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雑記:とうらぶ・文アル他、84

Last-modified: 2018-01-12 (金) 19:56:54

雑記:とうらぶ・文アル他、84

6月7日めも。

リアルタイムが12月9日、朝8時くらいで深夜から朝6時すぎくらいまで大音量で流れていたラジオが先ほど消えたのでまあ…多分…寝たんだと思うけど…、みたいな気持ちになっております。
とりあえず『日本文壇史』の2巻とか3巻をまとめてもいいんだけど、他にもあるかなぁ、とかぽちぽち考えていたんですが、戦争関係とかはちょっとまだ手が余るというか、妙に参考になってるのがあれ『文藝春秋にみる昭和史』の1巻なんだけどこれを説明するのにはまだちょっと足りないんだよな。
軍人呼んでたり政治家呼んでたり哲学者呼んでたりするんだけど、そういや菊池さんと近衛文麿氏との付き合いって結局続いてんのどうなの? とか(新思潮の第3次参加者の一人、この人のせいで同人誌が発禁になったってのが通説なものの、実際には他の人みたいね)(検閲コレクションの研究の人の本で言ってたんでまあ確かかと)。
元級友の京大に行った組なので、大学時代には薄くても付き合いあったんじゃないかとは思うものの、その辺はまだちょっとわかんない。
いや、この近衛さんが文藝春秋に書いていたよん、という随筆が昭和史の本に収録されてたので、その時点ではまあ、付き合い続いていたのか復活したのか…。
昭和初期の文藝春秋の地位がどんなものだか、ちょっとわかんないんだよね、いや、部数なんかを見て中央公論と双璧という段階に至ってはいるものの、一般社会からの地位っていうところはなんともなぁ。
 
というか近衛さんにしたところで特に政治に関係ない文章なので地位…時期、どうなんだろう、えーと、戦争に突入した頃の総理大臣です、近衛さん。

6月8日めも。

なし崩しに『文藝春秋にみる昭和史』1巻とその近辺諸々の話、2巻以降は戦後になるので触れるつもりはないですが、まああれ、芥川賞が社会現象となった石原慎太郎の受賞なんかはわりと面白かったけどねー。
(というかあれ、文藝春秋の社史と同時に読むのが面白かったです、そこで触れてる文章が結構載ってたりするし。)
ちまちま読んでてぎょっとしたのが軍人がいるんだよね、皇道派と呼ばれているところの人で(当人のことがわからなくても「皇道派」「統制派」をざっくり知ってればわかると思う、どこで触れてたのかは人によって違ってたけど)、直木さんが主にインタビューアーをしていて、菊池さんが口を開いたのは一回だけとか。
対立してるはずの統制派からも呼んでいることがわかったりとか。
恐ろしいものになると226事件(2回目のほうのやつ)のあとでその首謀者だと疑われた人が世間から隠されていたという話をしている中で、隠れてる時に近衛さん(総理大臣の、新思潮の人)がこんなこと言ってたんだけど! みたいなこと言ってたりとか、この人も皇道派の人で盧溝橋事件の段階では皇道派は現地からすでに追われていた!! とも言ってたりしました。あり、盧溝橋事件で良かったよね…。
 
つまりえーとあの、要するに226事件の首謀者であるとされた人は、近衛さんにも連なるような存在によって世間から隠されていたことを、戦後しばらく経ってからの文藝春秋で随筆として言及した、ということになるんだけども。
誰が隠したのなんで隠したの、隠されてる間の同派閥の動きも把握してるの、戦後しばらく経って誰が呼んだのなんでこの本に収録されたの、と、全てわかりません!!!

6月9日めも。

リアルタイムは12月30日です、ものすごく眠いです…。
あと、来月のシフトがどうなるか今からもう心配、最悪また職場を移ることになるのかもなぁ、とにかく眠い辛い(人が減ってるんだけど根本的解決ではなく根性論解決で乗り切ろうとしているので「自主的に辞める」しか逃げる方法がない、そしてじわじわと減ってる感じ、わりとよくあるよなぁ、こういうターン…)。
前日分の「文藝春秋にみる昭和史」の1巻の話をしていて、皇道派が関わっていなかったのが盧溝橋事件だったのかどうかがどうにも思い出せず、違う場合に語ってもしゃあない的な意味で1日分ばかり葬ったんだけど真面目にどうだっけ。
なんならもう一回借りて来るという手もあるんですけどね。
皇道派ってのは要するにファシズムだとかファッショだとか呼ばれているところです、うん、それは事実なのでどうしようもない。
 
というより、文藝懇話会とその後身である(と認められてもいないんだけどメンバーが共通してたらまあそう見做してもいいかなって、私の意見じゃなくてここの見解はばらばらなんだよね、で、一番説得力があると見做してる人らがそういう見解)、文学報国会と、あと一部文士のみが参加していた大政翼賛会。
これが全部皇道派とつながってるってのはわりと普通に言われているのだよね。
その派閥が、日米開戦の前にはもう戦争のきっかけ時点で関わってなかったよ!! ということになると、なんかかなり大きなところが動きそうなんだけど、誰か研究してないんだろうか、みたいな感じのだいぶ大きな話なのですよね。
なんで文藝春秋のまとめ本にそんな情報があるんだろ、わからん正直。

6月10日めも。

ぽちぽち戦争関係の話、12月時点の段階で『大衆文学の歴史』って本を読んでいて、これが比較的時系列で進んでいくので途中で戦争を迎えていたんですが。
すごくざっくり言うとファッショまではいるんだよね、大衆作家って。
ファッショ、もしくはファシズムというのはすごく大雑把に言うと帝国主義とも言われてますが、単純には軍事力肯定みたいなやつだよね。
結果としては植民地を増やすことの肯定みたいな感じ。
なんというか、「植民地を増やすことがなんで悪いんだ」みたいな意見の持ち主です、これを成すには軍事力がいるのはまあ単純にイコールでもあるんだけど。
 
これが悪かというと、欧州が植民地持ってるので、アメリカがその方針に反対していたり、だんだんそれを手放すことになったり、争いのきっかけになったりするので「植民地を増やすこと」は駄目なものの。
だがしかし、彼らは実際のところ持ってるんだ、減ってるけど(独立される)。
この植民地を増やすなってのに反対しているのがそもそも既存の植民地を持っていなかった日本とドイツ(あとついでに、大層弱いので持ってなかったイタリア)、みたいなところから話が始まるので。
ファッショが即座に悪かというと、若干迷うところはあります。
ただあれ、この植民地を増やさないという方針は主にアメリカはきちんと(そもそもイギリスから独立した側、植民地は持ってない)、イギリスは支配ではなく貿易によっての緩いつながりへと移行しようとしていたので、まあ、そこと対立しちゃうんだよね。
インテリにはファッショが少ない理由はそれで、英米を敵に回すのは損なんだ…。

6月11日めも。

昨日からの直接の続き、「英米は世界秩序を壊すって意味で植民地を増やすための軍事活動を止めようとする」ものの、まあ、もともと欧米が争っていて決めた理論に対してなんで従わないとならないんじゃ、というのはね。
悪かっていうと正直そこまで言い切るのはどうかなぁ、と。
ていうか、アメリカに言われただけならともかく、イギリスに言われても世界の半分が傘下って言うてただろ?! てのが本音でも責めにくいの。
インテリにこの発想が薄いのはアメリカやイギリスを直接敵に回した場合に勝てるわけがないので従うしかない、ということになるのです。
大衆作家の一部にもインテリがいるものの、やっぱり絶対数少ないからね。
多少緩めて国家主義者って呼んでおきますが(明治時代にいた人ら)、国家主義者が多いはずの大衆作家には本来戦争責任者が多くいてもいいはずなんだよね、吉川さんなんかもそう言われてたりしますが、彼も軍事偏向に対しての疑問は持っていない、歴史題材を書いてる小説家さんなんかにも多い傾向があったみたい。
あとあれ、直木さんなんかはファッショって言われてるよね。
 
が、なんでかその戦争関係者とされてる勢に大衆作家があんまりいない。
というか、文学報国会とか歴史ネタまとめてたはずなのに、なんでか歴史作家があんまりいない。
なんでだろう、と思ってたら最初に作った大衆作家も結構いる戦時対応の組織が、その後、後発の菊池さんが仕切った組織に地位を分捕られたようです…。
菊池寛に存在感で負けた、というえらい展開になっていたよびっくりしたよ?!

6月12日めも。

だらだらっと続き、ぶっちゃければ文士に期待されていたのは戦意高揚のための文章による鼓舞であり、軍事活動に疑問持ってない勢の作家が国の期待に応えて! と組織作ること自体に邪悪な要素があるとは私はあんまり思ってないです。
(ぶっちゃければ何回か言うけど「インテリならわかってただろ」なので、そういう教育を受けられる機会からなかったんなら仕方ないって思う口。)
なんでインテリ代表格みたいなところがいきなり割って入るのかしらっていう。
ていうかどうもその辺の不自然さが戦後になってアメリカ(日本国内で戦後対応したの概ねアメリカのみ、軍人や政治家は連合国で裁いたけどねー)の疑心暗鬼を生み出したんじゃなかろうかって気がしないでもないんだけどどうなんだろう…。
別の本読んでてもプロレタリア文学の転向者や哲学関係の学者まで余さず動員されていった恐ろしい…、と言われてるんだけど。
ただ、なんでそもそも国に協力する気だった人たちは置き去りにされたの。
ぶっちゃけ、格の違いというか、菊池寛が動員した勢のほうがはるかに豪華っていうか、大衆作家からは完全に別格の白木さんと中里さんだけ呼んだよ!! みたいな。
大衆小説よりも前から評価されてた勢と吉川さんしか呼ばれてない。
正直インテリとかインテリ寄りばっかりなんだよね、プロ文も基本的にインテリがほとんどの集団だし。
 
これなー、多分全体的に変なんだよなー、変なんだけど、これをどうやってまとめるのが正しいんだかがまだよくわからないんだよね。
どっちかというと政治関係の人のほうがもう名誉回復されてるっぽいんだよな…。

6月13日めも。

新年とっくに明けましたおめでとうございます、2018年1月12日、結局1月末までで離職する運びとなりましたが、最悪1月内で後遺症が残るほどの体調悪化にはならなさそうというシフトになって一安心です。
てか、ここの同じページ見てたら「職場変わるかも」というだけの心配になっていたんだけど、だんだん悪いことが基準になってくよなぁ、きちんと辞めれて良かったねって言われるような顛末となりました。
まあ、月末に潰れて文章打つような気力が湧いて来るまでにこのくらい掛かったんだけどねー、仕方ないね、身体壊してまでやる価値のある仕事って本当に一部だと思うんだよね、使うほうの意見は知らんけど(経営者の人とかなら対価に対しての労働があってもいいんだけど、末端の人間は自分を守るほうが絶対的に大事)。
 
じゃなく、なんかこのページはだらだらと戦時中に関してまだ曖昧なことに関して語っているようなんですが、あと読む予定を立てているのは近衛文麿に関しての数冊、こないだ菊池さんと郷里の友人で菊池さんが京大に行っていた時期にも友人だったらしい政治家(最高身分は大臣かな)のことに関してちまちまと調べていましたところ。
いや、あくまでなんとなくだったんですが。
ところがその菊池さんの「親友」が大政翼賛会に呼ばれていて思わず固まったんだよ、名前なんて人だっけあれ。
えーと綾部健太郎さんか、他に大政翼賛会には白樺の志賀さんと友人関係があった夜間学校をやってらした…有馬頼寧さんとかいるんだよね、白樺派と近衛文麿は京都学派の哲学の教授を介して多少の付き合いがあったんだって、で続く。

6月14日めも。

すごく大雑把に京都学派ってのは戦争協力をしたということで知られていて、ただその傾向は別にファシズムとかではないです、大正デモクラシーってほどでもないけど、まあざっくりリベラルだと思う。
近衛さんはもともとこの先生目当てで京大に行ったらしいです。
で、第三次新思潮に参加してわりとこう、社会改革っぽい文章書いて「あれのせいで発禁に」みたいに言われてたらしいです(実際にはどうも違うぽい)(あとこの発禁になった号にちょうど芥川の処女作の小説が載ってたんだと、はははは)。
よく考えたら当人が同人誌に参加してたことがバレてお呼び出し喰らったってからには発禁になった事情が自分じゃないことは知ってた可能性も低くないのか…、それも黙ってたんだろうな多分この人。
(んで、そう勘違いされてるとちょっと同級生とは疎遠になるかもなぁ。)
総合誌っていう政治や時事なども扱えるようになった菊池さんの文藝春秋とはなんかしらの縁があったようなんですが(なんか他愛ない文章書いてた、あれは知り合いとして頼まれてるわ多分)、その間のことは正直なところよくわからんのだろうな。
 
菊池さんの親友である大臣まで含めると、なんか知り合いか知り合いの保障した人くらいまでで大政翼賛会を占めようとしたんじゃないかってのが、じわじわ。
あくまでも外側から見た印象でしかないんだけど、なんか数珠つなぎ的にあくまで個人的な関係で戦争協力者になったケースって少なくないみたいなんだよね、文士も。
近衛さんには民間にも協力者がいたって言われていたりとか、なんか、やってたのかなぁ、妙に…妙に全体的に左かリベラル面子ばっかりってどうしても気になる…。

6月15日めも。

あと2日分でこのページが終わる感じなんですが、やっぱりあくまで曖昧なことだけで語ろうとすると結構キツいし、何回説明し直してもなかなか通じるような内容にならないなぁ、としみじみ。
書いてる分には思考のまとめくらいにはなるかなー、てとこなんですが。
結局のところ全体的な流れがよくわかっていないせいもあってどうもならないところがある、ぶっちゃけいくら読んでも「なにと敵対しているのか」がよくよくわからないんですよね、せいぜいわかってきたのは皇道派は戦争責任押し付けられてるけどそうではないと戦後になって主張しているんだ、とか。
内務省がどうも敵って決まったわけではないのかしら、とか。
(近衛さんが主導していた「新官僚グループ」ってのがありました、これが皇道派と結び付いてたってのはわりと普通に語られてる、皇道派が諸悪の根源なのかどうかは正直意見が別れているもののそこはよほど疎くない限り変わらないようです)(ただ文学ジャンルだとそもそもそこまで踏み込んで語れない人が結構多いけどね☆)
 
統制派と皇道派がいて、皇道派が悪ってされてたんだけど実は統制派だったんじゃないかっていう説もないでもないんだけど、そこからもまともな人が文藝春秋に呼ばれている、てことはそれ以降の変節したってことなのか。
そもそも515事件とか226事件って実際なんだったのとか(通説と違うらしいところまではわかったそれ以降がわからない)。
なんで私、こんなことしなきゃならないのとか。
内務省を調べないといっそ次に進まないんじゃないかな! とか、いろいろ。

6月16日めも。

あとこないだ検閲に関しての本の2冊目を読んでいたんですが、どうも検閲コレクションでは触れていなかった昭和初期の頃に関してで苛烈さを極めていたということはあくまでもなんとなく当時の状況を語った人などで知られるのですが。
(多分だけど戦後に証拠隠滅をしたためかなと。)
内務省と話を付けたはずなのに何度も検閲される、というその状態が本当に制度上の検閲だったのかなぁ、というのが正直な感想になってるんだよね。
日本に限らんとよくあるんですが、自分の望みを果たす、というかざっくりと自分よりも立場が良い人を陥れるために状況を利用しようとする一般人てのはどの国にもどの時代にもいるもので。
昭和初期に荒れ狂ったのってそれも混ざってるんじゃないかなー、と。
まああれ、昭和3年の時点で普通選挙(男子成人であれば選挙に参加出来るやつ、それ以前は税金で左右された)が始まるので、それの前に神経質になっていたりとか、関東大震災の時点であれやこれやと殺害事件があったのも関係あるのかなって気もするんだけどね、ぶっちゃけ、芥川が自殺してますが、それがわからんでもないなっていうレベルに酷いですね。
菊池さんなんかも知ってた労働者で戯曲家の人も関東大震災の時点で殺されたしな…。
(なのでまあ、震災後に小山内薫さんが「日本人の脚本はもう演じない」って言ったことも一概には否定しないです、彼の弟子だったんだよ彼の。)
 
全体的にこう、情報は集まってるんだけど、まだまだだよなぁ。
敵対していたものがね、なにかって…まあ、やっぱり庶民もいるのかな。

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