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雑記:とうらぶ・文アル他、76

Last-modified: 2017-09-28 (木) 17:49:10

雑記:とうらぶ・文アル他、76

3月9日めも。

現在リアルタイムで9月28日、めっさあれです、あとです、最近は【Fate/Ground Oerder】てゲームも始めた感じです、とうらぶがわりとこう、休みがちで、9月は【手紙一式】貰えないぽいな、うーん、あと一日ってのがさすがに悔しい。
(ログイン25日分で貰えるやつね、最近はあれだなー、ちょっとイベントも単調な感じで退屈ちゃあ退屈。)
 
メインは相変わらず文アルですかね、なんかあれ、ちまちまと戦時協力に関してを読んでいる感じで、ようやく目処が立ったのでここにまとめるつもりで、とりあえず少しずつでも書き出して行くつもりです。
もちろんさすがに荷が重いんだけど、一応推測じゃなくて目に見えるところにちゃんと研究があるからねー。
すごく簡単に言うと文学サイドからは完全に謎とされていることであっても、そこと関わった人間(そこまではちゃんと明言も証拠もある)にはまた別個に研究があったりするので、頑張ってればどっかしらで出会える可能性は最初からあったんだよね。
個人的には戦争協力という意味で有名な京都学派、「後期・京都学派」などから崩していける可能性もあるかなー、と思っていたんですが、今の時点では文学界とそんなに大して変わらないかも。
なんというのかあくまで外部に事情があって、内部から見てるだけではなんとも意味が取れないみたいなんだよね。
で、最終的にはあれです、近衛文麿氏近辺の事情を調べればいいかな、という感じ。
この人は新思潮の第三期の参加者なんだよね、多分菊池さんとも軽くは友人だよね。

3月10日めも。

とりあえず改めて【文豪とアルケミスト】というゲームに出て来る菊池寛いう人物の「彼が戦争協力者であるという内容」についてです。
これ自体は別に触れてもいいんじゃないかなー、と思ってます。
ただ、戦犯呼ばわりはされているものの、実際には指定は受けてないのね。
(なんか受けてると勘違いしてた文章読んでたので一時期その前提で語ってたことがあります、マジすんません。)
とはいえ、公職追放はされてますね、もともと出版業界には結構多いんだけどね。
鉄道業界だと知ってる範囲で一人しかいない上に、戦時中に大臣だったから別口とも言えなくもないんだよなぁ。
なんでそこが多いのかというと、マスコミには強い責任があるというのがやっぱりアメリカ式の考え方だったからじゃないのかなぁ、イギリスなんかもそうだよね。
 
で、あと、さすがに当時の情勢見て戦犯呼ばわりされていたってのも、ことこの人に限っては仕方ないし、当人もある程度覚悟してたんじゃないかなー、と個人的には思ってます、何人か責任転嫁出来る相手がいるし、そのうちの一人は故人だしなおさら(直木賞の元になった直木三十五さんね)、それと、ある程度正当化出来るだろう部分もあると思うんだけど、結局全部口噤んでたってことになるからなぁ。
特に近衛文麿が悪い、騙されたって言えばさあ、多分それで済んだんだよな。
やりたかったわけじゃないやい! とかはぶちぶち零してたみたいだけど、そして前後見ると実際戦争に賛同はしてなかったと思うんだけど、責任追及は逃れられる簡単な道が結構この菊池さんにはあったんだよね、やってないってのが答えかなぁ、と。

3月11日めも。

【文豪とアルケミスト】の菊池寛と戦争責任について、の続き。
ところでなんでこれをやってるのかというと、うーん…、だいぶろくでもないのを見たってのもないでもないんだよね。
本来「気にしなければならない」とは全く思ってないです。
ただ、ろくすっぽ当人の言動も知らない域で縦横無尽にネタとして使おうとするにはさすがに…なんかさすがに…。
ある程度の世代だと正直詳しかろうがそうでなかろうが全くやらないとは思うんですが、時間が経ちすぎたせいか、結構ドラマチックで特殊なネタとだけ扱う人がいないでもないんだよね…。
そのくらいなら、まともに調べてしまったほうがずっとマシ、みたいな気持ちもないでもないです、あとあれ、この時代をやるにはどうしても完全に避けて回れるわけではないし、幾つかのジャンルで私が好きな人が戦犯になってたりなり掛けてたりで、なんというか私に限っては「なんかあっちから来る!!!」状態だったのを含んでくれると嬉しいです、好きか嫌いかで言えば好きじゃないけど…。
戦犯と聞いたところで慣れてる環境にはわりと長いことあるんだ。
 
そもそもこう、太平洋戦争に関しての「戦犯」てのが、なんか様々な理由で歪んでるみたいなのが出発点としてないでもないんだよな。
すごくざっくり言うと終戦工作ってのがあるんですが、どうも何種類かあるみたいなんだけどこれ、これに関わってた人が終戦工作の「ために」戦犯になりかかったと聞くとさすがに混乱伝わるんじゃないかな。財閥系で何人かいるぽいんだよね…実際。

3月12日めも。

文アルと菊池寛と戦争責任の話、続き。
ところで実際、なにがあったのかをものすごく薄っすらとしか知らん人が多いと思うんですが、大雑把に文人が責任を問われていたのが「戦意高揚文学」に関してです。
文学っていうか、普通の記事とか詩みたいなものとかいろいろあるけど。
戦場への随行ってのが「ペン部隊」として知られているものの、現地の中国人に関しての同情と彼らが戦争に巻き込まれたらやだな…というぼやきを文章として載せていた人物が果たして戦争責任に値するかというと、まあそこも一網打尽に罰されたよー、と。
(これは尾崎士郎っていう人物ですね。)
あとあれ、宇野浩二だったかなぁ、とある戦地で現地の住人にいかに日本人たちと良い関係を結んでいたのかということのみを書いているそうなんですが、この人の場合、実際にはいろいろあったんだけどあの時点では良い部分しか書けなかったよね、という告白を戦後にしていることで「戦争に対しての間接的肯定をしていた」と認めている。
内容そのものは実際にわりと近い出来事があったみたいだし、文学的にもあるいは価値があるのではないかって言われてるみたいなんだけどね。
この辺は上の尾崎士郎って人物の研究者である『戦時下の文学』都築久義、でわりと広範囲に読める感じでした(リアルタイムで9月28日、一週間くらい前からちまちま読んでる感じです、あと残りはちょっと)。
この人は特に責任は問われてなかったんじゃないのかな。
 
で、無関係の人物は数人、いるかいないかなぁ、なんてことも言われてる。
個々の活動に関してどうこう言うつもりは私はないです、もう答え出てるしな。

3月13日めも。

文アルと菊池寛と戦争責任に関して、でその5くらいかな(数え)。
個人としての文士がどういう文学を書き、それが戦意高揚になったのかどうか、ということに関しては正直戦後の混乱を経てちゃんと評価されてるんじゃないのかね、私、そういうのを疑う気とかは全くないです。
一通り読むけど、読んで終わりだなぁ正直、興味はそこにないし。
 
で、その上でなにを調べようとしたのか、「菊池さんに関しては戦争責任があるって言われても仕方ないんじゃないかなぁ」と言っていたのかというと、集団の責任者という意味でのことなんだよね。
そもそも彼が文壇の大御所と言われている、というか大御所と言ったら菊池寛というまでの扱いを受けて結構な歳月が流れている時期で、その時期にそういう人物がとりあえず自分の周囲だけでも引き連れて軍隊に随行していたらなぁ、そこに続いた側はあくまで判断を預けてしまったというだけのことであって、細かい差異に関しては単に性格の違いに過ぎないんじゃないかなー、と思えるんだよね。
実際、戦時協力をほぼしていないのではないかと、逃避していた人として挙げられていた中に永井荷風やら谷崎潤一郎もいて、これは菊池さんとガチで揉めてた人物と(荷風さんのほう)、そこに私淑していた人物だったりするし。
いやまあ、単に体制大嫌いっていう性格もあったと思うけどねー。
体制嫌いだけど戦争時には協力しちゃった人なんかもいるし、まあねぇ、うん、いろいろありますな。
ただ菊池さんには拒否するチャンスがあったんだよね、最初からそういう話なのです。

3月14日めも。

文アルと戦争責任と菊池寛の話、で、6つ目。今まで前振り。
で、ざっくり、どこから彼と戦争への関係が始まったのかというと、前に子牛(@ついった、しかしこれは愛称)が引っ掛けて来た論文>
『文芸懇話会-その成立事情と問題点-』榎本隆司
 
これが該当しているのではないかと思うんですが、たまに言われている直木三十五氏がファッショ(まあ帝国主義とかいろいろ言われてるけど、この場合は植民地主義の肯定、軍事による支配の肯定みたいな)との関係があってね、という場合はこれですね。
この論文を読んだ時点ではよく意味がわからなかったんですが、『「文藝春秋」にみる昭和史』などを見ていても実際に軍人がよくインタビューなどを受けているものが当時の文藝春秋に載っていたみたいなんだよね。
その派閥は絶対とは言えないけどほとんどが「皇道派」と呼ばれていた人たち。
陸軍には派閥なんか存在してないよって言う人も同じ雑誌に載ってるけどねー、我々の派閥が全員追放されてから事件は起こったんだよ!! と発言してる人もいるしね。
すっごく大雑把に菊池さんの親友としてちょいちょい名前の出てくる直木さんがこの軍部ともつながる【文芸懇話会】というものを企画し、この時点では私的集団なものの、このまま戦中の大政翼賛会までつながってるように見たほうが自然なんだよね。
なんというか、文芸懇話会を直木さんに持ち掛けた松本さん(これが内務省)という人がその大政翼賛会の系譜の人なので、さらに言うと、この松本さんの上にいたのが近衛文麿っていう戦争開始時の首相で。この人が大政翼賛会を作ったんだよね。

3月15日めも。

文アルと菊池寛と戦争協力などの話、その7、かな?
文芸懇話会というのがえーと、昭和何年だっけか、あのあれ、多喜二くんが殺されたあとっていう嫌な感じのカウントされてるんですが、あと「徳田秋声が軍事協力を求められて蹴り飛ばしたところ、協力自体が消失した」という弩級な話もあるんですが。
(戦後、秋声が徹底的に黙殺されたのってそのせいなんだと、びっくりするよね…。)
 
この懇話会以前にはなんもないみたいです、菊池さんに関しては、直木さんに関しては知らんしそこはそんなに興味もないです。
正直こう、私はあんまり植民地主義自体をいいとも悪いとも思ってないんだよね…許せないというか言っては駄目だと思うのは「相手のために支配をしてあげた」だけですね、そこまで不純な動機じゃなくて自己防衛のために支配せざるを得なかったんだ、とかは別に気にならないというか、実際、そこまでは世界的にもそう揉めてもない印象。
よほど仲悪いとど突き合いの材料に使われたりはするけどね。
直木さんが支持していたのが植民地政策というだけなら、別に良いとも悪いとも。
個人的には油断ならない中国に注意! という層は善人ではないながら全く嫌いではないです(軍隊にも結構いる)、あまりにも遅れていて支配されることが幸福なのに理解出来ない愚かな国、という扱いをしている人たちは、なんかこう夢見がちだなー、と。
欧米支配よりも日本のほうが幾分マシなはず、と苦悩している人たちなんかはその真ん中辺り、一部極地で妙なこと言い出すので、夢想で軍事とか政治はあんまりしないほうがいいよね…というのが全てです、しかし嫌ってられない場合もあるからなぁ…。

3月16日めも。

文アルと菊池寛と戦争関係の話、その8。タイトルではないです適当です。
ここに至るまで菊池さん単体に関してほとんど触れてないんですが、正直、菊池さんが本当に触れてないんで仕方がない。
多分ですけども、皇道派の軍人は嫌いだったかなと思います、この面子の中に「中国は油断がならない」と「中国にとって日本支配は幸せ」といういずれも植民地主義の人らが入ってるみたいなんですが、私にとっては別物だけどヒューマニストにとってはどっちも同じようなものだろうしなぁ。
ただ、ヒューマニストにしたところで「欧米支配よりは中国にとって幾分マシ」には賛同する人らがいてもそんなに不思議でもない。
しかしだからと言って、上の人らを許容はしても好く必要もない。
その場にいるのに、軍人に対し質問を一個投げただけで全く存在してないように黙りこくっていたインタビューなども『「文藝春秋」にみる昭和史』1巻には載っていたりします、好意があるようにはとても見えない。
 
それとあと、植民地を持たない限り、欧州からの支配を脱することが出来ないのではないか、という意見に関しては、正直今に至ってもなんとも言えない部分がある。
その理屈を押し通した場合に「中国に感謝されるべき!!」は消え去るじゃないですか、要するに中国が油断がならないって言ってる層はこの発想だったと思うんだよね。どうも直木さんが属していたのがここ。皇道派軍人の一部もこんな感じ。
これはなー、どうも現代人が口に出して批判することでもない気がするんだよね。

3月17日めも。

文アルと菊池寛と戦争協力の話、その9。10で一旦終わる予定です。
で、菊池さんの派閥というか思考というと、多分なんだけど、新渡戸稲造さんて人がいまして、どうもこの人の影響を受けてるようなことを戦時中に言ってるんだよね。
(公的な発言と『武士道』という新渡戸さんの本を見ると普通にあれ、と思う感じ、そのせいなのか、武士道そのものを責める人もいるけど…。)
新渡戸さん系統だとしたら、そもそも、人間によく区別が付けられないタイプの人です、選民思想のないキリスト教徒というか(新渡戸さんはクリスチャン)、上とか下という発想がないというか、ヒューマニストというか。
なんか農民の立場に立ち弱い人間の側で良いことをしてたら先祖代々気付いたら投獄されていたということを、平然と「良いこと」として語り継いで来たお家の育ちです。
母猫に告げたら知ってる、有名だわーwww と大笑いされていた人です。
新渡戸さんにとっての武士道というのは、キリスト教がない国で宗教が精神修養をしない国でどうやって道徳心を養ったのですか? と聞かれた時の答えです。
本来の意図をちゃんと把握していたのだとしたら、戦時中に彼に即して物を言うってなんというか、だいぶ変わってるよね…。
菊池さん以外にも何人かそういう人らがおり(>武士道を口にする)、まあ、そうでもない人たちもいる、というのが戦時中の文士の動きかなぁ。
 
これを鑑みて、さてどうすべか、となると、もう当人の意図ではなく人の動きと働きかけを調べて、あとは触れないでおくべきなんじゃないかなぁ、としか言えないの。

3月18日めも。

文アルと菊池寛と戦争の話と、あと近衛文麿の話、で一旦は終了。
で、リアルタイム9月28日に近衛さんという人が、大雑把に文士への協力を申し出て来た人なのですが、戦争開始時の首相なんですが。
まあこの人が終戦工作をしていたんだよね、ということが至極普通に彼のWiki辞書の記事に載っているのを見付けまして、政治家の研究者すっげー!!! となってました、文士関係でもぐるぐるぐちゃぐちゃしてるし、財閥でも全然その辺のところが直視出来ていなかったのに、いざ本丸に行くとこのレベルか、と敗北感を味わってます。
 
そしてさらに、この近衛文麿氏は新思潮の第3次(芥川菊池が同人じゃなかった時の)の参加者であり社会主義に関しての文章を載せたために大目玉を喰らっており、そもそも新渡戸稲造氏に惹かれて一高にやって来た人物であり。
終戦工作をしていた人物、てことは、多分だけど、最初から最後まで一貫した意思の持ち主だったんじゃないのかなぁ…、その完遂能力が高かったとは多分誰も言ってくれないと思うんだけどね、周囲にいる人物も同じ系統の人たちが多く。
皇道派とのつながり(要するに植民地主義)があるためにマイナスに見られてるのも仕方ないんだけどねー、しかし皇道派は満州事変のあとに戦争拡大の意志がなかったってのは普通にだいぶ前から言われてるんだよね。
戦争を止めるための非常措置として考えると、まあ、うーん…。
自分の評価が汚れることはわかった上で、それでもってことかなぁと、今の時点で。
菊池さんもあるいはそういう人だったのかなぁ、とちょっと美化してるかなぁ?

Tag: とうらぶ・文アル雑記
(とうらぶ・文アル他、76)