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雑記:とうらぶその他、65

Last-modified: 2016-12-21 (水) 14:19:32

雑記:とうらぶその他、65

11月19日めも。

『僧侶と海商たちの東シナ海』選書日本中世史4の読了なのです、そういや家人のパソコンに入れていた本のレビュー分がやっと回収出来たので若干読んだ本の順番が前後していたところがあったような気もするんですがまあいいや別に直すほどのことも全く。
(というか気が向かないと見直さないので文章もなかなか直りませぬ、でも最近はマシになったのよ、昔は一発書きがまず出来なかったんだよね、あとから修正しないとまず駄目っていうかとにかく主語が抜けがち。)
 
とりあえずまあ坊さんの中国渡航の本なんですが、重源が多分遁世僧の系譜だよねー、みたいなことをさらっと言われても。
やっぱりジャンル超えるといろんなもの拾えるよねぇ。
なんとなくこれ、仏教の内部の人だとめっさ読めるのが遅れた気がします…びっくり。
あとあれ、栄西の系譜がわりと禅宗をメインにしたため中国での修行が主になっていて(日本だとまだその準備整ってないしねー)、というところまではあんまり驚かなかったんですが、結局この系譜が東大寺の大勧進の地位を占めたってどういう意味だ。
前に別のところで勧進職(寄付募る人たちですね)は油蔵という備前にあったという領土を支配する機関から人材を得ていたみたいなことを聞いたんだけど、そことはどうやって合致するのかなぁ、いまいち備前の地位がわからない。
この本ではあくまでも記録に残ってる許可取ってる僧しか把握出来ていなかったんですが(無理もないよね)、前後の記録見てると勝手に行った人らはいたろうね、みたいな、で、若干は無許可と許可の狭間みたいな僧侶もいるよねっていう。
というか海商って言われてた人らを支えた日本側についても知りたいよなぁ。

11月20日めも。

『寺社と芸能の中世』日本史リブレット080の読了なのですよー、そろそろ風呂に入らないとならないので火を付けてくる所存です付けてきました、で、たまたまなんとなくなんで借りてきたのかをさっぱりと忘れてしまったんですが、えーと、あれだ、職工と近い存在として芸能も位置してる時代だったからじゃないかと思います。
中世の初期くらいまではこの辺の特殊技能者が一緒くたで、中世の終わりくらいまでに少しずつ分離していったみたいな感じで語られていたんじゃなかったか。
そして借りて来てみたらどうも興福寺と春日社がメインで語られていたんですが、興福寺の内部の院が対立を起こしていてそれぞれが猿楽の座を呼びたがるので大変だったよー、みたいなことが単純な事実として語られていたんですが。
猿楽がこれよりもかなり前の時代に成立してるんならそんなに疑問はないものの、正直本の中でも触れられていたように素人がやってるのがメインだったりするんだよね。
芸能集団として成立したのすらそんなに前というわけでもなさそうなので、なんで揉めてんだよ? というのが院という単位で見えていないのならば、院をそれぞれ支えていた貴族のそれぞれの家のほうに事情があるんじゃないのかなー、という気も。
というか下手すると、院と猿楽集団が親類関係って可能性すらあるよね。
(職工が独立した家になってったのも要するに多分このあとで、別に貴族が貴種であるという意識も当時は薄かった可能性が結構あるのですよ。)
 
というのもあくまで外側から見た雑感なので、もうちょっと猿楽や田楽に関しての本も読んでみるかー、と思ってるのですが。
足利3代の義満も猿楽の世阿弥を連れまわしてたし、それなりの出でもおかしくない。

11月21日めも。

『寺社勢力-もう一つの中世社会』の読了にゃす、そういやこの本だったのかが正直自信がないのですが前に『奈良市史』を読んでいてたびたび特別扱いで言及されていた「多武峰」がどうも大和国に唯一あった比叡山の末寺であり。
京都にあった興福寺の末寺である清水寺と並べて触れられていたのでようやっと意味がわかりました、清水寺はなんとなく知ってたけど、ああ、そもそも多武峰の存在があったから興福寺も気合入れて分捕りに行ったって認識でいいのかもなぁ。
というか多武峰ってあんまり多武峰以外の呼び方されてないんですけどね、あくまでも一大勢力って認識されてるせいでないことを祈ります…寺の名前よりよっぽど見るよ。
 
あとあれ、この本だと三井寺(園城寺)と延暦寺との関係も面白かったんじゃないのかなー、というかこれもこの本だったか実は自信がないんですが、さすがにこの本で触れていたことは間違いないんだ、最近仏教の本やたらと積んでいたせいでね…。
どうしても時期によって読みたい本が違うのでジャンルが被るんだよねぇ。
まあ大雑把に、円仁と円珍という系統がありましてそこから天台宗のトップの地位を交代で出すみたいなことになったようですよ。多分。
が、たびたびっていうかなんとなく理由はわからんでもないんだけど、三井寺のほうを権力者が贔屓する傾向があり、巨大な力を持っていたのは比叡山延暦寺のほうだったので延々長いことごたごたごたごたしまくったみたいなの。
そりゃそうだよね、片方だけが完全に強かったら争いなんかすぐ終わるもんな。
それと浄土信仰(念仏仏教)の最初の一人として空也が挙げられていて、ああ!! と納得、だよねー、この人に関しても読んでこよう。あと比叡山の良源もチェック予定。

11月22日めも。

『鎌倉幕府と朝廷 シリーズ日本中世史(2』の読了にゃす、とりあえず私どうにも南北朝だの鎌倉末期だのに興味が持てないなー、ということを長いこと思っていたんですが(あと五摂家が全然覚えられないというか、これも流し聞きしてた)、どうも今まで聞いてたのが論点ずらして展開していたせいじゃないのかなー、というのをこの本で。
いや、面白いとか納得がいった、というほどではないんですが、正直なんとなくこのラインで語ってってくれれば理解出来るんじゃないのかしら、という期待のようなものが。
もうちょっと話聞いてもいいかもって普通に思えたという感じなんですよね、今。
で、五摂家と九条兼実に関してはほぼほぼ理解出来たんじゃないかなと思います、むしろ五摂家が分離してくよりも前だ兼実さん! みたいなの。
いやー、九条家っていうなんか変わった家が五摂家の中にあって、そこが鎌倉幕府に対しても好意的だったのかなぁ、という思い込みしてました。
あ、うん、それは私が悪かったのです、完全に一方的にやらかしてるだけだわ、さすがにこんな勘違いさせるような説明してる人なんかいるわけがないよ…。
 
というか九条兼実さんとなんだかエンカウントするようになって、だいたいどんな感じの人であって、ということはなんとなくわかるようになって来ていたんですが、あれだよ、幕末の三条実美だわ多分。偶然にも名前が似てる(いや時代違うけど同族なんだな)。
あれです、三条さんは能力そこそこ人柄まあまあでまともに新政府の話を聞いてくれる人ということで台頭したんですが、能力かなりあるまともに話を聞いてくれる九条家のほうがそりゃはっきり台頭するわな。
ちょくちょく仏教界関係でも九条さんらの名前聞くけど、ようやっと話つながった感。

11月23日めも。

『日本の美術44 貞観彫刻』の読了ー、他の時代の巻と一緒に読んだつもりだったものの、1冊取りこぼしていたことに気付いたのでフォローしたのですが、やっぱり間が空いているのでだいぶ忘れてしまってるなぁ。
まあでも、ここのシリーズで他にも仏像の本(古い時代の彫刻ってほぼ仏像だよ!! と言われてるのですが、うんまあそうなんだろうな、仏像以外の人物とかも一部あって、鎌倉時代くらいだっけ? に一応工芸品が出来るみたいだけど残存したものも正直かなり少ないよなぁ当たり前なんだけども)はあるので、そうも言ってられないんですけどねー。
 
というかそもそも平安時代が「400年くらいでー」というところからまともに認識したことがないんですが、長いな平安時代、幕府がだいたい長くて250年くらいらしいのでだいぶ長いな平安時代。
そしてそのうちの100年の宇多天皇の頃くらいまでが美術史としてこの貞観時代と呼ばれることがあるそうなのですが、事実上、美術史って言っても建築と仏像くらいしか残っていないような気がするんだけどもどうなんじゃろう。
日本刀がまだだっけかこれも曖昧、上古刀はちょこちょこあると思うんですけども。
あと私、さすがに平安京を作った桓武天皇に関しては覚えたんですけども宇多天皇と言われてもさっぱりぽんなのでなんでそこで区切られてるのかはわかりません。
それと鑑真さんの連れて来た仏師がいたんかなぁ、というのはちょうどこないだ読んでいたので気になっていたんですが、確かに中国のほうに残っていないとなんとも言えないよなぁ、というか定朝さんってこれよりもあとになるのかしら。
まだわりとこう、中国様式に近いって言われたらそんな感じ、でもいいよねこの辺。

11月24日めも。

『図説 地図とあらすじでわかる! 最澄と比叡山』の読了なのです、あと数分のうちになんとかこれを終了させてしまいたいのですけども間に合うか今めっさ心配です、16時59分なんだけど17時10分くらいに出掛けたいし着替えもしたいのですよ。
というわけで今17時5分くらいです、あと5分で出来るところまでやっていく所存ですとりあえず最澄さんというのが平安京を作った桓武天皇と同時代だったというのは正直なところわりと早い段階で言っておいて欲しいなというのが今の正直なところなんですが、まああちこちで言ってたような気もするんだよね。
最澄と空海が平安京に近い寺をそれぞれ貰っていた、というのもなんとなくそれで納得。
まだ新興勢力だし、そこまで警戒もされないよなぁそりゃ。
 
で、三井寺と比叡山がなんとなくずっと対立気味だったというのも円仁と円珍という存在がそもそもあってその両系統がこの二つの寺に入ったという時点で了解。
あとあれ、戒壇院が比叡山にあったというのもどう考えても三井寺はそこを利用出来なさそうなので要するに南都の東大寺との関係が普通にあったってことだろうし、南都北嶺の対立という点で考えると多分三井寺は南都寄りなんだろうし。
みたいな感じでここで触れられてることが非常に基盤や土台だったため、いろいろな情報と組み合わせることが出来たような感じです。
あと良源という人物が比叡山にいて、この人がいろいろな後世にもつながる改革をやったみたいなことが言われていて、さらにその同時代に空也という念仏仏教の人がいるみたいな話も他のところで読んでるのですが。
その辺に関しての補強も出来た感じ、というわけで良源の本読むね!

11月25日めも。

『NHK さかのぼり日本史(3】昭和~明治 挫折した政党政治、の読了なのですよ、ところで最近シリーズをまとめて読むのに嵌まっているというか、だんだん読むものが減って来たんじゃないかなと思います、いやリストはね、いろいろあるんですけどね、なんだかんだと今は読まないみたいなものが少なくないというか…。
まああれです、御厨さんですね、この人は何度か本を読んでる間に「なんかこの人…違うような…」ということがありまして(ざっくり言うと意見には同意しないこともあるんだけど人柄は信用しているよ、という分類の一人です、内容が気になったらあんまり迷わずにゴーしてる、ただ、この人の本だからって興味ないところを読むことはない感じ)、なにが違うかっていうと、なんだろ、なんか、価値判断みたいなものが学者っぽくないし実務家っぽくもないんだよね。
うーん、強いて言うと神様とか魔王っぽい感じ?
多分私も若干こういうところがあるんじゃないかと思うんですが、滑らかに動くシステムだと悪だろうが搾取だろうが特に気にしないみたいなの。
能力のない善良な政治家と、能力があるんだけど収賄政治を行う人だとだいたい後者です、ただし収賄がバレるようなやつは能力があると認めない、目に見えるような収賄されると民衆感情が悪くなるんだよ!! みたいな。
 
すごくざっくり、そういう魔王的な側面が出てた本だったんじゃないのかなー、とほんのり正直、要するに二大政党制が悪いわけではなく(そもそも日本だとちゃんとまともに二大政党制が機能したことがないぽい)、愚衆政治になりやすい、愚衆に付け込まれやすくなるんだよ、というのがわかりにくく述べられてたんだよねこの本。魔王ぽい。

11月26日めも。

『戦国武将を育てた禅僧たち』の読了なのですよ、というか小和田さんはちょいちょいエンカウントするし、まー、正直なところ旧世代の学者さんなんじゃないかと思うし、時々批判の対象になっていたりするんですが。
ご自分の意見の在り処に関わらず、資料に対して丁寧な方なので読んで損とまでは思わないんだよねあんまり、古い説を取得する目的以外でもぽちぽち読んでる感じ。
 
で、すんごくぶっちゃけると禅僧と言われてもいまいちピンと来ない、みたいなのが正直なところなのでなんとも言えない感じです。
話は基本的に全部面白かったんだけどねー。
いつくらいからこうやって教育に携わっていたのかな、とか、そもそも禅僧の出身ってどこだったんだろうとかね。まあ、他の宗派よりかは教育に向いてると言われたらそんな気はしないでもないんだけども、あとたまにエンカウントする足利学校って禅宗の学校だったんだー、そうなのかー、さすがにそろそろ読むべきかなぁ、みたいなの。
雪斎さんはもうちょっと出てきたら良かったのに、とか、全体の構造に関してまで踏み込めないんなら個々のテーマを濃くするのもありかなっていうのも本音ではあるんですが、これ読んだ人が次につなげることは出来るんだろうねって意味でまあいいんじゃないかなみたいなのがだいたいの本音。
というか、やっぱり丁寧で誠実だよなー、この著者さん。
今川家の義元さんのところの雪斎さんが有名なんじゃないかと思うんですが、さすがに自分で軍率いてた人はそんなにいないよな、という意味で、あとお家騒動の時のほとんど中心人物レベルだし、それ以降有名になったとかそういう可能性とかないのかなww

11月27日めも。

『日本刀物語』目の眼ハンドブック、日本刀の本がめっさ久々なような気もしてるんですがあれそうでもなかったっけか、あれです、とりあえず冊数的にはだいぶ開いてるんじゃなかろうか、こっち帰ってきてから(リアルタイム12月21日)、確か1冊も読んでないはずだしねー。
いや単純に言うと、ここの図書館で借りられる本はさすがにだいたい読んでいるからなのですがそのわりにこういうハンドブック的な初心者本が残っているのがなんでなのかというと同じ著者さんの本を読んだからですね。
で、多分ですけれども、時期別けて読んだの正解だったんじゃないのかなー。
みたいな。
そういやまだ少し遠いほうの図書館のほうで通史っぽいぶ厚いやつ借りられるのでまあ頑張って行ってきます、最近そんなに歩きたくないんだ、歩く理由が今は他にあるからね、前は歩くこと少なかったからね…。
 
すごくざっくり言うと、今いるゲーム関係のファンの人たちはこの本くらい読めば十分なんじゃないのかな、というか。
異説がざくざく存在していることに言及してくれてる本があんまりないあんまりないと思っていたんですが、この本ちゃんとやってんじゃん!
あとあれ、相州伝関係の鑑定が「やるたんびにランクが上がる」と表現されていたんですが、要するにあれは刀工が格で決まってて高い格になると刀工がランクアップしてくみたいな感じの仕組みです。
これだけでも読んでくれたら頭痛が痛くなるようなことは減る気がするんだ…うん。

11月28日めも。

『日蓮と一遍-予言と遊行の鎌倉新仏教者』日本史リブレット人033の読了なのですよー、これ書いたら横浜に行く所存です、マイナンバーをね、横浜にいた時期に取得しておいたらこんなに面倒なことにならなかったのに、というのが正直なところです。
あとあれ、私正直この本を手に取ったのは一遍さんなんかが職工を引き連れていた可能性とかもあるのかしら、という思惑があったんですが、よく考えたら日蓮さんと同時代ですね、すみません、もう宗教と職工は一応分離してるはずだわ。
ただ、室町時代にはわりと芸能者たちが時宗を名乗っていたりするんだよなぁ。
というか、時宗くらいしか自由に名乗れるものがなかったって意味であって、初期の頃とは関係ないって認識したほうがいいでしょうか。
あとこないだから気になっている「一向」という僧侶がこの同時代にいるはずなのでそれが読めたらすごく嬉しいです、え、一向宗ってそもそもそういう意味?! ひょっとして一向一揆もだよね…??? みたいな。
そもそも別の側面があったのではないかを通り越して、浄土真宗の本願寺派が他派親戚筋の取り込みをしたってことになるんだよね、という展開が見れるものなら見たい。
が、あまり知られてる人ではないらしく、あんまり見たことがないんだ。
ただし、こんな間違いをするとは思えないので本は一個でも信じてるんだ…内容が内容だしね、一つ見たら忘れないし、そっちのほうが明らかに筋通るしね…。
 
というか、すみません日蓮はまあそもそも強烈な人なので思想部分についてはちょくちょく読んでますし、一遍も完全に民衆寄りの行動を貫いた人ってことでいいのか。
この本読んで似ててもおかしくないんだな、と思えたのは収穫かも、時代の申し子だね。

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