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雑記:とうらぶ・文アル他、93

Last-modified: 2018-05-14 (月) 18:51:53

雑記:とうらぶ・文アル他、93

9月5日めも。

リアルタイムが2018年の5月14日、前日13日に「10日分」書いてそれから日付けを超えて今日になってから適当にだらだらともう10日分、それから寝てテレビ東京の海外ドラマ(まあほぼアメリカだけど)を見ながらこれ打ってます。
日付けの意味のなさは毎度のことです。
 
そういや雑記の『91』で「キングの時代」に関して触れてたんですが、そこで主に菊池さんの話にしたんですが(講談社の系統ってわりと作家の経歴から抹消されてるからね、菊池さんの作品掲載って意味だと普通に載ってたけど、人によっては年表から消されてるんだろうなー、としみじみ)。
他にも前からなんとなく見ている、プロレタリア文学の論争ってそもそも仮想敵をキングとし、大衆向けにするべきなのかどうかみたいな話をしていたのね。
なんというか、論争そのものも哲学関係(京都学派って言われてる人たちですね、私は西田哲学って呼んでるけど)で初めて見た感じで「プロレタリア文学の歴史」みたいなところで触れてるのを見たことは今のところないんだけどね、まあ、あんまりレベル高い本を読んでいないのでどっかしらでは触れられてるんじゃないかなともわりと思ってるんですが、少なくともネットにはないですね。
ただ、哲学サイドからだと普通にWiki辞書にそれなりに詳しく載ってました、あー、調べ方ってあるよなとしか言い様がない。
ただ、そこでも特にキングは出てこなかったです、まあこれは本当に講談社と論争したわけではなく、一方的に名前を挙げただけなので略しても別に問題もないのかな。
ただ、解説されているようでされていない薄ぼんやりした説明にはなってます。

9月6日めも。

そもそも日本のプロレタリア文学てのはどうも、大正末くらいからカウントされているようなされていないような曖昧さなんですが(日本に社会主義の考え方が入ってきたのはどうも中江町民の死後のようです、というか、中江兆民がどれだけ社会主義者としてぶれっぶれの発言してたかあげつらってた文章読んだことあるんですけども、そもそもまだ日本に紹介されていなかったと聞いて、大変びっくりしました、え、その評価…妄想って言わない?)。
どうも「階級闘争」を描いた小説群がプロレタリア文学の一種として扱われることもあるようです、私がこれを読んだのはあくまで偶然で、芥川の帝大の先輩として若干つるんでいたこともある江口カンがそれに含まれるために当人が語っていた感じだったんですが、評価されたことがあるのが児童文学で主に認められていた小川未明、終了、みたいな感じの内容を美々しく飾り立てたほとんど知らない人物の系譜を読まされ、未明さんてその傾向が認められたとか全くないよね? と当人には全く詳しくないながらどうにも首を傾げざるを得なく。
 
あの、商業雑誌に載ったことが生涯の誇り、主な活躍場所は「送れば載る」と言われていた帝国文学という経歴そのものを馬鹿に出来ることもないんだけど…、それで壮大な一大叙述詩みたいなの書かれるとさすがに読むのに困るんですよね。
新思潮関係者のエピソード売ってることが多分一番知られていて、自信満々に新思潮の第3次と第4次を混ぜてた人ですね、あー、知らないと混乱するよね!! 関係者面でべらべら語っておいて全く知らないって部分以外には特にドン引きしてないよ!
繰り返しますが芥川が一時期同調してた人です、こんなのに騙されるのよね…。

9月7日めも。

なんか毎度の脱線ですが前日分で「大正末に『文藝戦線』が出来るまで事実上のプロレタリア文学がなかったとされている」プロレタリア文学の歴史はなんとなく理解出来るかなと思わないでもないです、確かに私も忘れたい、というか、少なくとも無関係ですっていう顔をしたい、実際無関係なんだろうし。
そもそも江口カンらは売れない文士同士でなんとなく共感を持ち(相手がそれに応じてなくてもなんなら仲間面をし)、売れそうな思想っぽいものには近寄っていくのだろうということが彼の晩年の文章から伝わってきたので、なんかもう、なんかもう、文士でもない職業にしたことがない遺族とかの随筆読んでるほうがずっと楽な気持ちになるしかなかったです、いや、入れ込んでない人が書いた家族が作家の人の文章が読みやすいのはむしろ当然という気もするけど。
あと、江口さんは別に文章下手ではなかったです。
見たままを書いた文士の付き合いなんてのも、そこそこ読まれたと思うし。
なんというか信念が皆無であり、目立ちたい認められたいという気持ちが恐ろしく強かった、白樺の有島さんにも身内面してましたが(階級否定の作品書いてるのは事実だとは思う)、彼は白樺の庇護で守られたが、我らは攻撃された! みたいな感じの歴史が語られていました、いや、作品がそれで認められなかったことはないんじゃないかな…。
 
あれですね、文学攻撃などを主な生業にしていたため、それに対しての反論が返って来たんじゃないのかなぁ、それでもマシなレベルの作品は雑誌掲載されたみたいだし。
で、プロ文内部は彼らを他人扱いし、敵対者はプロ文扱いする通史の出来上がりです、なんでそうなったかは、察するしかないけどまあなんかわかる気が。します。

9月8日めも。

プロレタリア文学に関してなんとなくわかっていること、を書いていますがまだまともに読んだことはないのであんまり信じないで下さい、キングを相手取ってプロ文面子が論争していたけどそれが省略されていたこと(この論争の作家面子が重治と多喜二くんと直くんだったのでゲームはあるいは意識してるのかも? わからんけど)(菊池さんが『話の屑籠』で直くん褒めてたのも多分この案件だよね、元がなにかとか全く書いてなかったけども、昭和6年だったかな)。
あと、プロ文とカウントされているようなされていないような、そもそも特につながりがあるわけではない勢が存在しているというのはそんなに間違ってない気もしていて、この辺はむしろまともに読んでいてもなかなかお目に掛かれない可能性とかもあるんだよなぁ、まあ、それでも一部の研究者がぺろっと語ってる可能性もあるけどね。
(正直何度も経験した、そして門外漢の人があっさり初心者でも読める本とかで語ってくれてるのは関係した研究を広く浅く読むせいなのかもね。)
 
ところで芥川と江口さんの関係については、何度か外部から見た記録でつるんでいることは確認出来るものの、そもそも評論に黙殺されていたという芥川を最初に評価した評論家であったということに関しても全く疑ってもいないんですが。
芥川に関しては自分を下げてでも正確に記述してるし、なんか人が違う。
が、芥川は田端の文士村にいた重治に関して「今のプロ文よりずっとまともな話を書くよ」って人に語っていて、君が切り捨てたのはその江口さんの含まれてる派閥かね、と思うことがないでもなく、菊池さんが文藝春秋初期に敵対していたところらしいのでまあわからんでもない態度なんだけども、わからんでもないんだけど芥川、なあ。

9月9日めも。

プロ文に関しての概説書は今の時点で1冊しか読んでいないんですが、志賀さんが日本の歴史を動かしたみたいなかなり壮大なネタになっていて、どうもこれは志賀さんの研究者の一部が「実際親しい後輩」と「後輩とほぼ同階級の西園寺公望の手駒」を合体して同一人物としてしまったために起こった超展開に由来してるのかな?
そもそも西園寺家の階級は一番上なんですが、非常に家が少なく、武者さんがその一つ下の階級なので普通に知り合いらしいんですよね。
というか、武者さんとの場合は知り合いでも特に語られることはないかなと思われます、だって狭い範囲すぎて特別なことはなんにもないので。
ただ、志賀さんが知り合うにはだいぶ間が空いているのでここになにかの関係があったとしたら確かにちょっとしたことになる、というのはわりとわかる。
つまり、まず武者さんの存在を抹消し、西園寺との特別関係のみとして構築することによって志賀さんが日本の歴史にとって特別な存在になることが可能になるらしいです、一つずつにはあんまり悪意がないような気はする。
ていうか多分実際、顔見知りくらいではあったんだろうと思う。
武者さんの存在があれば別に違和感は全くないですし、志賀さんの人生から武者さんの存在を消す研究者の人たちがいるのも、そこまで悪いとも思ってないです、どう見ても武者さんのほうがやたらと力関係強いし、沈黙したい気持ちならわかる。
 
ただ、最終的には「志賀さん」はパッチワークの布扱いかな? としか言い様がない感じですね。プロ文に関してはそういう最終局面の志賀パッチワークを語り尽くしていた本しかまだ読んでません、知識が増えるごとに日々評価が下がってく感じです。

9月10日めも。

私は一体なんの話をしているんだろう、と思っていたんですが、要するに「今の日本でプロ文に関して読もうとすると出てくる障害」に関しての話じゃなかろうかこれ、正直なところ、許せないというレベルのものはそこまでないですね…。
いやだって、ここまでしっちゃかめっちゃかだと仕方ないだろ、という気持ちにしかならない感じです、いや一応いくつかは断罪したい気持ちがあるけども。
プロ文にとって志賀さんがどういう存在だったのか、証拠を全く提示せずに謎情報パッチワーク(どうして個人の情報を無視して他人の人生突っ込むの、という意味においてのみ批判、そもそもプロ文自体ならパッチワークになってたら誠実だなって思うよ、あちこちに情報分散してるんだろうし)が大展開してた本とか。
あとあれ、大衆雑誌であるキングとの論争だってところを略した人たち。
いやまあこれは必須かというと、キングが応対してないので別にそこまで問題あるとも思えないし、プロ文内部で完結してたみたいだからな…。
論争を略していた人たち、いやまあいいけど、あれが世間的には一番目立ったことだったんじゃん、略さないほうがわかりやすかったような。
 
あと、田端にあった同人や、文藝春秋から分派した『文藝時代』が左傾化して分解したと言われているので、他にもあったんだろうけどなんでか全く触れられてないのもわかりにくいです、まあ関係者なら言いたくない気持ちはわからんでもないけど!
当事者が書いた本はあてにならない! だがしかし、無関係者が書いた本は超展開すぎてその展開の意味すら推測するしか!! みたいな、そういう状態がプロ文の現状のようです、重治とか多喜二くん研究だともう少しまともなのか…でもあれも一部だしな。

9月11日めも。

プロ文に関して難航してるよん、という話、多分。
今の時点でちゃんと読んだことはないんですが(さすがに概説書にもこれはまともに扱われてたけど)、『文藝戦線』と『戦旗』なんかに関してはある程度まともに扱われてるんだろうと思うんですけどね、さすがに無視する意味がわからないし。
ただ、これ他で聞いてる話だとあくまで一部にすぎないはずなんだよなー。
このプロ文に関しての話はどっち? と見ようとしてもほぼほぼ無関係というか、また別の人たちっぽいというか。
前日分で書いた田端の同人誌とか、文藝時代とか(新感覚の牙城とされてる本ですね、しかし新感覚にプロ文て聞いたことがないんだけどいるのかしら? 田端の騾馬だっけかな? は重治が出てるよね)、左傾して空中分解してしまった的な語られ方をしていて、多分他にもあるんだろうけどもなんか触れられてないのでわからない。
この情報からして別の場所で見掛けたんですが、あくまで若手個人の話をしてくれる人だったからたまたま触れたみたいな風情だったんだよね。
つか、文藝時代って文藝春秋に一部面子が戻ってたらしいんだけど、確かにこれ、社史にも菊池関係のところにもなんにも語られてないんだよなぁ…。
なんなら川端関係でも利一くん関係でも見たことないけどね、いや、そこで育ったんだよね、どう考えても、でも書かれてない。
 
要するに、いるにはいるけど書かれてない、というのが常態なのかしら。
そういや文藝時代の面子の受け入れを一部菊池さんが拒絶してたみたいな話も聞いたこともないでもないかな…、いやでもあれ、時期わからんしなぁ、ううん。

9月12日めも。

プロ文に関してのもだもだもだ。
とりあえずゲーム始めた初期に(他のところはある程度知ってたものの、プロ文に関してはまあ真面目に『蟹工船』しか知らなかった感じです、蟹光線という持ちネタは多分たくさんの日本人の中に眠ってるとは思う)、なんか派閥が三つくらいあって、みたいなやつはしばらく周辺を読み進めてった時点でぽい捨てしました。
というか、かなり事情を把握して、各々の分析にまで至ったらそれも不必要な情報でもないんじゃないかな、とは思えないでもないものの、全体の期間が短すぎてそれもなぁ、どの程度世間を席巻したのかそれがなにに端を発していたのか、媒体がなんだったのかというところからしてよくわからん状態で読むものでは全くないというのは多分間違ってないんじゃないのかな。
『文藝戦線』でも『戦旗』でもないよね、そりゃ、後者は特に創刊号としては結構な部数出たよ、とは言われてるものの、明治時代の水準だよねぇ。
いくらなんでも4千部で世間を席巻と言われても意味がわからない。
(キングが100万部突破してた時代だしね、特に。)
 
創刊号から人がやたらと群がったという状況のほうが説明して欲しいことなんだよね、4千部ではあってもあっという間に売り切れたんだよ、という理由のほう。
なんかこう、戦旗が売れたから戦旗が売れたのだ!! みたいな感じの解説されても私にはそこから読み取れることがないのです、本当に納得する人がいることもなんとなく知ってるけど、わりと大半の人は釈然としない思い抱えてるよな…。
あと、西田哲学との関係も気になるんだよなぁ、略されてるけど。

9月13日めも。

プロ文もにゃもにゃもにゃ、な話。
とりあえず今の時点で参考資料が『キングの時代』とあと哲学系の情報しかないのが正直気にならないでもないけど(西田哲学の人に触れてた本でも、確かにそういや若干触れてたわ、細かくとかじゃないけど)、プロ文内での論争ていうのはあれです、「労働者って小説読めてなくね?」みたいな。
階級小説って言われてる作品は、なんか滑稽小説みたいな風情のものもあったので、読むには読めるかもしれないけど…娯楽であんなのを読んでもなぁ。
(どれだけ支配者が理不尽なのかっていう前提で、庶民が酷い目に遭い続けるみたいな感じの展開、意味はあるんじゃないかと思うんだけど、読めはするんじゃないかと思うんだけど、労働階級の戯曲作家の人ときゃははww と菊池さんが笑ってて、あんなのさぁ、とか話してたのが正直な反応だと思うよ、滑稽小説のほうが深いと思う、なんというか深刻ぶってるけど浅いんだよな…安っぽい。)
(ノンフィクションならありだと思う、社会環境の解説付きならなおよし。)
(未明さんの作品は構造は似てるけど安くない感じのちゃんとした話がある悲劇です、まあ、面白さに拘ることこそが安っぽく感じたのかもしれんけど…。)
 
自分たちの勉強になるために! という目的で、小学校卒業の方たちが文字が読めない親御さんに大衆雑誌のキングを読んで聞かせてたってほうが、プロ文の数十万倍くらいお役立ちなのでは? と思うのはそんなに不公平でもないと思うんだよね。
前に読んだろくでもないプロ文の本で、著者さんは認めてなかったけど、菊池寛に拘ってたプロ文面子の動きって妥協点として妥当だと思う、目的忘れるのよくない。

9月14日めも。

プロ文もにゃもにゃもにゃの続き。
ただ、論争においては大衆向けシフトにするのはどうかなー、と、『キングの時代』では絶対的に正しい創作が存在するという考え方だって紹介されてた人ね、哲学の本のほうでは科学技術とその需要のされ方みたいな研究してたみたいなんだよね。
えーとあの、「唯物論研究会」みたいなところを検索すると出てきます。
寺田寅彦いたよん、マルクス主義に限らなかったよん、みたいなところが要するにあれだ、社会主義の隠れ蓑みたいな書き方に見えなくもないけど(人によるかと)、自由民権系統って捉えたほうが妥当なんじゃないかなー。
で、その中にプロ文がどうあるべきかという論争に関わった人がいまして。
大衆雑誌の研究の人からはそこで切られてたけど、レベルを下げることだけが唯一の手段ってわけでもないんじゃないかな、と語ってるように私には見えるんだよね。
ぶっちゃければこの辺の論争というのはプロレタリア文学、という括りにおいては結実したものは実際になかったんだろうけど、内容が馬鹿馬鹿しいだけかな、というとそこまででもなく、なんというか、「当時の庶民」「労働者階級」に対してのアプローチとしては足りないのでは、という菊池さんの総評に軍配を上げるんだけど。
(直くんだけわかってるって言及したあれね、菊池さんてのはのちのち純文学とも絡むけど読まれないことには意味がないという結論に到達してるので。)
 
しかし、社会のレベルが変わったあとで見ると、表現論として間違ってるということもないんじゃないのかなぁ、この論争の一部の人たちは国に殺されたりしたんだけど(マジ)、生き残った人たちは次の時代に生かしたのかなぁ、とは思わないでもない。

Tag: とうらぶ・文アル雑記
(とうらぶ・文アル他、93)