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雑記:とうらぶ・文アル他、94

Last-modified: 2018-05-15 (火) 01:48:50

雑記:とうらぶ・文アル他、94

9月15日めも。

リアルタイムは2018年の5月14日です、これで昨日から通算で「40日分」を手掛けたみたいなことになり、なんとなくさすがに頭が疲れているような気もするんだけど、絶対物量としてそこまで多いというわけでもなく。
しかし毎回、こうやってまとめて書くのが飽きるもとになっているような。
そもそも書けることがそこまで潤沢にあるわけでもないとか、ないでもないような気もしないでもない。
なにしろ私が書いてるものはわりと常に菊池さんが出てくるのですが、通史、もしくは菊池さんという感じで調べているのでまあ当然なのですが(日本文壇史にはさすがに菊池さん出てこない、そりゃそうだろうよ)、この内容で私がやりたいのはだいたい一人っていう、芥川に関して読んでるのもものの弾みで、弾みっていうか本当に掛け値なしに芥川が菊池さんの情報源なんだよマジで…。
自分のことを全く書かない人ってわけでもないんですが、昭和6年から死の前年くらいまでだっけか、定期的に文章書いているはずなのにそれでもなんか情報価値が低い、というか、文壇の事情みたいなものはわからんでもない気がするんだけど、なにが起こっててもだいたい常に関わってるし、ペンクラブ(日本のペンクラブとはまた別)が日本に来るの、えー、上手くいくかどうか、まあ、会場作っておくけど…。
の辺りが、多分一番わかりやすいと思うんですが、自分が国内の業界行事に関して引き受けることが当然であって他の発想とか全くないよね…。
 
ただ、誰と友人付き合いしてるのかとかそういう記述がない、相手が地位があるとたまに出てくるっていうか、どうにも公の書き物なんだよね『話の屑籠』て。

9月16日めも。

そういや昨日の話とはちょっとズレるんですけども、前から「この二人は関係が薄いのに…知らないのね」とわりと自信たっぷりに言われてる時に(あの、ひょっとして交流薄くない? 派手な逸話はあるけど…、的な自信なさそうなのはだいたい問題なかったです、間違ってても当人の自信のなさに釣り合う範囲)、交流の如何はよく知らないんだけどもその二人、片割れが葬式の準備してる、ということがわりとよくありまして、これが誰かってのはまあ割愛するんですが、葬式に関わってる原本を出せないからね!
ただ、葬式の準備だの遺体の引き取りだのっていうエピソードがある二人が「交流ないのにー」と言われてるケースがなんか地味に多い。
二次創作だったり、研究本だったり、ゲームへの批判だったりとかいろいろなんですが、これ、私が目に付くという以上に葬式の準備する仲ってひょっとして文章としては残りにくいのでは? となってしまったんですが。
だって手紙送る必要がそもそもあんまりなさそうだし、交流の逸話とかいちいち残らなさそうだし、なんだったら手紙貰ってても普通に捨てたりしそうじゃん。
 
まあ、正直それならそれで、仕方ない案件なのかなー、とも思わないでもないし、私が読んでた単に同時代の本に「Aが殺され、Bの妻が遺体の引き取りにすっ飛んで行った、Bは身動きが取れなかったのである」的なAとBが付き合いなかったのに、そんなことも知らないのねー! と言い放たれているのを見ると(匿名ではなかったのでとても自信があったんじゃないかな)、ええー…、となんか野太い声が出てしまうのも、まあ私が悪いってことも特にないよね。
というか葬式の準備する仲って親しいもんだよね? 自信ないけど。

9月17日めも。

ところで私が主に読んでいるのが菊池さんなんですが、この人はこう、どう分類したらいいのかね? そもそも時代小説のことしか初期は大衆小説とは呼ばないらしく、続いて現れたのが探偵小説くらいで、なんというか、なんて表現したらいいのかな、今で言うところの「トレンディドラマ」系の小説の分類されるところがよくわからない。
どうも通俗小説というのが一番近いらしくて、とりあえず菊池さんはそこにぶっ込まれているんですが(多分純文学に対しての拘りはないと思うけど、そもそもずっと戯曲書いてた人だし、たださすがに通俗小説書くのは堪えたみたい)(かなり当時は質が低かったみたいなんだよね)。
なんか、新聞連載を読んだ人も「初めて読む…??」みたいな態度なのよね。
若干近いのが関西では時々書かれていたという家庭小説ってやつじゃないかなー、通俗小説よりも比較的ちゃんとした内容みたいだし。
この家庭小説の書き手がたまたま菊池さんというお名前だったので「菊池幽芳の本名かなー、本名のがいいもん書くな!」とか言われてたらしいです、あ、あの、ご迷惑を…(私が謝ることでもない)。
特に解説されてなかったけど、この感想が出たのも毎日新聞のほうだったんだろうね、えーと、日日新聞が東京、毎日新聞が大阪、で、兄弟新聞です、もともと親類だったけど元は別の会社。
弟の毎日新聞が兄の日日新聞を買収した形なので両方の名前が残った体裁。
 
で、それから死ぬまでくらいの業界を見ていても菊池さんに近いと言える作風の人はおらず、結局、司馬遼太郎とか松本清張まで比べられることもないのかしらね…。

9月18日めも。

さんざっぱら語っている菊池さんが本題ではなく、彼を見ているとどうもあまり純文学には興味がなさそう、ただ、「変わった純文学」なんかだとわりと気楽に読む、歴史舞台だったりすると興味が薄くても読む、恋愛作品に関しては…なんか一定の変わった好みがありそうな気がするんだけど、苛烈なやつとか好きなのかな。
ジェーン・オースティンは絶対好きだよ、騙されたと思って読んで!
(私も恋愛作品ってなんか苦手、どこに焦点当てていいかわからんし、ただ恋愛展開が苦手とかじゃないです面白い話とか面白い恋愛なら好きよ。)
いやあれ、漱石さんがめっちゃジェーン・オースティン好きで、男性作家に比べてもいいと思うー(*´∀`*) とか言ってたんで、多分あの人は本当にミーハーな作品好きなんだなと思ってます、たまにこう、趣味が伺える。
リリカルな話が好きなんだよリリカルなやつ、だが、面白くないやつ好きじゃないみたいなんだよね面白くないやつ。
他の作家さんに比較的興味薄い漱石さんが、花袋とっ捕まえて論争に応じてたのってそういう意味じゃないかと思うんだけどなぁ…。
あのリリカルに小説構造の妙が組み合わされるのはなかなか捨てがたいものが。
 
菊池さん、ジェーン・オースティン読もうよ、映画の「初恋の来た道」でもいいです恋愛作品軽視しがちな人のほうが嵌まると思う系の。
なんの話だかよくわからなくなってますが、要するにあれ、当人の趣味を分析していてついうっかり、こういうモードになるのでちょっと吐き出しを。
しかもこれも別に本題じゃないんだよ滑り出しから本題から外れたよ。

9月19日めも。

漱石さんのことを思い出したのでちょいと寄り道なんですが、彼に関して主に読んでいるのはどういうわけか娘婿の松岡さんの本です、多分、現在のイメージってその辺になるんじゃないのかなぁ。
あのあれ、鏡子さん(漱石嫁)が漱石さんに殴られたって言ったんなら、まあ事実なんだろうなとか、ただ、正直鏡子さんならそのまま殴り続けさせたりはしなかったろうなとか、そういうのが比較的説得力持って示されるようになって良かったんじゃないのかなー、とか思わないでもない。
だいたい今の評価では、旦那のほうに問題があって嫁が切れたってなってるはず。
前はこれ、完全に真逆だったんだよね(ぶっちゃけ、弟子で何人も読んだ、ただ、それでも一方的に責めてはなかったけどねー、まあ、漱石さんが切れやすかったのは長い弟子だとわりと知ってたんだろうね)、…一家に一人は客観的なインテリ欲しいよね。
 
で、この松岡さんが娘さんにお爺さんのどの作品が好き? みたいなことを聞かれているという、要するに漱石さんの孫娘さんの本を読んだことがあるんですが、その時に出てきたのが『門』て作品だったかな。
『草』だったか、まあ晩年の作品。
作品構造には欠陥があって人物描写が破綻してるかなって思うものの、罪を犯し逃げた夫婦がまどろんでるシーンが好きだったんじゃないのかな、と分析されていまして、なんというか、どうもその方向にシフトしてく予定だったんじゃないかと孫娘さんが。
あー、正しい気がするー、好きな作品ジェーン・オースティンだ、そうかそっち目指したか…、向いてない気はするかな(漱石さんごめん)。

9月20日めも。

漱石さんをぽちぽちと触れてるのはなんというか漱石さんが身内なんかの分析を見ていると結局のところ「愛」を求めた人だったんだろうなー、てのがわかるからなんですが、ただこう、弟子とかには慕われてるんだよな。
あんまりお行儀はよろしくないです、なんか乱暴。
(松岡さんの語ってるやつ読んでるとその中で丁寧な態度の松岡さんが浮いてたとまで言われてたので、まあ、さすがに久米さんとか芥川はそんなに乱雑でもなかったんだろうけどねー、一番新参者だし物には限度が、しかし丁寧な態度というわけでもなかったんだろうな、とは、もろもろ。)
その弟子たちにわりと好きに振る舞わせてたらしい。
あと、普通選挙運動に漱石門下の人たちがまとめて投入されていたこともあったらしかったので(弟子って名目で動くこと自体ちょっと文士以外だと珍しいよね、寺田寅彦さんなんかは別として)、うーん、どうなんだ、とまだいろいろつながってなくてそれをどう配置すればいいのかはよくわからない。
 
で、作品傾向として世に認められたのはちょっと違う面だったみたいなのよね。
愛情のほうにシフトしていきたいー、という方向性と、なんか物語りに仕掛けをしていくのとが連動しているように見えるんだけど、なんでなんだろ?
うーん、ジェーン・オースティンが好きというのならばわからないでもないんだけども、なんかやっぱりパズルのピースが欠けてるような気もするかな。
そもそもそういう読者を引っ掛ける類の作品て、まだ読んだことある人いないだろうしなぁ…、それもそれでどこかには引き継がれたものかしら。

9月21日めも。

ええとなんか、漱石さんだらだら。
あのあれ、菊池さんは若干漱石さんのことが苦手っぽいんだよな…、ほとんど会ったことないはずなのでいじめられたとか言われてるけどどうなんかなー、苦手としてるのは事実っぽいんだけど漱石さんが面食いかというとそんな気がしないというか。
あの、菊池さんと同じタイプのような気がするんだよね。
美形が好きというより自分が美形でありたかった系というか。
いや漱石さんは結構普通に見て顔可愛いけど。
(若い頃に比べるのが西洋人だったそうです、外見コンプレックスままならない。)
 
戯曲はわからないからごめんねって言われてるのも、出版社の扱いがそうだったという前提を知っていると「それ普通の態度じゃないのかな」としかならないんですがなんか菊池さんちょっっとあとまで疑ってたみたいだしね。
(これ、歌舞伎関係の若手は辛がってた読んだことあるけど舞台化された時の効果がわからないから評価しない、劇団などが評価し、上演を予定している場合は雑誌掲載する、という段階で考えるとわりと真っ当な態度なんじゃないのかな、と、新聞に関わってた漱石さんだとその辺も知ってただろうしねぇ。)
むしろ、なんで評価されるの待ってたのに知らないのさ菊池さん、のほうなのではないかしらないかしら。
まあただ、芥川の側に置くのはどうかな的に、厳しかった可能性はないでもない、芥川がお気に入りだったのは周知の事実だしね! 久米さんはごつかったけど、そういう意味では結構男前なんだよね、結構モテてたみたいだし。なんの話だろこれ。

9月22日めも。

正直、いまだかつてないほどに本格的に迷走している気もしますが、多分言いたいことってのをまとめると「菊池さんと漱石さんてなんか似てない?」みたいな部分じゃないかと思うんですが、えーと、あの、えーと、趣味が似てる?
いや菊池さん歴史好きだしなぁ、漱石さんは恋愛作品なんだかんだと好きみたいだしね、トレンディ系もいけるかと思います、確実に菊池さんの『真珠夫人』は喜んだんじゃないかって信じてる。
だってあの作品、女が強いから!
あ、いや、どうかな、どういう女性が好きなのかはちょっと、いや、ううん、孫娘さんの分析の中に周囲に冷遇されている女に対する憐憫があったから多分いけるんじゃないかなと思うんだけど。
あと多分花袋さんもいけるよね、忘れてたけど、強い女好きよねきっと。
(だって『蒲団』が実はそうなんだもん、自己主張する女だー!!! てとこに若さよりルックスよりなによりときめいてた、そうだね、こいつ悪いやつじゃないな? と一番思ったのそこだったわよく思い出してみたら。)
いやまあ花袋さんは余裕で生きてるんだけどね菊池時代。
ぶっちゃけ菊池さんの通俗小説に対しての評論みたいなものを全く見たことがないというか、評論されてたことがあるんかいなということを真剣に疑っているんですが、あれが人気作だと知ってるのは新聞契約数です、あとあれ、新潮社が作ってた装丁が桁外れとか、ないのかしら評論。
 
ええとなんだっけ、菊池さんには漱石さんと和解して欲しい気がしますなんか。

9月23日めも。

いまだに着地点が見えずに迷走なう、多分あれです、この辺に関してはあくまでも【文豪とアルケミスト】のゲーム前提、どこも前提にしていない自覚はあるけども、ゲームのキャラ造形とか一ミリも触れてない気もするけども。
まああのゲーム、なんか夢の競演みたいなコンセプトなんで別にいいんじゃないでしょうかと思ったけど、だったらまずその辺に触れてから、そういえば私はこういうようなところが気になっているんですがっていう方向に進むべきでした、それだったら迷走というほどのことでもなかったような気もする。
まあ、ものすごい元ネタ基準ですけどねなにもかも。
ほらあの、ゲームでまだそんなに細かく描写とかされてなくてどうなるかわからない、という部分はあるにしろ、まあどう考えても元ネタの話だよね、出会いどうだったかなとか見た目がなー、とか家族仲がどうだったのかなとかなんか完全に。
 
なんかねぇ、私、芥川が漱石さんに傾倒していたって言われても目標にしていたの別の人だよね、的な意味でよくわからんところがあったんですが(可愛がられている自覚はあったように思いますけども、ルックスいいから珍しくない)、漱石さんがなんか不思議なことを芥川に向けて言っていたことや、芥川のほうの晩年に漱石さんの墓石の前で立ち尽くしていたことなんてのは、それはわからないでもないんだよね。
なんか漱石さんてなにもかもズレてくみたいなところがあって、そもそも愛を求めてなければあんなに家族とおかしくならなかったんじゃないかなと思わないでもない。
そういう意味で言うと、漱石さんにとって芥川って、美しいけど自分に似た存在に見えてたのかなぁ、と、なんとなく想像することがあるのですよね。

9月24日めも。

完全に迷走でしたが本当に最後までテーマふらついてたんだけど、本当は菊池さん近辺にいる「純文学以外の小説」に関して語るつもりだったことを今思い出しました、ここまでで9日分なのでここで最後ですもうその本筋のはずのネタは捨てたほうがさすがにいいかなと思うんだけども!
そしてあと、漱石さんへの興味がかなり外的要因のみなのでなんにもあれがないんですが、絶対年代的な知識がないんですが、あるいはなんか変わった作品を書くようになったのって、少し内面的でその分、どっかしら読者に罠を仕掛けるようになったのって、どの時点からかなぁ、というのが今気になっているんですけどね。
まあいくつかの段階踏んでいけばそんなに問題なく確認出来るはずなんだけど面倒くさいし、あと、調べて消えてしまったら勿体ないかな、という意識もある。
 
なんというか、芥川がきっかけだったら面白いなー、みたいな。
漱石さんの空回りというのは、なんか美化されてるところだと全く出てこないもののまあやっぱり、冷静に見る視点というのも比較的一般的になってる(ありがとう松岡さん! 多分!)今だと結構そういう視点で描かれていたりするんですが。
どうにもかーっとのぼせ上がる、そこに至るまでの間に状況を誤解する、誤解したままでなんか怒り狂うみたいな大変に…とても辛い感じの仕様になってまして、嫁の鏡子さんは確かにガサツだけどそうでなくて耐えられたわけないと孫娘さんも。
そして頭脳自体は明晰なので爆発するまで周囲が気付けない…、こう、なんか表出の仕方は全然違うんだけど、どっかで少し似たもんを見たなー、とこう。
なんか、もうちょっと生きて欲しかった気もします、作品的にもご当人も。

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(とうらぶ・文アル他、94)