を調べている人が延暦寺のものが手に入らない、ということを言っていた辺りはわりとガチかな、という気もします。
というか読んでて気になったんですが、鑑真さんの碑がこの山にあることって延暦寺の位置選定とはなにか関係あったのかなあ?
なんかこう、微妙な位置にあるよね、比叡山延暦寺。
これそのものを鬼門封じと表現するのも納得ではあるんですが、朝廷の記録読んでるとどっちかというと賀茂神社が挙げられていたような印象だし、なんとなく違和感。
あと、祇園社を管理下に置いてたのってどういう文脈なのかもまだ不明…よし次。
11月11日めも。 †
『経営者・平清盛の失敗-会計士が書いた歴史と経済の教科書』の読了にゃす、実際正直経済の専門家が歴史に乗り出して来たよー、というのはだいぶ面白い内容になっていたのではないかなと思うのですが、これで真実です打ち止め! という感じの締めくくり方をしているのにわりとあっさり「ありがとー、その考え方参考にするねー(ノ´∀`*)」とさらなる新説へと連綿と続けて行くような歴史ジャンルには馴染んでくれたのでしょうか。
別に間違っててもいい、仮説は否定されるだけでも十分役に立つんだよ、というのが前々からの持論です、ただし丁寧に情報は盛り込むべきだと思うんだ。
少なくともこの本は、かなり頑張ってらしたと思います。
寺が作ってた為替に関してだと、正直触れてても良かったと思うんだけどね!
銭以外のお金は地方独自でわりとあったんだよーん、というのはこれよりもあとに出た本の内容なので不問です、というかその本でもこっちの本がちゃんと参考にされてたしね、ありがとう他ジャンルの方参考になるよ! という逞しさ。
まああれ、平清盛が大宰府を通じてどうも貿易がっつり推進してたらしいことは他の本でもちょうど読んでいたんですが、重源さんとかを送っていたんだよー、などということは触れてはくれないでしょうか、経済的にも重要だと思うんだけどねあの人。
(少し後の時代の東大寺の大勧進でそれこそ平家が焼いてた南都復興に尽力した僧侶。)
宋銭の輸入はすでに仏具の材料としてされていたのではないか、というのは面白い、というか、実際に作られたものはあるんですねこれ。
貨幣として使われるより前か後か、という問題はあるのでしょうが、銭として使えなかったら最悪材料って発想そのものはあっていいような気がする、安全保障は大事よね。
11月12日めも。 †
『日本の美術466 山岳信仰の美術-出羽三山』の読了でっす、3冊シリーズの2冊めなのでこれを早く書いてしまわないと続きが読めないんですが、なんというかそれほどそれぞれの巻の関係みたいなものはないような気も。
前に読んでいたのが熊野だったんですが「三山」ということそのものになんか意味があるって認識でいいのかなぁ、そもそも山が3つになったところから結構時代が下っていたりとか、こちらの場合はどこが三山になるのかがいまいち曖昧だったりと、まず三というところから出発してるような気もしないでもないかなー。
そもそも私、いまいち出羽という地名に聞き覚えはあったもののどこの地域だかを認識せずに読み始めたので「月山」という地名に見覚えがあって、あれ、東北の、と思うのが先だったみたいな妙な体験しました…。
いや、出羽のほうが知っててもいいんだよ、月山は知らなくてもいいんだよ!? みたいな気持ちは今はないでもないんだ、たまたま刀関係で聞いたことがあったんだよー、あとあれ、修験道とか鉱山関係でも出てくるよねこの地名。
(出羽も出てくるんだと思うんだけど、出羽より月山の地名のほうで聞くことが多くなってる感じなのです最近、広域地名とピンポイントとの違いなんだろうな多分。)
明治くらい? 江戸? だったかに鏡池という神社の境内から大量の鏡が出てきまして、実はそれがなんでそこに沈んでいるのかがわからない、ということになっているそうなのですが、時々修験道関係で見る「掛け仏」の類ではないみたいだよね。
あと、私の薄識の範囲だと同じような風習は見たことないなぁ。
請願の類だとしたら近い風習はあるように思うんだけど、どうかしら。
11月13日めも。 †
『なぜ、地形と地理がわかると江戸時代がこんなに面白くなるのか』歴史新書の読了ですねん、で、まあもともと歴史新書には期待をしているものの、この本はあるいは地形とか地理とかをタイトルにしないほうが良かったんじゃないかなー、という気が。
第三章の江戸の事情なんかだとそこそこそういうネタもあったものの、あとがいまいちというか制度だの政治だのが主、というか、むしろ面白いのそこだったしなぁ。
多分あまりこの手の本に興味がない方だと第三章が一番まとまっていたのではないかと思うものの、この辺に関してはだいぶ前からいろいろ進んでいるので、読んでいる人も多いんではないのかな、という心持ち。
とはいえ、ここまでまとまってて読みやすいと悪くはないと思うんだけどねー。
二章が地方と中央の移動に関してなのでもうちょっと街道それぞれの事情にも触れていると良かったかなぁ、と思えないでもないものの、今までのここのレーベル読んでてもあんまりその辺に関しては専門の人もいないのかな。
いやもう、そこは呼んできてもいいんじゃないかな、と思えないでもないんだけどね、あれだ、道の専門の人って時代単位では存在してなくてわりと通年で扱っているので、いっそレーベルで中世とか古代とか増やしてくれてもいいんじゃないかな。
ぶっちゃけると本そのものの完成度はそんなに評価するつもりはないんだけど、この辺の知識を踏まえたこのレーベルの今後にはだいぶ期待するところがあるので(ばらけすぎていて面白みがなくなるほど広い)、評価は甘くなっているものの。
タイトル通りの期待をしているといまいち、という面ではどうかなー、という気も。
地形を扱う人にはもうちょっとどっしりした主題の安定を求めたいしねぇ。
11月14日めも。 †
『一向一揆と真宗信仰』の読了でーす、で、とりあえず浄土宗と浄土真宗ってなんぞね、ということは前々から思っていたんですがもうちょっと大きな括りとして「浄土系」みたいなのがあってそこから本家を名乗るみたいな「真宗」が分派したみたいな感じで聞いています、というか、この本の中で出てきていた、一向宗が必ずしも浄土真宗ではないのではないか、だがしかし、全くの別物でもないのではないか、という説はすごく面白いなぁ。
というか私、今の時点で浄土系がかなり漠然と(実際法然さんが自分たちの弟子に好きな道を行ってもいいって推奨してたの)存在しているのではないのかな、ということが気になってしまっているのですが、それって多分、鎌倉新仏教として認識しているものの大部分を包括してるんじゃないのかなぁ。
要するに、時宗や一向宗が同一視されていたり、阿弥号をどこの宗派ということと無関係に唱えていたり、時宗なんだか日蓮宗(法華宗)なんだかわからんぞどっちだ?! みたいなことを拘っていたんですが、これもあるいはひょっとして後世の人間の勝手な思い込みであって、もともとはその流派の違いはかなり流動的なものであったのではないか、というほうが自然という気もしてきたんだよね。
あれだ、そもそも南都六宗にしてからがそんな感じで、一応どこに属してはいるんだけども他のところに移ったりすることもあるというか、便宜上の目的がかなり強かったような印象だしなぁ。
蓮如さん(浄土真宗の親鸞の直系子孫)なんかはその辺細かかったみたいなことが触れられていたので、あるいはその頃から別けられることになった可能性もあるのかも。
つか、朝倉氏との微妙な手紙のやり取り気になるなぁ、どういう関係なのあれ。
11月15日めも。 †
『古寺に秘められた日本史の謎』歴史新書の読了でっす、これを書き上げないと次の本(「戦国仏教」)が読めないというか内容が混ざるのであと12分ほどで書き上げる前提で今ぐるぐるしていますが、急がば回れという言葉を合言葉に落ち着きます、深呼吸深呼吸。
いやあれですね、焦った気持ちになったところでそれは別にスピードアップになってくれないからな、スピードを上げたい時は手段は別なんだよ、うん。
で、えーと、すごくぶっちゃけまして比叡山延暦寺には新設の戒壇院があったよー、とか、そのせいかここから結構鎌倉新仏教が生まれたみたいな風情もあるよね、などの内容が一番の収穫だったんですが、基本的にほとんど全部面白い内容でした。
すごくざっくりとだけ神仏習合に関しての分類などがされていたんですが、ああいうのを分類だけで覚えてもあんまり意味がないことはわかって来ているので、出来ればどの辺の神社や寺院がどれそれの派に関わって主導していたんだよ、という形で聞けていければいいんですけどねー。
というか、この本で一番新鮮に感じたのは仏教と神道が同一の道を歩んできた友好的な存在であるということがわりと当たり前のように触れられていた部分じゃないかと思うんですが、その特徴を本の表紙やタイトルや煽り言葉から読み取るのは正直不可能じゃないかなって思うのでもう少しなんとか、内容に近い方向で煽るようにして欲しいです。
ぶっちゃけ、騙して手に取らせてしまえば勝ちだと思ってるのかもしれないけど、まともな人が逃げるような煽り方じゃなくてどっちも捕まえる感じに欲張って欲しいです。
というか戒壇院が僧侶に認可出すところでその簡単な歴史に触れてたり、どの神社でどの時代にどんな変化がって触れてるんだよ?! もう少し似合いの装丁ってあるよね!
11月16日めも。 †
『戦国と宗教』の読了にゃす、この著者さんの本はなるべく読んでいきたいなぁ、というのを今考えているのですが(冒頭のところはちょっと通史に関して無理してるかも、と思ったけどメインの本願寺派に関してのエピソードで思わず突っ伏して笑うような細かい話が出てて、こういう人大好きww)(要するに自分のメイン研究のところのしょうもない逸話まで集める人は全体的に面白いよ!! 他派の話も程好く清濁織り交ざって面白いよ!)、とりあえず、織田信長でも読みますかねぇ。
なんとなく著者さんのど真ん中だと思われる石山寺合戦に関しては触手が伸びないんですがにょろんにょろん(浄土真宗本願寺派がメインの方のようなので、まあど真ん中ですね、タイトルやテーマのわりにわりと表に出てる感あるから面白いんだとは思ってる)。
多分ですが、今の私だとわからない部分があるという意味だと思うので後回しにする所存です、自分の直感はそれで不都合がない限り信じる所存。
というかまあ、宗教というか当時勢いのあった法華宗だとか浄土真宗の本願寺派とか、どうも完全に寺と同一ではない一向一揆などがぽちぽちと触れられていたんですが、わりと面白かったのは国内から見たキリスト教許容に関しての部分と。
あと、どうも当時の宗教の扱いに関してちょくちょく織田信長が引き合いに出されてるのが不思議っていうか面白いというか、後世の評価って言われてたのほぼ同時代評価だったんだなー、という辺りなのですが。
なんかあれ、全体的に表現が不思議な感じだよね、神仏に逆らっても判断力があるから大丈夫さっ、とか、神威があるお人と一緒になるかぼけえ! みたいな叱責とか。
文脈をシンプルに見ると「神威=判断力」になるんじゃねぇかこれ、なんだこれ。
11月17日めも。 †
『戦国政略結婚史-浅井三姉妹が生きた時代』歴史新書y011の読了にゃす、正直なところタイトルを見ると期待するのは戦国大名同士の政略結婚に関してではないかと思うのですが、どっちかというと政略結婚の歴史のような体裁で戦国時代よりも前も後もそこそこの量があったりします。
で、肝心のその時代になるとむしろ主要なところをひょいひょいピックアップしていくような体裁なので、うーん、ちょっとメイン部分に関してはいまいち。
むしろそのくらいだと他の時代のように一つのケース近辺に関してをじっくりとやってくれたほうが良かったような気もするよね。
熱田神宮とか、江戸時代に関しての内容なんか結構良かったしねぇ。
むしろどっちかというとあの辺に関してもっと著者さんに扱って欲しかったよなぁ。
まあ、扱っていたものに関してはそこそこの精度だったのではないかとは思うんだけどね、何しろこの本を読んでいて浅井家の姉妹だけが重要視されてるってやっぱりなんか違和感があるよなぁ、みたいに感じたくらいだからなぁ。
(ご当人の意図と違う結論に達する本ってのは、要するに自説補強以外の部分に関してもきちんと触れてるって意味で、人柄としては信用に値すると思ってるよ。)
というか戦国時代の政略結婚がわりとドラスティックに行われていたというところまでは異論がないのですが、結局「浅井三姉妹」に関しては当時の意識的にどうだったんだろうね、家康の息子と三女の結婚の時点であまり大したことではなかったこと。
次女は政略結婚ではどうもなさそうだということ。
長女は確実に政略結婚とは別物、というのはわかったよ、なんでそうなったのかだよなぁ。
11月18日めも。 †
『NHK さかのぼり日本史(2』昭和 とめられなかった戦争、の読了でっす、まあちょっとしたことでめっちゃトサカに来てるんですが(怒ってる表現の一種なんだけども最近あんまり見ない)、そんなこと言ってても未来がないので個人的には相手の言動がとっても道化みたいに見える方向に情報拡散していく方向で行こうと思います。
まあでも正直だいぶ気分がすっきりしないんだけどな!!
↑と、いうところから始めてみたんですがそもそも「自虐史観」というものが存在して「反自虐史観」というものが発生してるよね、みたいなところから本のテーマに絡めてみたらわりとすっきりしました。
要するにあれだよね、別に戦争そのものが全部悪いわけでもないじゃん、みたいなの。
最後のアメリカとの戦争に向かっちゃったところは基本的に絶対悪のようにして扱われてるんですが、あくまでその論点が勝てるわけがないから、勝てるわけがないところを勘違いしてしまったのは一体なぜだったのか、というような流れで。
これに対して怒り狂ってる人はもうなんか手遅れだという気もするんですよね。
個人的には勝てる相手に戦争仕掛けたところまでは別にまあ、うん、素晴らしくはないけども他の国もやってるし、正直そんなに大したことだとも思ってない。
そしてまあ、本の中ではなにがどうしてそんなに勘違いが肥大しちゃってったかなぁ、みたいなことが淡々と語られていたわけなのですが。
個人的には英国や中国(の主に東三省のね、張学良さんとかね)が米国を戦争に引っ張り出そうとちまちまと画策していたことと、その後、日本が米国との戦争に「弱いもの苛めじゃない」と喜んだという描写を合わせてしまい、なんだかなぁもう、ねぇ…。
Tag: とうらぶ雑記
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