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雑記:とうらぶ・文アル他、74

Last-modified: 2017-06-06 (火) 22:34:37

雑記:とうらぶ・文アル他、74

2月17日めも。

ところで友人の牛ともものまんじゅうと約束したので【徳田秋声】の『黴』の話です、まあ文アルのゲームの延長上と思って下さい、だいぶ細かいし言い切ってるので、内容そのものは妄想までは入ってないから検索避けまではしなくてもいいかなって。
(ついったでは検索避けはしてないです、ついったはすぐに流れてくし、フォロワーさんが手遅れっていうか、隠れても鍵掛けても見えるところにnotオタクが。)
(あ、複数ジャンルの話なので気にしないで下さい、だいぶ昔からだし。)
 
まずこの『黴』という作品そのものが一体なんだかわからん人ってのは、残念ながら結構いるんじゃないかと思います、一応終わりまで読むとふわふわした身分から所帯を持ち、自立するに至った話ってことにはなるんだけども、そこまでの展開がよくわからんって部分がいくつもあるんじゃないのかなー、と。
あらすじとしては多分至極単純、まず女中として老婆が家に来て、そこに彼女の親類の離婚経験ありの若い女性がやってくる。
どの段階かわからないながら主人公の「笹村」と男女の関係になって妊娠させる関係にまで至るが生活の面倒を見てくれていた友人たちの反対に遭い、しかしそれもじきに和解、最終的にもう一人の子どもも出来、籍…も多分第一子の段階で入れてるんだよね? 入れないと私生児になるって話まではしてるのに、どの時点で入籍したのかが書かれてないので不安でいっぱいですが、まあ多分、多分、自信ないけどな正直!
最終的に引っ越しをし、彼女の別れた夫を見に行って、なんとなく自分の気持ちを確かめる、みたいな、純粋に書かれてるだけだとそれだけの内容です。
で、ほぼ当人の実話です、私は彼の人生は知らんけどそれはわかる。以下続く。

2月18日めも。

『黴』の話引き続き。
大雑把にこの作品にはなんとなく妙な多分単純な不出来の部分がたくさんあり、例えば冒頭に入籍したってエピソードがあり(これが完全に時系列から外れてる)、子どもが生まれる寸前に入籍しないと私生児になっちゃうんだよなー、という言及までがあるのに時系列に沿った時間の流れの中でいつ入籍したのかの記述が…存在しません…。
入籍しないとまた私生児になっちゃうんだよなー、という悩みが第二子の時点でなかったので第一子の出生前に入籍したんだとは思う、思うけど要するに推測だよこれ!!
なんでこんな意味のない部分を推測しなきゃなんないのよこの小説!?
みたいな悩みが湧いて来るのですが、多分ですけども、あれやこれやの条件を考えるとなんの他意もない可能性が、となるので一旦不問にしておきます。
そもそも冒頭で入籍したあと、特になんの断りもなく時間が遡るよな。
そこはそんなに小説として珍しくないので構わないとは思うんですけどね、ただ、どうもそれに関しても特に「技法」ではないような気がして…それもそれで複雑、単純に入籍のこと書いて実家周辺のこと書いたら連動して思い出しただけだろ感。
 
で、私は別にこれでこの小説の批判をしたいわけではなく、このような感じの突っかかりがどうも完全に作家の性質のみで出来上がってるのではないかという話をしたい所存なのです、例えばあれ、わりとわかりやすい友人らに女性との関係を反対された理由。
この作中では全くなんにも言及されていません、というか、当人の感じたことなのだろう地の文に全くない、確かに離婚経験者、お手伝いさんの親類など「笹村」とは同階級ではなさそうではあるものの、友人らがどうのって言うほどのこともないじゃん正直。

2月19日めも。

『黴』の話の3つめ、ざっくりと。
友人らが女性を拒絶していた理由は女性の立場からはどうもやっぱり階級の違いと思われていたらしく、父親が借金作らなければね!! とわりと悔しそうに泣いてるんですよね、そらそうだよね(なにしろ妊娠が発覚したあとの展開だし)。
が、当の「笹村」は多分そんな発想は全くないんだよね。
大雑把にこの当時の笹村は友人らに金銭的にも支援されていたので、反対されれば従うしかないって女性が考えても仕方ないようなものの、実際にはむしろ「責任を取る必要はないだろう」とも言われていて当人の意志にその辺は任されている。
笹村のほうがどう思っていたのかは一旦置いておいて、友人らの言動としてはやっぱりなんかがちょっと変なんですよね(あとで反対を撤回したところを考えるとわかりやすいと思うけど)、で、どうも前後を考えるとこの女性――お銀さんのことを玄人の女性だと思っていたのではないか、というのが一番しっくり来る。
とどのつまり、妊娠しているとは言え、笹村の子とも限らんだろう、と。
なんでそう思われてしまったのかというのも、酔わせると色っぽいだの、近所からも多少偏見の目で見られていたらしいことなんかからもまあわからんでもない。
そもそも飲食店の従業員はやっていたのでなんか混ざってたのかもね。
 
お銀さんはそんなことも特に気付くようなこともなく、ぼけっとした笹村が心配だの、父親が身を持ち崩して悲しいだの泣いてる感じで、なんというか、なんというか見た目が婀娜っぽいのだろうわりにどうも笹村レベルにぼけっとした感じの人です。
友人らもそれで気付いてくれたんだろうね、口ごもってごめんって言ってるしww

2月20日めも。

『黴』についてのあれやそれや、その4。
ところでこの辺の「笹村の友人がなぜお銀さんとの仲を反対したのか」と「お銀さんがなぜ反対されていると思ったのか」なんかはまあまあ通して読めば(読んでる途中では正直気付いてなかったからね? 反対された理由のほうはまあともかく、誤解が解けた辺りに関してはわりとわかりやすかったし)、なんとなくわかるんじゃないかと思うんですが、問題はこの二者が完全にすれ違ってることに対して笹村がどう思っていたのか、という部分に関してなんですが。
女が自分を愛するのも、自分が女を愛するのもなんとなく想像が出来なかったという言及をしています。
まあ、どうもなし崩しで身体の関係になったみたいだしね?
それ自体は別にいいんだわ、ただ、お銀さんが実家の父がって悔し泣きし始めたり、友人らが「笹村にとっては」なんかよくわからんことを言い始めた辺りでなんかの反応をしてもいいと思うんだ。
(別段玄人女だからみたいな言い回しは全くされてないんだけど、普通の女性として扱う必要はないだろ、と遠まわしに言われてる、笹村にとっては単純に女中の親類なだけで実際あとで女中さん当人にめっちゃ気まずい思いして謝ってるのよ…人の心はあるのよ、でも友人らに言われたことは無批判で受け取ってるのよ。)
大雑把に言うと、どっちに言われたこともなんにも意味わかっていないんだと思います、わかってりゃあリアクション取ってたし、普通に誤解解くよな…。
 
が、後世の人間が読んで意味が再構成出来る程度に正確に覚えてるんだ会話。

2月21日めも。

『黴』に関してのあれやこれや、その5。
この時点で、どうもこの人、「笹村」=徳田秋声はどうも普通の人間とはなにか違うのではないか? という疑問に駆られたので細かく話を思い出してみたんですが、よくよく考えてみたらお銀さんという若い女性が家に転がり込んできた時点で、まず年齢の言及がない、というか、入籍に至るまでになっても年齢に触れていない。
いくつくらいなのかというかという軽い言及すらもないです。
ぶっちゃけ、酔っ払うと色っぽいというプラスの表現はされているものの、それ意外に特に美醜を気に掛けた様子もない。
一応曲がりなりにも生涯の伴侶を娶る時期だったので極端に記憶力が良くなっていて友人らの台詞なども正確に覚えていた可能性もないでもないんですが、そもそも近所から言われていたお銀さんの評判なんてこともだいぶ細かく覚えている。
(これが描かれたのもあくまでも自分のお銀さんとの態度を再確認する過程であって、それ以前に気にしたような様子も特にない。)
そして、言われたことが悪意なのか善意なのかをどうも分類している様子がない…。
 
というかそういう観点で考えてみると、全く理解していない会話って普通覚えてないか自分の勘違いした意味に引き寄せて改変させて覚えるもんだよね?
そもそも、この人、どうも相手から言われたことは額面通り以上にも以下にも受け取らないのではないか、と考えるとなんとなくすとんと行きました。
要するにこれは嫁さん(未満)の女性が友人らから疑いを掛けられ、身分違いに嫁さんが泣く中、愛してると言えるのかと「だけ」迷っていた話らしいです、どんなんだ。

2月22日めも。

『黴』に関わるあれやこれや、その6。
友人らの態度がお銀さんに対して酷いのではないか、という説もないでもないんだけども、ぶっちゃけ笹村のこの人なんか自発的に行動起こすことあるんだろうという気質や、病弱だったという部分と、ご近所からも水商売って言われてるような酔うと色っぽくなる女性への態度としてそこまでありえなかったかっていうと、うーん、まあねぇ…。
というか女中としてこの家に来た老婆が、見た目が婀娜っぽい感じの自分の離婚歴のある姪のことを心配し、わりとどっこいの薄らぼけっとした笹村の家にそのまま置き去りにしたんじゃないかなー、と考えるのが自然なんじゃないかと思うんだよね。
要するに、この男なら別に姪任せてもいいや、だよな?
しばらくしたら女中さん戻って来て、笹村がすんませんって謝るのに、なんかこう、あー、わかってたわかってたって態度だったし。
でも、ぶっちゃけ貴女がいるべきだった気もします、いらん騒動があった。
ただ正直なところ、家に他に人がいてもそのような男女の関係になったのかというと、そんな気もしない、というか、実際どうしたんだろうね、気付いたら妊娠してる感じだったし、友人らにとってはその辺意外だったのかもな…。
 
ということを全部「読み取る」ということを徹底しながらだとわりと面白い話なんじゃないかなー、と思います、様々な意志感情がそのまんま文章になっているという時点ではだいぶ稀有って気もするし。
ただ、なんでまたこんなことまで読み取らなきゃならないの説明してよ!! え、そうか作者書いた時点でもなんもわかってないか! それもどうなんだよ?! 話だな!

2月23日めも。

リアルタイムで6月6日です、さすがにここまで離れたことってなかった気がしないでもないんだけどどうだろう、たまにものすごいぽっかり間空くこともあるし、日付けがなんの意味もないことも多いし。
現在は出先で数日前の5月末でWifiの契約が切れたのでこのパソコンがローカルです、あとキーボードが1個取れてるのでなんとなく心もとない気がするどうでもいい。
最近はちょっと久々の同人イベントに出る予定で、根を詰めていたものの、さすがにそろそろコンスタントに原稿をする癖を付けないと…。
毎回そのたびに他を全部放り出したり本も読まなくなったりと正直だいぶ容量が悪い気がするしねー、あと、ジャンルは【文アル】です。
いつかまともな系統のも出せたらいいんだけどね。
レポートとか自主研究みたいなやつ。
正直友人らと話してるだけで結構な量があるなぁ、とも思っているものの、友人らと話してるだけでどんどんアップデートされて書き換えられていくので、ううんなかなか、意外と守備範囲が被ってないので、三人で意見が合致してるものはわりとこう、いける感じです、調べてっても外れが少ない。
 
ただ、その手の文章をまとめるって経験がないからなぁ、こういうところに書いてるのもある程度の慣れのつもりなんですけども、どうしても癖が出るからなぁ。
備忘録兼ね、あとはまあ、物量的にひたすら積み上げていく感じで。
しかし、友人らと会話が合うのが楽しいというのがまあ一番かも、二人で話してることはちょいちょいあったものの、三人で合致するジャンル少ないしな。

2月24日めも。

そろそろ4時(早朝)となり、10日分の「多分だいたい田山花袋」を書き終えた感じです、次のページに展開しています、今何ページめかわかんないけど、日付けとしては2月27日分からになるのかな。
あまりにも時間がかけ離れすぎているので、もうちょっとなんとか間を埋めたいんだけどあれ、前に書いた菊池さんと芥川くんのっていつくらいに書いてたっけ。
日付けがでたらめすぎていつも意味がありません。
そろそろごはんも作りたいし、掃除もしないとならないんだけどね。
 
とりあえず、最近なにをしているのかというと、基本的になんだっけ『菊富士ホテル』という本を読んでいたりネットで情報を集めていたりとか。
多分この人についてこの界隈で言われてること怪しいよね? うん多分、みたいなことを二人(子牛と私)で話して来て、昨日(6月4日くらい?)辺りでようやっと三人目(もものまんじゅう)にも通用する感じの証拠が取り集められた感じです。
まだ周辺にちょいちょいおかしな部分があるので、そこが通用するようになったら言及出来ることもあるのかなぁ。
正直こう、歴史ジャンルを扱う時にどの程度まで調べるのかってのは難しい問題じゃないかと思うんですが、ぶっちゃければ「特定の界隈でだけ通じる共有設定」あっても全然構わないんじゃないかと思います、だって所詮はゲーム。
ゲームだって元ネタまんまじゃないし、元ネタを非難するわけでもないしねー。
ただ、特定の界隈以外に打って出ようとした場合に、他の妄想や情報との兼ね合いが阻害されることはあってそれで排除されることは覚悟の上のほうがいいかな、と。私もね。

2月25日めも。

早朝からなんか薄暗い感じのものを打っていますが。
とりあえずこう、序列みたいなものはあるなぁ、としみじみ。
どうしても文士って消えてっちゃうのね、てか、私は文士って文字に携わる全般の人に向けていたんですがひょっとしたら小説家のことだけなのかなぁ? いやでも、漠然と詩人を指していたこともあるし、と迷い中。
まあ、文豪は同時代には言わないからね(過去の人物を文豪として扱い、呼び出すってコンセプトだといいとは思うんだけど、私は同時代資料が好き、というニュアンスで使い分けています、当時の資料で「文士」って呼ばれてるのよ)。
というか、有り体に言うと私が好きなのは情報収集です、一人でもそもそするのも嫌いじゃないけど、人とするのが好き。
なのでまあ、わりとぽんぽんとジャンル乗り換えて行くってのもあるんですよね、研究結果が出るまで凍結中ー、とかも正直何個かあるし。
それになんの意味があるのかというと、いわゆるコレクション欲の一種のようなものであって、こことこことここを埋めたい、という動機で動いていることが多々あるものの、たまにそこの研究が十分に整理されてなくて切れたり。まあ。
最近は非常に切れてることが多かったんですが、基本はそんなに言及することもなく、黙々と詰め込んでます、それが趣味だから。
 
(新しいジャンルを覚えるための見慣れない情報群とか、古い情報の書き換えとかその辺しかそもそも私ついったで触れないしねー、あと友人と共有してるもの。)
同じスピードでぽんぽん書き換え出来る友人との遊びも楽しい…あれは楽しい…。

2月26日めも。

前日分からの引き続き、じゃなくて。あれだ。
【文豪とアルケミスト】に関してです、そこに出て来るキャラそのものというより、序列や順番、大きさみたいなものがいまいちわからなくて、法則性があるのないの? なんか少なくともここに関してはあるっぽい、とかそういう調子で調べてるんですが。
これをやってると知らなかった近代の話がごろっごろ出て来るんだよね。
というより、過去教科書で習っていたり、今その手の参考書で出てくることがどうもつながった歴史として展開しない。
おかげでこう、自力で端から埋めてってるような風情です、友人とやってるけど。
そもそもこの近代史に対して歴史学の手法を持ち込んだ人なんていないんだろうなー、というのが雑感、まあ、一次資料が潤沢に残ってたらそんなものいらないって思っちゃうものなのかなぁという気もしないでもないんですが。
歴史書以外を鵜呑みにすると、普通に危ないんだよ、というのが最近の実感。
近代ならば特に問題はないんじゃないか、という気もしていたんですが、やっぱり駄目なものは駄目だなー、歴史書に相当するものってのは長期の公的な立場の記録などが相当するのですが、近いものっていうとこないだ子牛が見つけて来た坂口安吾関係のサイトなんかがそれじゃないかな。
いやまあ、素人がその手の診断するのって危険ですけども、スタンスとしてはああいうものを指して呼ぶよね。
 
あと、有効なのが別の業界から見た記録に頼ることかな、というか、長期で俯瞰した情報は思い違いがある程度なんだよね、短期記録だと専門家しか意味取れないんだ…。

Tag: とうらぶ・文アル雑記
(とうらぶ・文アル他、74)