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雑記:とうらぶ・文アル他、91

Last-modified: 2018-05-13 (日) 23:48:06

雑記:とうらぶ・文アル他、91

8月16日めも。

リアルタイムで2018年の5月13日です、多分、これ書き終わる前に日付けが変わらなければ、とりあえず何日も寝続けてようやく出掛けてもいいかなとか本を読んでもいいかなみたいな調子にはなりました。
メンタルにがっつり傷の入るようなことってやっぱりあんまり気楽に引き受けるべきではないのかもなってこう…なんか、そういう感じの状態です。
 
とりあえず最近で一番の収穫は『キングの時代』かなー、なんか今までいくら読んでても茫洋としていて意味がわからなかった戦時関係の出来事が講談社を省いて描かれていたからだったのね、ということがかなりわかりました。
一応まあ文學報国会ってのがあるんだけど(これが直木さん→菊池さんの主導になるのでこっちだと菊池さんの比重が大きいのは仕方なかった)、これがあんまりGHQが重要視してなかったってのはもうWiki辞書さんとこに書いてあったしね。
いろいろ読んでみましたが、この見解でいいんじゃないかな。
文學報国会から大政翼賛会へと連れて行かれた数人に関しての処罰(公職追放ね、パージとかホワイトパージとかも言われてる)があるからちょっと混ざってることもあるんだけど、この文學報国会が「大したことをしていない」のも事実っぽいし。
なんというか、延々と権力闘争したあとでなんか地方行脚と歴史書みたいなものをまとめていたとかそんな感じらしいです、この歴史書のレベルは若干低いかもしれないけど、別にそんなことは罪じゃないし!!
なんでレベルが低いのかというと、あの、専門家がいなかったみたいで。
しょ、しょうがないよね、なんの話だか忘れかけてるけども。

8月17日めも。

で、ざっくり、そもそも戦争前に講談社の野間さんと菊池さんとあと阪急電鉄の小林一三さんが情報部に呼ばれてまして、そっからなんか国と関わるようになっていたようです、これも正直、野間さん関係以外で見たことないや正直…。
阪急の十三さんが戦時内閣に参加してたのはぽちぽち聞いてたんだけどねー、あとあれ、東急の五島さんもいたんだっけなんか記憶薄いわね…。
五島さんが公職追放受けてたのは覚えてるんだけど、えーと、あ、やっぱり十三さんもそうなってるね。
 
この野間、十三、菊池の三人というのはどうもメディア対策の中で特に映画を重視した結果そういうことになったらしく。
地位名とか細かい話してたんですけど忘れた!!
野間さんは結局戦争前に亡くなってるので(この時点でやたらと菊池さんが惜しんでたのはなんとなく知ってた、しかし、えっらい拝金主義だったはずなのに菊池さんの思い出だと麗しいわねずいぶん<『話の屑籠』)、菊池さんが自分は表に出ずに雑誌系列の人間を引き連れて文學報国会を作ってそもそも手元にあった「日本文藝家協会」を解体してそこにどーんとくっ付けてたみたいな経緯みたい。
小林十三さんはまあ、内閣のほうに入ったので大映(戦時統制下の映画会社)を引き受けたのも菊池さんになったんじゃないのかなぁ、あー、うん。
やっぱり菊池さん、自分が罰せられる分にはある程度覚悟してなかったかな…。
逆らえなかったんだとしてもさすがに地位高すぎるからなぁ、まあ、この辺でわかるのはあくまでも当時の地位だけではあるんだけどね。

8月18日めも。

引き続き、『キングの時代』を読んで今まで戦時関係の文士の事情と埋まった事情いろいろ、というか、要するに講談社という存在を完全に無視していたので菊池さんがどういう状況にあったのか身内でもよくわかってなかったんだろうね。
(ただ、当の野間さんが亡くなってるからそこはなんともなぁ、野間さんが引き受けていたことがだいたい菊池さんのほうにスライドしていた感じ。)
(菊池さんだけ見てるとなんか突飛な気がするのも正直なところわかる。)
 
で、前から読んでいたもののいまいちわからなかった「A級戦犯出版社」「B級戦犯出版社」というのは戦時中に戦場に関しての特集を組んでいた雑誌が主に挙げられていたようです、いや、そんなのは、別に…。
『キングの時代』で触れられていた内容では、その特集を目当てに家族が肉親の写真を求めて買い求めたとか、手紙が公開されていただとか、だんだん特集写真の風景がぼやけていって人物がわからなくなったなどの経緯とかそんな諸々。
あの…、多分現代人の感覚からするとそれは罰する必要が、ないんじゃないかなって内容なんだよね、多分GHQもそんなところなんじゃないのかなぁ。
結局「一定の地位にあった者ら全て」が一律に公職追放されるって措置になったってのも、むしろ国内世論を押さえるために行われたんじゃないかって思ってるんだけどね…。
泥仕合がなかったら、もうちょっとマシだった気がしてならない。
この辺に関してはなんかもう、泥沼にもほどがあるのであんまり自信はないですが、大政翼賛会、内閣、と切ってたGHQ見てるとベクトルが違う気がって程度。
この機会に上を蹴り落そうって人らもまあたくさんいて、はははは(*´∀`*)

8月19日めも。

『キングの時代』引き続きです、戦時関係以外。
キングってのは多分文学史を読んでるとなかなかお目に掛からない内容なんじゃないかと思うんですが、まああれです、「史上初100万部売れた雑誌」としてそこそこ有名です、単行本って100万部到達してたのかなぁ、ううん自信ない。
文学史で部数ってタブー扱いなのか全く出てこないんだもんマジで。
えーと、大正15年の創刊でしたっけ、円本ブームの末期だね。
 
これはこの本ではないんですが、菊池さんが円本よりも前の廉価販売を始めたのは自分じゃないかなー、と語ってることがあるんですが、そういう意味だとキングもその範囲内ってことでいいんじゃないのかなぁ。
そもそもこのキングって初号から60万部だっけ? そのくらい売れたみたいなことを言われているらしいんですが、どうも有識者からの指摘があるように、半数ほどは返品であってなんらかの誤魔化しが行われたと認識しても良さそう。
実際のところ、実売自体がよくわからなくなっちゃってる可能性もあるけど。
(しかしそれでも初号で30万部なんだよな。)
ただ、100万部、そこからさらに150万部なんて辺りではもう誤魔化しが効かないというかそこまでやっても意味ないしね。
「売れたんだよん」ていう触れ込みで人を呼んだ、となると、まあ確かに若干の誤魔化しではあるけど現代人にはむしろそんなに違和感ないんじゃないのかなぁ。
キングにいたのが吉川英治さんで、初号のトリを飾ってました、ありゃ、思ったよりずっと大事にされてたのね吉川さん…ごめんキングが調べにくくて。

8月20日めも。

『キングの時代』に関して、あと、他の本で読んだキング関係諸々。
キングってのは基本的には大衆雑誌ってことになっています、載っているのは、時代小説なんてのもあるけどあとはなんかごった煮みたいに軽めの随筆みたいなのもあったんじゃないのかなー、正直、説明読んでるとかなりごった煮ってことしか。
講談社自体若干そんな節がないでもないんだけどね。
もともとかなりガチな政治雑誌で、政治と大衆向け!! みたいな結構はっきりした感じのところです。私は嫌いじゃない。
 
今まで見た中だと吉川さん、講談倶楽部時代から書いてるんじゃないかな。
かなり高額報酬(千円だって、二千円で二階建ての家が建つ時代だわよ、そもそもこの依頼そのものも将棋の賭けに負けて「千円なら引き受ける」って売り言葉に買い言葉したら野間社長がどーんと、太っ腹~)で依頼した菊池さん。
あとどうも人物伝を書いていたらしい武者さん、雑誌を収蔵しているところで秋声、犀星辺りを名前だけ挙げていたのを見たことが。
吉川さんと菊池さん以外はまあ偶然見たよって程度のことなので、他にもいそうだし、どのくらい書いてたのかもちょっとわからんです。
菊池さんは結構作品書いてるんだけど『キング~』の中で講談社を嫌ってるってことがかなりはっきりと明言されてるんだよね、とはいえ、この人は嫌ってるものに対して攻撃することがないので(評価してるものの欠点には言及するタイプ)、あくまで友人との会話なんだけどね、キングの批判者として菊池さんの名前を挙げていたので、結局あとになってバレてたかもなぁ、という気もしないでもない。続く。

8月21日めも。

『キングの時代』と菊池さんの話、とはいえ、まだほとんどその部分はつながってないのでよく言って仮説か、もしくは妄想みたいな内容。
そもそも菊池さんてどうもあんまり自分の趣味の話はしないんですが。
多分この人、「歴史小説」が好きなんだよね。
ただ、史実重視というか重厚というか、なんちゃって時代劇みたいなものはあんまり好きじゃないんじゃないかな。
これはまあ、私も似たような趣味者として周囲にごろごろいるから普通にわかります、似て非なるものって切ないんだ本当…。
(ただだんだんこの辺はがばがばになっていくのも趣味者としては一般的で、なんというか、選り好み出来なかったりもっとひどいものが流行るとそれよりも幾分マシなほうへの評価が上がったり!!)
 
というかぶっちゃけると、菊池さんの学生時代って真面目に歴史作品ないんだよね、なんかもう戯曲に若干史実重視で人気いまいちだった系統くらい…。
歴史好きだけどー、それじゃ食べていけなーい、みたいなことを言っていたのでこの辺を頑張って調べたから多分そんなに間違ってないかなと思う。
あと、メリメとスタンダールって芥川が菊池さんの影響で読み始めたってことで何度も名前を見てるんだけど、これも歴史ものとなんかプレ歴史ものみたいな感じ。
現代ものでも限られた環境下とかだと好きなのかしら? 適当だけど。
(スタンダールが僧院ものなんだよね、まあ、同時代でも古臭いちゃあ古臭い、あと、歌舞伎舞台の作品とか書いてたよね、あれも制約大きい世界観だよなー。)

8月22日めも。

『キングの時代』と菊池さんの話、というか前日分は菊池さんの話しかしとらん。
すごく大雑把に言うと講談社のことを嫌っていて、大衆雑誌を作るからあっちには書くなよ! とまで友人(知人?)に言ってた菊池さんだったんだけどね、キングに最初に書いたのはまあ賭けに負けたあと、吹っ掛けたつもりで相手がどどーんと太っ腹(野間社長かっこういいー)で引き受けちゃったから引くに引けなかっただけだろうな、ということがなんとなくわからんでもないんですが。
その後、講談倶楽部にまで書いてるんだよね。
この講談倶楽部ってのはそれなりに古い雑誌なんですが、えーとだから、吉川さんが参加してたりするんだけど、もともと漫談を速記で書き起こしたものが「講談」と呼ばれてまして、その後、「書き講談」と言われる最初から文字として書かれたものへと発展していくんですが、この最初のきっかけが講談倶楽部。
浪曲だっけ? まあ、漫談以外を雑誌に載せてたら速記者に反乱を起こされまして、じゃあ書き講談で行くぞ! みたいな感じにシフトしてったらしいです、新講談って呼ぶのが多分正しいんだと思う。
 
で、歴史好きだけど菊池さんはこれを読んでいる様子がない。
もともと舞台仕様や語りだと仕方ないんじゃないかなって気もするけどねー、せめて語りで見たほうがなんぼかマシだよな(ただ庶民はそもそも漫談に付いていけない人も多かったのでそれを詳しい人に解説して貰うって楽しみ方だったらしく、文字になってても特に問題はないし、まあ、いかにもレベル低そうだよね、無理もない)。
ていうか今度は講談社の話だけになったけど以下次号!!

8月23日めも。

『キングの時代』があんまり関係なくて菊池さんと講談社の話続き。
というか参照にしたのは菊池さんの作品年表みたいなやつなんで、本当にあんまり関係ないね!!(講談社社長との付き合い結構ガチだったんだな、というのはこの本で読んで改めて考え直したとかはあるけどねー)
 
すごくざっくり、キングに参加することになって、あんまり好きじゃなかった野間社長なんかとも付き合うようになって、キングにも何本か書いてるってのはまあわからんでもないんですが(インテリのキングの感想聞いてると、なんかほぼ菊池さんの名前挙げてたね、そこまで作品数多くもないような、あと一人挙げてる人が多くてそれはばらばらだけどそういや久米さんも挙げてる人いたっけか)。
その後、講談倶楽部にも作品を書くようになっていまして。
さらに謎が深まってる。
あくまで多分だけど、菊池さんが何本か書いてる仇討ちものってこの講談倶楽部の作品が少なくないんじゃないのかなぁ、すんごいぶっちゃけると仇討ち関係はシチュエーションがわかりやすいのでわりと誰でも読めるんだあれ。
てか、昔読んでいた本で講談倶楽部じゃなくて改造になってたけど、直木さんと仇討ちネタ書いてたったのもこれじゃないのかしら、違うかなぁ。
もっと言うと、菊池さんが講談倶楽部で書いていた作家を何人か新潮社を紹介していたのを読んだことがありまして、全部情報ばらばらでつながってないんだけど、あれか、時代小説そのものの底上げを図りにいったのかなー、この人、みたいな。
それはなかなか欲望に忠実でいいと思います、どうなんだろうね実際。

8月24日めも。

『キングの時代』と菊池さんの話、もろもろ。
正直なところキングそれ自体もわりと面白くはあったものの、大衆雑誌というものがあんまり数がなくて(成功したものがって意味なんだけど)、あくまでキングの事情って風情なのであんまり今の私には他と組み合わせられないんだよね。
少年雑誌、婦人雑誌などが理解出来るようになったらまたおいおいかなー。
 
で、本題。
講談社がキングの少しあとに大衆雑誌として『冨士』って本を出してまして、これは戦時中のキングの名前でもあるんですが、なんか知名度がさらに落ちるらしくて結構調べるの大変でした。
ここに、初代編集長さんて人がいましてね、いや冨士の。
吉川さんに入れ込みすぎて他の出版社で仕事するのを嫌がってしまったために辞めさせられたということがあちこちを継ぎ貼りするとわかる方でした。
ああ、吉川さんの伝記にも載ってたけど、あの、編集長だったの…。
あとあちこち読んで同じく継ぎ貼りしたんですが、キングの初代編集長も講談社を辞めて新潮社のほうの大衆雑誌を任されていたようです菊池さんと将棋の勝負をして、キングに連載勝ち取ったって方です。
なぜこの二人の情報はやたらと分断されてるの? というのがわからない。
ところで吉川さんが「誰かに誘われて」新潮社に紹介されてるんですが、これが誰かがわからない、そして反対したとされる冨士の編集長はクズ屋という紙の買取りを行う職業へとなっていたらしいです、なにかは、あったよね、これ。

8月25日めも。

『キングの時代』がなんかもう関係ないけど菊池さんの話。
で、前から何度か触れてますが、菊池さんは講談倶楽部から新潮社への作家の紹介を何人か行っています、これは大衆作家研究の人が個人を語ってる時に触れていたので私がその作家さんを覚えてないだけでまあ確定情報としていいかなと思います。
隠すようなことでもないしね。
 
吉川さんは新潮社に紹介したのが誰かわからない、時期もよくわからない。
伝記がそんな感じで、どこかには書いてあるのかしら、どうなんだろう。
『冨士』が昭和3年創刊で、そこの編集長さんがその揉め事で業界そのものから追い出された噂があるってことは少なくともそのあとなんだよね、さすがに。
(いくらなんでも時期がずれてたら噂もないだろうって意味で。)
だらっだら書いてるんだけど、この吉川さんの担当編集ってのが編集長ってことと、吉川さんがキングのトリってことが『キング~』で初めて得た情報で、どうもね、どうもこう、あの、さすがに。
菊池さんが吉川さんを新潮社に紹介したって考えるのがいろいろ辻褄合うんじゃないのかなぁ、ぶっちゃけ、編集が変わった人間扱いされてたけど、トリを務めるそれ以前に他の出版社で書いてない作家への態度としてそこまでおかしくはないよね。
で、それが編集長務める人。
かなりの有力者と敵対してなければそこまで厳しい罰受けるのはちょっとなぁ。
誰かこの辺、詰めてないんですかね、というかわりとわざとその辺伏せたってことになるのかなぁ、しかし、これが正しいとえらい怖い展開だよな…。

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