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雑記:とうらぶ・文アル他、90

Last-modified: 2018-03-01 (木) 18:46:32

雑記:とうらぶ・文アル他、90

8月6日めも。

『日本文壇史』の5巻のまとめを、そろそろ大概。
1巻はさすがに新聞の誕生から追いかけ、2巻で小説が誕生するまでを(多分国文学なんかの観点から見ないと駄目なんだろうね、言文一致は小説の問題じゃないわけだし)(書き言葉と読み言葉の接近みたいな意味なので多かれ少なかれどこにでもある、書き言葉がまだ漢文調なんだよね)、で3巻から4巻辺りでなんともぐんりゃりしてたって記憶があるのですが。
うーん、なんでかな。
ただ、このぐんにゃり感は自然主義となってく花袋と独歩さんのお寺暮らしなんかに関してはほとんど感じなかった、というか、「確かにこうだったんだろうな」と思えたし、5巻で亡くなってしまう樋口一葉さんなんかもさして気にならない。
なんだろう、この辺は多分傍目から見てもそんなに問題なくストレートに解釈しやすいんじゃないかと思うんですが(独歩さんなんかは挫折したインテリの典型で、別にどの時代にも珍しいものじゃない)。
多分あれエピソードの解釈が妙に作られてるのが気持ち悪かったのかも…。
赤ちゃん言葉で動物にアテレコしてる番組みたいな。
露骨に首傾げてるとか、明らか飼い主に全身で甘えに行ってるとか、解釈ブレない時は別に気にならないんだけどね!! という感じかも。
 
多分なんですけども硯友社筆頭のあの年代って、身分の違いを意識してるはずなんだよね、文壇史以外のところでは正直ちょいちょい見るし。
そう解釈すべきところを性格で無理に理屈付けてるのもあったのかもなぁ、と。

8月7日めも。

日本文壇史の続き、リアルタイムは2018年の2月28日。
例えば5巻でついに亡くなってしまう樋口一葉さんなんてのは、あれは元武家の娘さんで、牛が怒っていたことがあったんですが、祖母だったか母だったかが教育を受けさせることを拒絶したので学校は特に行ってないんだっけ。
個人的には「あの時代にはしょうがないかも」としか言い様がない。
結婚相手がな、どうしても制限されるんだよね、学のある女。
(めっちゃ簡単に言うと格上男としか結婚しないのが通常なので、これは現代でもあるし、まあ、一概に悪いとはなぁ。)
ただ、彼女がのちに父親を失い媒酌人をなかなか得ることが出来ない立場となってしまった時に(ちょくちょく愛人に、とか妾に、と言われるのはそういう理由よね要するに)、正直言えば教育受けさせておけばあるいは早死にしなかったかもしれないな、とは思わないでもないかな…。
というこのつらつらっとした語りも、今まで蓄積した知識によって行っております、さすがに10年来近代は読んでるからまあまあ多少は。
 
ところがこの世代の理解に面倒なことに、日露戦争が終わった段階で学問やってて当然じゃん時代みたいなものが来てしまい、どうも世代の価値観が丸ごと伝えられなかったらしく、私なんかが読めるようになってた情報に関してもあんまり古い研究ないんじゃないかなぁ、風俗研究っていっつも一番最後に発展する研究なのよねぇ…。
というか、むしろあれ、ドラマとか小説とか漫画とかがヒット飛ばして女の子たちが参入するほうが早いと思うわよ風俗研究、身分格差はいい題材だから…。

8月8日めも。

一葉さんに関してはわりと文アルのゲームが始まった頃に「身分の違いによって鴎外さんが葬式への参加を断られ」という逸話を聞いたことがあったんですが、一葉記念館だとこれが全然違う内容で、まあ要するに「葬式への馬での付き添いを申し出られたものの、葬式の格式があまりにも釣り合わないので辞退した」となっており。
あれですね、当時の葬式がお棺を担いで複数の人で街中を進んでくスタイルだってことを知ってるとなんとなくわかるよね、これ。
多分その記念館と同じネタが元なんではないかと思うんですが、先の逸話も。
いや、当時の葬式を知らないとなんの話かわかんないよね、ともなるんだけども、無理に知らないことを解釈しないで欲しいってのはあるなぁ、どうしても。
というか、一葉さんと鴎外さんだと身分違いでもないよね、二人ともそれほど格式高くない士族の子息だし。
まあ、葬式に出る他の面子と釣り合いが取れない可能性なら…ないでもないんだけど、もともと付き合いかなり被ってる…。
確かに鴎外さんのが偉いけど、いや、一葉さんが鴎外さんの政治家混ざってる冠婚葬祭に参加するのが場違いってんなら話は通る、逆はないんじゃないかなやっぱり。
葬式代があんまないです馬はちょっと! 以上の話はなかったんじゃないかしら。
 
いやいきなり葬式の話になってるんだけども、彼女が困窮したのが低い身分の女性だったから、というわりと一般的な説明だとなんかあとあと困るかなー、と。
ぶっちゃけ町人に生まれてたら父親死んだくらいでどうこうビクともするようなことないからなぁ、江戸時代の女は働くのが一般的、再婚もめっちゃ日常。

8月9日めも。

毎回一体なにを書いてるのかがわからなくなりかけて、ふと思い出したのが『放送大学』において講義を初回から見る時、よく一般的にはこう言われてるんだけどよぉ! というメンチから始まるのを思い出して、あ、あれだわ、となっております。
なんというか、ちゃんと前もって排除しとかないと。
またその「典型的勘違い」ばっかり知ってる人ってのも結構いるもんで、なかなかあの頃は面倒な思いをしたなぁ。
一葉さんなんかはまあ、実害とかはないのかな。
ただ正直、庶民さんなのかと結構長いこと勘違いしてましたね、実際、そう言われることはないんだけどな、武士の家って言われることがあんまりないってだけで。
(当時はそこまで身分が重要ではないので略されてもそんなに問題はない。)
ただ、困窮していて学問がある文士の世界に来てしまった以上、ある程度詰めておかないとのちのち事態を理解するのに詰むよな、てのが実感。
いやまあ、『日本文壇史』みたいな、最初期から関係者に話聞いたみたいな本は正直しょうがないけどね、あの本が間違ってるんじゃないかってのが要するに時代の変遷により、一時代前が自分たちと違うって発想がないやつじゃないかな、という推測をしているわけなのですね、ただ、菊池さんらの時代にはまだたまに身分出てくるんだよな。
どのくらいの時代にほとんどなくなったって言えるのかなぁ。
 
という、どの時代にどの意識だったのか、という分類をしているのも、今後資料を読んでいく前提なんですけどねー、同時代は特に生資料なので、生資料を準備せずに読んでも解釈出来るわけないっていう、まあそんな方針。

8月10日めも。

だらっだら身分に関して触れてたんですが、正直なところ、一葉さんてのは実際のところなんだろうねあれ? 現代人が見たほうがむしろ他の作品との格差がわかりやすいんじゃないかと思うんだけど、ぶっちゃけて全くスタイルの違う紅露二者なんかはさて置き、突出してるとしか言いようがない。
女の身ながら、という表現されてたんですが、同時代の作品読むと単純な誉め言葉だってのはなんとなくわかるんじゃないのかなぁ。
なんかもう、一人だけ違うんだよね、しかも傑作が複数ある。
だがしかし、彼女は漱石さんではないんだよね、次の時代の扉は開かなかった、彼が登場して以来、書き手のほうがぐん、と増えたみたいな現象にはならなかった、どこに落とし込めばいいものかはちょっとよくわからない。
というか、他の分野にも女性の芸術家の登場はあるのですが(歌舞伎なんかが印象的だったな、女優は比較的穏当だったんだけどね、まあ)、多分文士が一番きちんと受け入れられたんじゃないのかなぁ。
なんというか、女のほうが優れてるってされた時に、殺意を向けるのがわりと一般的だったみたいです、いや真面目に刺しに来るの。
 
が、一葉さんの場合は鴎外さん率いる評論同人グループがあんたが大将!! と臆面もなく認めてしまい、鴎外さんなんかは彼女が死ぬまで尊敬を欠かさなかったっていう、ぶっちゃけ、ただでさえ偉い身分の彼が味方に付いたのが理由じゃないかと思う正直。
こないだ少女小説の初期を読んでたら「たけくらべ」が出た直後にお転婆女死すべし!!! っていう作品があったらしく、そのくらいかな、あは(*´∀`*)☆

8月11日めも。

昔、なんだっけ、放送大学の文学関係の講義を見ていた時に一葉さんが取り上げられていたんですが、彼女の世界は非常に狭く、その狭い中から外の世界を夢想したが、結局彼女はその狭い世界の中から出る作品は描けなかった、みたいなの。
そもそも文才はあった人らしいんですが、なんだっけ、良家の子女が本来行く短歌かなんかの教室に、才能のみで参加を許されていたとかなんとか。
しかし単純にそういう意味だと、同時代の男を軽々と飛び越えてった理由にはならないよなぁ、教育受けてる文士らのほうが条件は良いはず。
天才なのか、と言われると、なんか正直、こと小説においては天才ってのは世に出るまでが早いとかそういう意味合いしかなさそうな気がするんだよね、世に受け入れられなければ人に共感を得なければ駄目というか。
売れてたのは紅露ですね、自然主義はちまちまと牙を磨いていた。
ああでも、自然主義らは樋口一葉よりはあとで花開いたってことになるのか。
 
そもそも小説というものが存在せず、江戸時代の読み本みたいなものの復活したのが紅露なんだよな、文章もだけど題材も昔に寄ってる(同時代要素もあるけどね、書き方が書き方なので古い題材のほうが自然だよな)。
一葉さんってあれ、作風って意味では全く自然主義らとは違ったけども、自分の環境をそのまま書き写すことによって小説を作り上げるって意味では似てるのかなぁ。
彼らと彼女の作風の違いって要するに、生きる世界の違いだよね、要は。
そういやあれ、一体なにをどうすれば、なにを書けば小説になるのかからわからない時代なんだっけ、あるがままを書いて作品にするってのも一大転機だったのかなぁ?

8月12日めも。

そういやそもそも各社がだいたい一人二人の名物記者によって支えられていたような新聞が一気に発展したのが大量の政界からの下野のあった事変などっていう説明がされていたことがあったのですが、あったんだよ、どのジャンルだっけこれ。
いや待って、私、近代史でもあれこれ分野移動してるからそろそろどの分野でなにが常識だったのかとかそういうの忘れて来てるんですけども、まあ、正しいほうが勝つんだから忘れてもいいよねっていう気持ちもないでもないんですけども。
じゃなくて。
要するにやっぱり新聞はさすがにインテリが主で作っていくんだよ、と。
たまになんか、教育もないけどすごい人がいるんだ、いるのは認めるんだけど、それだってなんかしらの機会に見識は得てるみたいだしなぁ。
(実学である程度以上からはなんとかなるけど、ある程度まではさすがに与えられないとなんともならないというのは歴然としてあり。)
 
学校に通ってなくても、もともと役人だった武士の家ってのは、たまに親から子へと知識が伝播してたりするんだよね。
で、そういう強みしかないので、大抵学校にも通います、親から違うし、役人にならないと商売のほうはあんまり上手くないので結構必死。
だがしかし、こういう学校に通う中にも町人やら名字帯刀は許されてるものの名主って呼ばれる元農家の地主などにも単に頭のいい層がおり、それが尾崎紅葉だったり(町人)、夏目漱石(名主)だったり。
この辺の理解がなー、理解が、一葉さん多分文才は家族譲りだよな多分。

8月13日めも。

一葉さんがメインだった日本文壇史の5巻のはずなんだけども、多分身分の問題などは文壇史には頼れないのよねぇ、みたいな話をぱらぱら。
こないだ文壇について語られていたのが、そもそも文士というものが役人になれなかったインテリ崩れの集団である以上、というようなことが語られていたんですが。
紅葉先生ってご当人が町人なので多分違うんだよね、あの人はどうもなんとなく、なんか向いてるからって進学してったんだと思うんだ。
で、周囲がなんか武士崩れが多くて、しかも役人になれてないところで、役人になってから頓挫して戻って来られた方なんてのもいたりするんだけど(広津さんだよ、広津父って呼ばれてたりもするね、荷風さんのお師匠さん)。
だがしかし、一日前の内容に立ち戻ると、新聞もそういう政治的に破れた人間が書いていたりとか、まあ体制の提灯記事を書かせていたりすることもないでもないものの、どうもそういう提灯は人気が出ずに頓挫する。
普通に面白くなさそうだもんな、敗者が書いてたほうがいい。
 
そんなところにある日大規模政変が起こり、一流の人材が流れ込んできて、なにが起こったのかというと、どう考えても新聞のレベルの底上げが起こったと思うんだよね、そして、全く逆に最初から庶民が読めるようにって簡易な文章の新聞なんかもそれに追随して出てきたと思うんだよね、新聞の価値が上がったからこそ「俺らも読みたい」って自然な発想だし、そもそもある程度売れないと商売として本気を出す人もいない。
小説がそんな中から生まれて来て、新聞が逃避場所ではなくなったインテリらが流れたってこともあるのかなぁ、と。

8月14日めも。

作品単位じゃなくて、人間単位や教育や、小説がそもそも必要されているのかどうかって単位で考えたほうがいいんじゃないかなって話なんですが。
新聞がまず発達してってむしろ庶民が読むようにもなった。
そうして、その庶民が読むものの社会面記事があまりにも露悪的になって問題視する人がおり、最初から創作にしようという話になった、海外の小説のあらすじを記事にしてた、政治小説が翻訳されていたってのも多分これとほとんど似たような時期だろうね、しかしそもそも人々は露悪的な事件記事から読み始めた。
そこで同時代の人が気にする特別な、それこそ文士らを含んだインテリらの生活を描いた小説が書かれた、レベルはさて置いて、同時代にはそれ以上のものを望むと正直また頓挫しそうでお勧め出来ない。
これが逍遥さんの『当世書生気質』、この作品は当人の否定はされてしまったものの、それから数年であちこちの新聞でパクり作品のようなものを生み出したらしいです、あんまりよくはないかもしれないけどそのくらい見逃せ文化の黎明期だ。
 
こっから次の世代が生まれていく、揺れ戻して江戸の西鶴、人情ものに題材を取った漢文に近いような文体の紅葉さんやら露伴さんが一定の安定を収める。
その世代のさらに次が自然主義。
逍遥さんが生み出した世代の中で、自分の世界を見つけ出すことが出来たのが一葉さん、てとこかなぁ。
で、彼女の自分の見ている世界の中だけで完結する話を、それでいいのだと受け継いだのが自然主義かしら、でもこれ、当世書生気質の直接の系譜ってしてもいいのか。

8月15日めも。

ああでもないこうでもない的なことだらだら書いてたんだけども、実際、彼女の同世代の文士らは彼女を取り巻いていた青年らも含めてほとんど名前を残すこともなく、下手すると一葉さんと縁があった男性としてしか思い出されないような桁で扱われたりとか、なんともこう、切ない感じになってくので本当に言うことがない。
それこそ数人の自然主義が誕生するだけなんだよね。
まだしも崩壊してったとされる硯友社のほうが、のちのちまで記憶に残る人がいたり息子が頑張って父親の本出してたり、編集の世界で弟子が多く生きていたりと残っているものが多いんだよね。
そして、この世代に関しては、文壇史の分析というか、解釈に特に異論はないです、読んでいても全部を信じるわけではなくても、これは、こう解釈するのが自然なんだろうなって思うしかない。
 
あれ、結局研友社だと武士の家系とそうでないのがごっちゃなんで違和感あったんだな、となるんだよね、多分ほぼインテリ元武家で構成された一葉さん近辺は、身分差による軋轢なんてのも起こりようがないし、生活レベルの階級って意識はのちのちまであるし。
皆が落ちぶれたインテリ、一人輝くことが出来たけど力尽きた一葉さん。
とりあえず、米びつが空になってお金がなんとか貰えたその日に連れ立って芝居に行くのは止めたほうがいいと思う、ということだけは切実に。
教育、受けておいたほうが良かったと思うんだよね、マジ。
当時はそんな教育進んではなかったかもだけどさ! 明らかにこう、なんらかの常識がすっかんと欠けててだいぶ辛い思いを、させられました…勿体ない。

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(とうらぶ・文アル他、90)