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雑記:とうらぶ・文アル他、71

Last-modified: 2017-03-04 (土) 00:26:10

雑記:とうらぶ・文アル他、71

1月18日めも。

で、多分1日分くらいで1人のキャラでも触れられたらいいなー、みたいな願望はあるけどどうなんだろう、基本的には「〇〇氏」と付いていない限りキャラとしての扱いしてると思って下さると幸いです、あくまでゲーム主体で調べてるからそんなにきちんと分離してないしなぁ、文章なんかを読んでその構造に関して言及しているとか、若干特殊な場合以外はあんまりそういうことはしません。
例外は太宰治氏の厨2とか(ありゃ昔から知ってるし、むしろゲームではあんまりそっち系の押し出ししてないし、ナルシストみたいにも見えるしねー、実際ファンも信奉者も多いはずだしそれは構わん)、自殺ネタに関してはだいたい元ネタの人物寄りです。
というか、元ネタを多少なりと茶化すのにあんまり躊躇いがないっていうか、最後のはやんないけどさすがに12回も失敗しておいてそんなに深刻に扱う必要あんのか?! みたいな感じです、もともとあの人は話題にしてたしねー。
あんだけエピソードが多いとまあ、話にも出てたんだよね結構。
呼び方に関してはキャラから入ってるけどね、前はフルネームだったかなー。
 
というか、どっちかというと元の人物に関しては軽いテイストでもない限り触れないです、だいたいがもともとわりと有名な逸話か、ゲームのキャラと合体させたみたいな話です、情報と情報をつなぎ合わせるみたいなことは時々しているものの、あくまでそれだってただの人物のプロフィールを知りたいという好奇心でしかない。
その好奇心そのものが比較的真摯なことくらいはあるものの、それで元の人物をどうこううんぬんしたいという意識はないです、著作は著作で別に切り離せるのでたまーにそういう話をしてることはあるけどね、まあその時はむしろ明記するくらいのつもりで。

1月19日めも。

文アルの話でキャラ篇みたいなつもりのページですでに脱線してるけど。
んで、最初のイベントが一体いつ頃だったのか今ちょっと記憶があいまいになっているんですけども、五重塔イベントってのがありまして、そこでメインとなったのが【尾崎紅葉】さんと幸田露伴さん、なんで先生って呼んでるのかというとチュートリアルの秋声と子弟関係にある、というか秋声と泉鏡花のお師匠さんらしいんですが。
友人の牛に聞かれたことがあるんだけど年齢差あんまりないんだよね。
黎明期には別にままあることなんで、個人的にはあんまり気にしてませんでした、漫画なんかでも似たようなパターンあるんじゃなかったかな、半回りくらいの差みたいですね、キャリアはもうちょっと違うんじゃなかったかな。
正確には秋声との差が4歳、鏡花との違いが7歳なのかな?
まあ7歳だとそれなりに差はあるようには思うんですが(4歳は確かに珍しいだろうなw)、が、最初の時点ではこれもあんまり気にしてなかったんだよね、イベントの中で「紅露時代」という表現がされていたんですが。
いや、聞いたことはあったんだけど大衆小説の走りだったのかこれ…、という。
 
というか正直なところ尾崎紅葉の『金色夜叉』が大衆小説の走り?! なんか現れる時期おかしくないか、みたいなことを言ってたんだよね、そしたらもものまんじゅうが教科書の記述を探し出してくれましてそこで「偽古典」という表現がされていたんですよ。
露伴先生のほうがまあ漢文交じり、紅葉先生のほうが言文一致(もともとライバルのものらしいですが)という違いはあるものの、題材としては江戸の戯曲に近いみたいな言い方がされてまして、あ、え、あー、みたいな一旦の納得を。

1月20日めも。

【尾崎紅葉】に関しての続き、あと、ぶっちゃけまして私には幸田露伴と尾崎紅葉の接点のようなものに関しての知識がなく、いや、この二人が交流が頻繁だったら「まず第一に」語られてるだろ、と言ったほうが良かったんだね多分。
特に仲良かったら、絶対に紹介文の中に出てくると思うんだよね。
見たことないってことは、どっちかというと距離があったのかなー、といささか逆説的に考えていたものの、なにぶんにも紅葉先生のほうが21歳くらいの時点で接点となる人物(淡島寒月さんて西鶴を二人に紹介した人だそうで)に出会ったらしく。
その後なんでか読売新聞社に同時に入社、同時だよねこれ、12月ってなってるのよ。
で、紅葉先生のほうが36歳享年ともなるとあー、なんだ、なにかが微妙。
 
寒月さんと露伴先生のほうは13歳時点で出会ってるみたいです、あれだね、時々話題になる帝国図書館みたいです、というか、公立図書館がそこくらいしかなかったみたいなことが語られていたんじゃなかったか。
この二人の唯一の西鶴研究に関しての共著はもものまんじゅうから間接的にしか聞いてないものの、紅葉先生の死後に届いたって…えーと、あの、えーと。
で、さらに言うと紅葉先生の死後、数年くらいで筆置いちゃったみたいです、露伴先生、理由知らんけど、というか数年くらいは書こうと頑張ってるけど途切れていくみたいな…そのまま学位を取って研究の道に行ったみたいな痕跡を人物関係の本で読んでました。
まあ、詳しい本ではないもののさすがにそんなレベルで間違えることもないとは思うんですが、そもそも現時点「紅露時代」と呼ばれた経緯すらわからんで理解しようとしてもなんの意味もないとは思うものの、さすがになにかが複雑なことだけはわかったよ…!!?

1月21日めも。

ここからちょっと真面目な話なんですが(人物そのものとは無関係な話なので)、そもそも私がなんで【紅露時代】を現れた時期がおかしくない? と言っていたのかは二つほど理由がありまして、片方は紅葉先生で、『金色夜叉』ってあれはまあ通俗小説というか、今で言う昼ドラっぽいじゃん。
(かなり世代が下る菊池寛の『真珠婦人』なんかは実際にドラマになってたし。)
で、ああいう系統の話が出てくるのって文化爛熟期なんだよね基本的に。
明治初中期の黎明期にこれ? さすがになんで?? となったわけですよ。
あともう一つは露伴先生が主で、要するに漢文が主幹のあのごっつい文体じゃないですか、私も馴染みのある題材でもないとなかなか読めないやつです、というか、慣れるために論文のほう読み始めたら楽しくなっちゃったんですが絶対話が合う、じゃなくて。
別にそれ自体はいいんだけど、大衆が? これ読むの?
というのがどうしても否めないんだよね、漢文教育はこの二人とも受けてはいるものの、それこそ明治なんてリアルタイムでごんごん減ってくんじゃないのかねやっぱり。
江戸時代までと違っていらなくなってくしなー。
 
みたいなこと言ってましたらもものまんじゅうが教科書を引っ張り出してくれまして、この紅露時代が「偽古典」として分類付けられてるよー、ということを教えてくれたんで一つ目に関しては概ねすっきり、としたわけですが。
二つ目の大衆レベル高くない?? みたいなのはまだ全く決着付いてないんだよなー、というか紅露文学系統の本読んでると真面目に文体の試行錯誤からやってるんですがそこに対しての容赦のない完成品を分析するような評論…なにがどうなるとこうなるの???

1月22日めも。

ちょいと間が空きましたが(また)、【尾崎紅葉】先生ら辺で引き続き。
リアルタイムだと3月3日のひな祭りです、かつて祖母が1カ月半前から用意した挙げ句に当日の3時には完全に仕舞うということをしていて(仕舞い遅れると結婚が遅れるって言われてたらしいの)、数年後にはなんかもう疲れ果てたのかなにもかも適当になっていたのでなんのことはない。
この手間が当たり前のようにこなせる家はそれは結婚なども早いだろうね、という結論になりました、不思議もなんもないよな、ではなく。
 
紅葉先生なんだか「誰がババアかっ!」って怒るんですよね、まあ確かにお綺麗な顔してるとは思うんですけども、私最初は荷風さん(なんか洒落た紳士)とかそっち系と同じ分類していたので、あれ、誰が言ったのこれ?
誰かゲームの中のキャラが言ったんだろうか、そういや、紅露時代に喧嘩吹っ掛けてた世代もいるみたいだし、みたいに漠然と思ってたんだよね。
あと、泉鏡花っていうもともと女性的な印象のあるらしい元ネタからキャラもまんま美少女みたいな子もいることは知っていたので(3月3日、まだ来ないよ!!)、まあ、そういうネタなんだろうか、しかし女性的であるとは言えなくもないけどもどっちかというとそれでもキャラの見た目だってぴちぴちの熟女だよなぁ、みたいな。
方向性はなんとなくわかるものの、わりと皆で「???」の感じでした。
というか享年36でなんで老人なのどういうことなの、と、このゲーム、なんかちょいちょい元ネタとズレてるんだよね、私たちはだいたいそのズレが全体にあるのを知ってたんでそういうもん扱いだったんですが、一部だけ調べて真剣に悩んだ人もいたようです|д゚)

1月23日めも。

前日からの引き続き、というかこのページだいたい同じ話題。
で、紅葉先生の言動を不思議には思っていたものの(オープニングの秋声とか鏡花とかやっぱり話題になるもので)(あと「ババア」はさすがに元ネタが全くわからんかった)、まあいつかわかるんじゃないかなと適当に流していたら【幸田露伴】さんが落ちるイベントというのが告知されまして、どうもこのイベントのキーとなるのが紅葉先生。
イベント内の会話を見ている分には、自分が弟子をたくさん作ったものの早死にして相手が長く…多分ちょっと細い生き方だったのかなこれ、弟子などを作らない一匹狼のような生き方をしていた感慨みたいなものが告げられたんですが。
少なくともゲームにおいてはそんなに交流があったとは見なさないのかな、と。
というか、実際ちょいちょい程度には会ってたと思うし、最近まで勘違いしていて実際ゲームとも無関係のところでも見かけたんだけども、この二人が同じ学校だったみたいな情報もあったしね、多分隣の学校とかそういう感じの近さなのでそういう関係で混ざったかな? 学校同じでもそんなに違和感ないし、それでも付き合うほど気質も近くないだろうなぁ、とまあそんな感じで認識してまして。
 
このゲーム、さすがに文士が元ネタなせいか仕方ない部分もあるにはあるもののどうにも筋肉ある人少ないし、年齢上めなの嬉しかったんでわりと浮き浮きとドロップ待ってたんですよね、で、わりと珍しい武器種だったんでそのまま五重塔イベントでぐるぐる回してイベント景品なんかも貰いまして。
補給(戦闘させると必要)のごはんあげてるとぽん、とこの二人の特殊会話が出現。
こ、紅葉先生…めっちゃ浮かれ、な、なんだろう照れるみたいな、照れるよねあれ?!!

1月24日めも。

で、このくらいの時期には若干調べる範囲というか(この手の元ネタあり創作ってだいたい人海戦術みたいに皆で総当ってくことが多いよねやっぱり、変な伝言ゲームが登場してることもまあ…あるにはあるけど)、好きなキャラ近辺を調べる人がぽちぽちいるせいか情報が流れてくるようになっていまして。
紅葉先生と露伴先生はどうもその対比から作品が「女性的」「男性的」と言われていたというようなことが言われてまして、あー、なるほど? と。
単独で一人だけ調べててもそれっぽいのが出てこなかったものの、どうもそこで対比で完成するのかなー、というような結論になりました。
だがこの段階でもどうにも「ババア」ネタに関しては結論が出ない。
ただ、この辺でどうも元ネタそのものではなくてもしかして、作品や残っている印象のほうが強く影響しているのかな? みたいな認識が。
作家そのものではなく作品を擬人化したものではないかという仮説は初期からあるにはあったんだよね、童話組って呼ばれてる宮沢賢治や新美南吉なんかは確かに作品以外では捉えられないような子どもの見た目してるわけだし。
 
こっからは確かこの時期とはズレるんですが、【尾崎紅葉】の年寄りイメージは一回りも離れていない弟子の秋声や鏡花がわりと長生きしていること(そしてほとんど生涯言及していること)、同世代の露伴先生がその紅露時代の片割れとして齢80まで生きていたことなどを複合し。
そういや確かに若くして亡くなったイメージ全くなかったわ、んだね、という話に。
じじいの同い年が亡くなったって聞いた時のイメージは確かにじじいだ、うん!!

1月25日めも。

【尾崎紅葉】先生の話、そのまま引き続き。
基本的には今はこの二人、紅葉先生と露伴先生だけ(森さんがよく先生呼びされててたまにそれに引きずられることはあるんだけどね)、私は先生付けて呼んでるんですが、後者はぶっちゃけ本気で学業に関わってたことを読んでるせいですね。
こないだ青空文庫の「道教に就いて」とか読んでたんですけども、あれ、現代の学者でも普通に参考になるよねぇ、というか、道教の有象無象の雑多な文献読んだんかい先生…だってあれだいぶ益体ない…みたいな感じで多分ずっと「先生」かなー、と。
 
紅葉先生に関しては先に徳田秋声関係の本を読んでみたら、あれ? と思うところがありまして、念のため友人の牛に読んで貰って、まああれ、だいたい、あの、まあ、学習障害的な要素がどうも…だいぶ…、他人の言葉の裏が読めなさすぎるし記憶力が良すぎる…。
泉鏡花もわりと生涯の潔癖症があるようですが、あれも強迫観念の一種だよなぁと。
で、この二人に紅葉先生がなにを教えたのかというと独特の言葉の使い方をすることを改めさせたり、奇妙な文章の構造(思い出した思考のまんまのパターンですね、覚えがある)を諫めるんじゃなくて、全ての単語にルビを付けるようにした、と。
あと、文章そのものの構造じゃなくて文一つずつの組み立てなんかは手を入れたりしたのかもなぁ、結局なんだかんだと二人とも一生小説書き続けているんですが、その時に当人らしさを否定されなかったせいはあるんだろうなぁ、としみじみ。
紅葉流としては全く残ってないし、まあ残るわけもない、彼の弟子らも年齢もそんな離れてないのに妙なエピソードばっかりなんですが、多分他に生きる道もない。
でもあとの世代と違って道外れんでそれなりに生きてるよなぁ。「先生」だねぇと。

1月26日めも。

【尾崎紅葉】さんネタで引き続き。
ある日、友人のもものまんじゅうが、付き合いのある人が見つけたものを教えてくれたんですが文アルのゲームの紹介ページみたいなものがありまして、そこになんだかそれぞれのキャラへの言及があって、その中の紅葉先生の紹介の中に「肝っ玉母さん」の文字が、多分比喩だと思うんだよね、もともと男性だしねこの人ね?
ババアって呼んだの公式サイドかよ?! という結論になりました。
ならざるを得ないじゃない、よっぽど物好きな人しか見ないだろうページにだけぽんと置いてるのもなんかこう、確信犯的ななにかを感じないでもないし!!
で、さすがにその時点ではなにがどうしたらこういう表現になるんだよ、という話で持ち切りだったんですが、正直弟子らへの態度が父親のそれじゃなくて母親のようなタイプって言われるとまあそこまではまあ。
キャラメイクもそう意識してるみたいなところがあるのはなんとなくわかる。
て、程度だったんですよねー、その時点では。
 
でもよく考えてみたら「女性的/男性的」(紅葉文学/露伴文学)というのは実際に見ましたし比喩として使われているとはいえ、多分キャラ絵もそうやってセットにしてるよね? とか、どうもそれぞれの声優さんの時点で対としての印象があるらしいとか。
(私の世代だとリアルタイムの声優さんじゃないんでよくは知らんのよ。)
そもそもこれ、もともとは「軟派/硬派」だったはずなんだよね、要するに女色/男色だよねぇ、いやもう意味通じなくなってるから書き換えないとわかりにくいと思うけども。
物の弾みで転がった挙げ句、こういうキャラになったんだと思うと、いい度胸だ!?

1月27日めも。

まあ前日分まででわりと言いたいことは終わってしまったんですが(さすがに一つのキャラ近辺であれだけ分量取ればな)、この日付までで10日分なのでついでにここまで書いていくつもりなんですが。
昨日の日付けの段階での「軟派/硬派」というのはすごく大雑把に、情緒的/封建的みたいに捉えるとわかりやすいかもしれないです。
一応女色と男色っていう意味なんだけども、いわゆる江戸時代までわりと武士の間で一般的だった衆道って、こう、男色で肉体関係まで含めてなんだけど奉仕的要素がめっちゃ強いんで、個人的にはどうも苦手でね…。
というか多分、露伴先生のほうは普通に武士の家系じゃないのかなー。
生まれた地域とか見てる限りではそんな感じ、紅葉先生のお家はよくわかんないけど、生まれた時点では庶民の地域だと思う、その後、お母さんが亡くなったのでお母さんのご両親に引き取られたようですがそこの地位はわからんけども。
漢文教育なんかも受けてるので、まあどっちの可能性もあるし裕福ではありそう。
紅葉先生が下手すると半回りしか離れてないような弟子たちを、二十そこそこの年齢で育てることが出来るほどの知識はどこで手に入れたのかはわからないんですが、寺子屋かなんかの関係なんだろうか、さすがに誰か手本になった人はいると思うけどね。
 
いろいろ似てないんだけど、ところどころ似てるんだよね、この二人。
女性の地位みたいなものの認識なんかはこの時代にしては進んでる感じだしなぁ、軟派って言われてたけど女性のことも考えてる、硬派って書いたけど、そもそも誰も犠牲にしない、なんか、【紅露時代】が近代の大衆文学の幕開けだとすると不思議な幕開けだよなぁ。

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