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雑記:とうらぶその他、66

Last-modified: 2017-01-06 (金) 21:59:24

雑記:とうらぶその他、66

11月29日めも。

『寺社勢力の中世-無縁・有縁・移民』の読了っす、あれですねー、この少し前に読んでいた『寺社勢力』のほうが面白かったですー、攻撃力の高低って当人の戦闘意志の強さにはあんまり左右されないですね。
当人がむしろめっちゃ控えめなつもりなくらいなのに周囲が壊滅状態になるみたいなののほうが攻撃力が強いって言うよね、いやなんの話かっていうと現時点での研究に対しての批判という意味ですが。
なんというか…中世研究の一派の人たちは普通に寺院が特別な位置を占めてるって話出してきてるからね、ちょっと時代が遅かった気もします。
えええ、確かに今もあんまり寺院のこと触れてない人たちもいるけど、載ってる本もかなりあるよー? そこに喧嘩売っても…周囲ちゃんと見てないのかしら、という気分になってしまうので、もうちょっと腰が低いほうが読みやすかったかなぁ、と。
まあただ、実際なんか寺院関係に触れてない本も残ってるっちゃあ残ってるんだけどね、ぶっちゃけ中世の本を読み慣れてる人だとなんだかなぁ、となるのも仕方ない気もするかなぁ、というか中世の本って真面目に中間がない、気がする。
(そういう意味だとこの本は素人にも読めるのかも。)
 
とはいえ、鎌倉幕府が宗教との距離が適切というか、御用寺社ってほどでもないし、権門ってわけでもないし、どちらかというと朝廷から見た鎌倉幕府が若干有力寺社にも似た態度みたいに見えるってのはなんか面白い話だったなぁ。確かになんか距離感が違うよね。
そしてあと、中世的な社会には寺院の持つ巨大な無縁空間が必須であって、戦国時代に潰そうとしてたのはそこだったのだろうとは思えないでもなかったな。

11月30日めも。

『秀吉の出自と出世伝説』歴史新書y038の読了なのですよ、で、すごくざっくり新説もなれけば最新研究もなく、新しい視点もないのですが、ただ当時の生活に関してをかなり細かく砕いて盛り込んでいるので十分面白く。
結論は出ないんだけども別にこの程度で手打ちしてもいいんじゃないかな、という納得に至れるんじゃないのかなぁこれ。
 
が、まああれ、明るい庶民的な性格としてドラマで描かれてるのはどうなんだ、というところまでは確かに納得出来るものの(なんか変に残酷な逸話とか残ってるしね)、暗い人格だったはずだー、と言われるとそれもそれで大概に微妙。
かなり下からのし上がっていったりとか、女を味方に付けられる人が暗くて成立するのかなぁ、というのが素直なところだよなぁ。
結局のところ今ある情報だとほとんど断言出来るところがないというのが全てにおいての結論ではないかなと思うんですけどもね、よく考えたらなんでそんなところまで再現しなきゃならんのだよドラマはそれぞれ自分が信じる方向で好きにやれ(情報に反しない程度、というか、幾つか無視するくらい別に構わないと思うんだ)。
みたいな。
歴史読む上でどんな人物だったのかというのが結構重要視されているところはあると思うんだけど、なんか全体的な流れとしてうーん、そもそも性格を知ろうとしたり、どこ出身だとかどうやって生きてきたのか、どうもなんか、枝葉なような。
いや、家柄があってそれを利用したとか、それこそ商人の経験が役に立った、まではいいのよね、暗かったような気がする、では駄目なのかしらね、ううん。

12月1日めも。

『日本の美術129 中世の神社建築』の読了にゃす、正直なところあんまり面白い内容とは言い難かったのですが、それ自体は全く無理もないことで、要するに鎌倉時代(もしくは院政の頃)から江戸時代より前の時代に神社建築が発展したかどうかという話であって、そもそもその頃までの間に作られて、その後大きく手を入れられてないと駄目ってことだもんなぁこれ。
中世くらいに作られた、というとぱっと出てくるのが鎌倉近辺の鶴岡八幡宮辺りなんですけどね、出て来たのが後白河法皇が勧請した三つの神社とか(新熊野、新日吉、粟田神社、いずれも京都の東山の辺り)、春日大社から勧請? でいいのかな、まあ新しく京都に作られた吉田神社が取り上げられていたんですけども。
要するにこれ、江戸時代には特に手を入れられていない、という認識でいいのかな。
吉田神社ってあれだよね、吉田神道のところだよね人名に見覚えが。
後白河法皇関係の神社はその後、パトロンを失っていまいち振るわなかったようですし(民衆受けが必要だった、という表現になってましたが)、吉田神社は多分本拠地が江戸のほうに移ったんだろうなー、これ。
ちまちまと写真に関しては出てきていたんだけども、来歴に関してはここがほとんどで、寺社関係の建築の本ってわりとそんな感じだけど、さすがにちょっと不思議な感じ。
というかむしろ、ほとんど吉田神社に関してを聞くことになっちゃってたからなぁ。
 
どちらかというと神社建築に関しては「中世」という時代区分にするのがあんまり妥当でもなかったということなのかしらねこれ、人によっては今宮神社や若宮神社なんかを扱って(時代的にはちょっと前)お茶を濁していたところなんじゃないのかしら。

12月2日めも。

『日本の美術45 石造美術』の読了なのです、というか。
↑とまで書いたところで出勤になったのでただいまです、徹夜しました、なんかリアルタイムで12月23日でなんだか高専ロボコンがやっています、原始的なほうが面白いよねこれ、高機能になるとなんか微妙に盛り下がるよねなんでだろうな。
そして一体私はなにを書こうとしたんじゃろう、というのが謎になりました。
 
石造美術というと前に読んだ本では鎌倉初期の頃の(燃えたのは源平合戦の頃ですが)東大寺復興の関係で渡来したという職工集団がいたんだよん、的なことは聞いていたんですが、で、その人たちが意外と全国に散らばってったらしいみたいなの。
鍛冶とか鋳物師なんかも渡来してると思うんだけどなー、というかそっちがメインのはずなんだけどな、そっちに関してのその後の追跡調査なんてものはないんだろうか。
いやいや、そうでなくて、石を掘り出す関係上、どう頑張っても年代測定無理なんだけどね! と言われたらそうだろうね!! となるのですが。
例の東大寺の頃の職工ら以前にもいるんですかねそもそも。
石仏なんかはなんとなくだけどそんなに時代が下る気がしないというか、これに関してだと大陸にも似たものありそうだよなぁ、というか石仏って国外だとそれなりに紹介されてるのに日本だとほとんど出てこないのなんでだろうね。
(『見仏記』で一回と、あと石工集団の本で見ただけだよ。)
ただ、道祖神に関してはあれ、そんなに古い印象はないというか、結構あちこちにあるんじゃないかと思うんですが出て来たのが一つだけだったのもなんか不思議。
もうちょっと進展しそうなんですが、とりあえずはまたどっかで出会ったらだな。

12月3日めも。

『戦国の陣形』の読了にゃす、どうも学者の方ではないらしいというのをあとで聞いて納得したんですが、そんな資料はないね! とぶちかましていた幾つかが民衆の歴史(多分軍記関係だと全く存在しないのは事実なんだと思う、私も聞いたことないし)としては比較的知られた出来事だったりしたので嫌な予感と共に読み進めたのですが。
ああまあ、あくまで話が戦場から出ないんなら特に問題はないのかな。
あと、正直前半は既存の学説への反論で占められていたので面白いとも言い難く、というか私もうこれ飽きたよ、みたいなだいたい近代日本の新理論体系が悪いといういつもの展開だったところが大きかったんですが。
(まあ教育勅語とか国家神道とかよく言ってる辺りです、ぶっちゃければその時点で杜撰でドラマチックに作られた二次創作の歴史)(その元となった水戸学が悪いとまでは言ってない、精神論が精神に対して訴えてる時点までは別にいいじゃろ、あと当時の科学技術や手法から考えて歴史が杜撰なのも非難するほどでもないしなぁ。)
(近代にそれをはるかに下回るレベルで突っ走ったのはさすがに許せん。)
 
なんの話だっけ?
ああ、あれですよ、陣形なんてものそのものがせいぜい必殺技みたいなたまに繰り出すものだったんじゃないのかなー、という感じに受け取りました。
そして、上杉や武田なんかではちゃんと練度が高い兵士がいたんぜよ、ていうか、それ以外の場所だともはや机上の空論だったんじゃないのか、というのも了解、そしてその文脈によって、元が武士でなくても分離することは不可能ではないよな、という点でいくつか冒頭で気になっていた部分も緩和。うん、総合的に良かったんじゃないかなこの本。

12月4日めも。

『正倉院宝物の世界』日本史リブレット074の読了なのにゃす、とりあえずあれです、正倉院関係というとまあだいたい同じようなところが出てくるのでなんかすっかり知っているみたいな気持ちになっている人が少なくないんじゃないかと思うんですが。
なぜか職人関係の書付とか、行政文書とかあるんだけど、と言われるとやっぱり話は別なのですが、というか、紛れ込むにしても意味がわからないというか、よりにもよって皇室関係の場所にそんなもん突っ込む坊さんがいたの?! とか、ありとあらゆる意味で謎なのですがどうなってんだよそれ一体。
いやなんか、別に封鎖されてるわけでもなくて多少の入れ替えはしてたんだよん、みたいなのは聞いてたんですけどね、あとなんか、偶然に近い産物らしいんだけど保管に最適の環境が整えられていたってのも聞くので多少の便利使いされていた可能性があってもいいとは思うんだよね多少の便利使いはね。
なんで東大寺に行政文書が来る必要があるんだよ、というのがわからない。
それともそこに関しては聖武天皇の最初のコレクションだったんだろうかというのもよくわからない、いや本の中ではめっちゃ真剣に分析されていたんですけどもね、なんでそこにいるの、というのがまず気になって思考が進まないんだよ!!
 
で、今の時点でこないだからぽちぽち名前を見ている「日本の美術」の中の正倉院関係の本を読もうかなぁ、みたいなのを迷ってるんですが。
うん、なんかこう、単にハイパーウルティメットど素人のために同じ内容が紹介されていただけで、どうも案外、いろんなものが含まれているらしいっていうか、書簡の話すら知らなかったんだから私にどうこう言う資格全くないよね?

12月5日めも。

『京・鎌倉 ふたつの王権』全集日本の歴史6、リアルタイムで12月24日なのです、とりあえずこれとあと2冊、はどっちでもいいかな、まあとにかく書いてしまってから図書館に行ってシチューの素を買ってこようかなと思っているのですが、あととうらぶのイベント中です、今日出来たら5万くらいまで行きたいんだけどなー、どうかなー。
で、なんの本かというと中世の本なのですが、わりと定番の内容、というか多分新世代のスタンダートはこの辺になるんだろうな的な内容。
そもそもが中世に関してある程度踏み込んで語ってる時点で新しい世代の人たちみたいなんだけどね、庶民から朝廷から幕府から寺院に至るまでが語られてるのもある程度最近の中世の本だと普通だよね、メインじゃなくても必ず多少は触れてるというか。
 
というかこの著者さんは女性なのであるいは民衆史をやっているのかな? と思えないでもないんだけども(あんまり中央サイドだと女性が歓迎されない時期とかあったみたいだからなぁ、最近はないみたいですが、著者さんが私の頃でも若干あったからまあ、あるだろうねと)(歓迎されないというかせっかくだから違う視点で書くべきみたいな、多分親切、ただ、事実上テーマを選ばせて貰えないという結果が)、得意っていうか面白いのはどっちかというと宮廷周辺という気もするなぁ。
あとあれ、わりと小さめの動乱を丁寧に拾っていて、いつもはわりと読み飛ばすのですが比較的人間関係がわかりやすいので読んでます、が、まだちょっと要素が足りないような気もするかなぁ、もうちょっと噛み砕ける気もする。
んにゃ、その辺の事情は中世研究の人たちはだいたい共通だけどねー。
しかしまあ、通史のわりには全然面白かったな、次この時代はどの辺読もう。

12月6日めも。

『出雲大社の謎』の読了なのですよー、というかそろそろさすがに図書館に行かなくてはならないような気がしてるんですけども、あと、もう1冊残ってる行基さんの本のほうを先に登録するつもりでさっぱり忘れてました。
なんでか知らんけども、出雲国造の子孫として挙げられてる一族と同じところが「渡来の家系」として取り上げられていてね、今の時点でさっぱり意味がわかっていません。
どっかで結婚したとかそういう話なんだろうか…ううんわからない。
 
あとあれ、この本では特に新説が出されていたとかそういうことはないんですが、この近辺で見つかったという銅剣や銅鐸の遺跡以外に関してはほとんどの研究網羅してるんじゃないのかなぁ、今まで読んだ中で一番わかりやすかったです。
私が読んでいた本が古い可能性とかもまだまだ全然あるけどね!
もともと「杵築大社」っていう名前だったんだよーん、というのもちょくちょく触れられていたもののいまいち意味がわかってなかったんですがあれですね、国譲りの神話のところの逸話から来たってことかぁ。
それと記紀神話と出雲国風土記との違いというのも語られていたんですが、かなり大幅にばっさり違うんだけども、いくら提出時期が遅れたとはいえ、中央に提出するものでこれでいいの? というのも確かに納得。
ただぶっちゃけ、そのどちらがやったのかはわからないながら改変されていたのだとしたら、その意味のようなものはよくわからない、なんかざっくりとスサノオの乱暴狼藉みたいな部分が欠けてるみたいな感じです。
これだけぼこぼこ欠けてるわりには面白かったけど、雲掴むような状態だよなぁ。

12月7日めも。

『良源』人物叢書、リアルタイムだと年を越えて2017年くらいです、夜の仕事に掛けてこれをまとめないと次が面倒なことになるのでさくさく行きます。
多分ちまちまと書いてって新年くらいの日付になったらまた区切り変える予定です、別のゲームとかも始めたし、前やってたのはあんまりやらなくなったりとか。
まあまあ、そういうのは適当にですよね、遊びだし。
 
えーと、この本はなんで借りて来てたんだっけ、とりあえず「空也と同時代」というのはあると思うんですけども、浄土信仰の空也。
法然さんを読んでいた時にこの人が最初とは到底思えないんだけども、という気持ちになりまして、探してみたら出てきたのがこの人。
で、同時代にして庶民派だったのが空也(浄土信仰というのがわりとそっち寄り、多分だけども神仙思想が元だと思うので、もっと昔から源流はあるんじゃないかとは思うんだけども)、政治僧として名を馳せたのがこの良源さん。
あれです、比叡山延暦寺はこの時代くらいまでに荒れ放題になっており、そこに秩序を齎したものの、どちらかというとその後、独立政治勢力化したきっかけになっているって認識でいいんですかね。
なんかわりと、東大寺・興福寺連合(あんまりつるんでるのは見ないよな)と論争? 学術対決? 宗教対立? いや、深刻なものではなくてあくまでも腕の競い合いみたいなことをやっていたんですが。
これの元はどの時代の話だったっけか、というのが今は曖昧。
浄土信仰がこの後、比叡山によるようになった理由は空也でいいのかしら?

12月8日めも。

『完訳フロイス日本史(5』「暴君」秀吉の野望-豊臣秀吉編2の読了です、とりあえずあと何冊だっけ、ということを思い出して気が遠くなりかけているんですが、本読むほうが登録するよりも早いみたいなところはないでもないんだ。
まあ、まとめてこの長さを2つと、250文字くらいで書いてるからある程度手間なのは当然なんだけどさすがに1冊読み通すのと比べるのもなんだな、という気もしないでもないし、いや、受け身か能動的かという違いもあるかな、とも思えないでもない。
 
この巻はとりあえず正直なところだいぶ読みやすいことだけは間違いなく。
内容の信用という点においては、前後の辻褄が気になるような部分はほとんどない感じ、確かにフロイスさんって自分と関わってるキリシタンのことをやたらと持ち上げるようなところはあるものの、補給をそもそも自分たちが別ルートでやってたよ! というのは少なくとも本当っぽいし。
その補給を受けていたキリシタン大名が活躍したよ、というのもその順番で聞くと単純に納得、博多がわりとコネがあったってのも大きかったのかもねぇ。
ただ、半島への評価に関しては保留。
中国側が半島をまるで評価しようとせず、日本側と一方的に決めたがっていた、というのもなぁ、現地の将校が、というレベルだとそこそこ納得はいくものの、それで全体の方針どうのって判断するのはちょっと微妙。
個人的には「蛮族度が高い同士で通じ合っていた」という状況に見えてしまっていたんですが、フロイスさんはなんでそこに同調してしまうのか…。
政治も外交もへったくれもない展開なんだけども、興味ないんだろうね、うん。

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