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ゲーム:刀剣乱舞、その27 のバックアップソース(No.4)

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*ゲーム:刀剣乱舞、その27 [#e1d466d4]

***10月1日めも。 [#kd6f6029]

『日本の美術78 運慶と快慶』読了、とりあえず源平の頃に南都焼き討ちで東大寺と興福寺が燃えまして、みたいな文章何度も書きすぎたんでちょっと飽きて来てるんですが、あと、平重衝もよく知らないよこっちも何度も打たせるなよ! と毒づきながらの感じです、なんかこの方も討ち取られたんだっけ首刎ねられたんだっけか。
まあ、なんとなく因果応報な感じに死んでらしたので、うんまあ。なんだ。
 
そういやあれ、初期の頃は京都から仏師? が出張って南都仏師の出る幕がなくて、みたいなことを聞いたことがあったんですが、なんとなくそれっぽいことが書いてあるような気もするんだけどもどうなんだろう、院派や円派などの京都からの仏師がまず復興の最初を担ったものの、すぐにその役目を譲ることになったみたいなの。
あと、興福寺も東大寺もそれほど復興に困るような身分だと思っていなかったんですが、藤原氏のバックがある興福寺と比べて東大寺は大変、と言われていて、おう、総国分寺なのにそんなものかー、とちょっと諸行無常の思いを。
国分寺なんて実際、単独でそれぞれ生き残ったみたいなものですけどねー。
総国分寺なんてのは存在からつい最近まで知りませんでしたよなんの話だ。
まあ、運慶とか快慶の仕事っぷりも躍動感あって嫌いじゃないんですけども(素人にもわかりやすいと思う)、とりあえず建築物のほうの修繕した人たちのほうが気になります、東大寺復興の勧進やってたのが初代が重源、2代めが栄西らしいのでとりあえずなぜかその本が手元にあるので次に読む予定です。
いや、なんか禅宗の日本の最初期の人なので借りて来てみたんですけども栄西さん、なぜか重源さんがセットで、ページ開いたら東大寺ってあってびっくり。おおう。


***10月2日めも。 [#h6e05063]

『東寺-京の玄関にそびえる弘法大師の教え』週刊 古寺をゆく03を読了、法隆寺と東大寺は行ったんだか行ってないんだかよく記憶がないのですが(修学旅行で連れて行かれてる可能性は低くはないです、日本人ならな!)、東寺は京都駅の近くにあって高速バスで早朝に付いて店も開かない段階でお世話になったことがあります。
なんかかなり観光客いたんだけども、どこまで入っていいか全然書いてないのでどきどきしたんだけど同じように高速バス組も結構いたのかなぁ、と思い出し。
 
この本の中で平安京が作られて2年のちに作られた、というのは京都八条の南、九条との間にあるという時点でなんとなく予想していたんですが、あれですね、藤原京よりもあとに作られた都ではそもそも建設の初期段階で寺を中核部分に置いてるんだよね。
これが今の私にはなんのためだかはわかっていないものの、まあ官僚機構と一緒に作られたって位置ではないよね、八条だと。
とはいえれっきとした官寺で、西寺と一緒に作られたのだとか。
ただ、今の私だと御所の位置もよくわかってないんですが、北です、数字が少ないんだ。確か。
あー、ひょっとしてだけど、都の入り口に対しての押さえみたいなものとして作られたって可能性もあるのかなぁ…?
でも、主要街道って三条を貫く形の粟田口(京都7口の一つ)だよなぁ。
すみません、まだほとんどうろ覚えな感じですよ、手探り感が半端ない。
それと弘法大師・空海さんには一体なんで全国に土木工事やったんだよ伝説が残っているのかとかそういう根本的なこともよくわからない。
そもそも寺ってなんのために作られてるんでしょうね、まずそこだよな。ううん。


***10月3日めも。 [#c8c50ed7]

イベントをぽちぽちとやってるんですが、えーと、1日2回、3枚ずつの通行手形が配布されて、小判100枚で3枚補充出来るみたいなイベント。
1枚10万ってのが相場だから、通行手形3枚で1千万円ですかね。
本番だと小判千枚になるらしいので1億円かなー、現実味ない。
【景観】を購入する時の定番である小判3万枚でも計算してもいいんですが、桁がかったるいので止めておきます。
ちなみにこの相場はまあ変動するのですが、金価格は基本的に変動しにくいものとされていまして、あと江戸はそんなに値動きが激しい時代でもなかったんだけども、小判のほうの金含有量が下がりましてみたいな事情もあるんだけどまあ関係ないね?
鋳物師って金座や銀座や銭座に属してたのかなぁ、とか今ぼんやりと。
あ、この辺は金融機関の前身を調べたいた時のついでですが。
鋳物師(いもじ)って多分、江戸よりもちょいちょい前くらいに単語としてあんまり使われなくなってるんだろうなぁ、という気が。いや正規のネットワークが徳川政権で形成されていくにはいくんですけども、普段遣いはしなくなってるというか。
代替商人みたいな側面はだいぶ前になくなってるんだろうしなぁ。
 
なんの話だマジで。
まああれです、【超難】まではクリアしたのであとは適当に通行手形をぽちぽち消化しつつ、適当に玉を集めてくつもりなんですがいち兄を部隊長にするとめっさ敵出る。
燭台切さんや薬研くんの時はこんな感じではなかったんだけども、なんだ一体。
小判減らないのであんまり気にしないんですけどもね、なんか減らない。


***10月4日めも。 [#v0b4f463]

ゲーム本体の話を引き続き、わりとあれです、真面目なプレイヤーだと思います、任務わりとこなしてるほうだと思うし。資源はだいたい常に自然回復よりも下回るようにしてまして、【手伝い札】は千枚超えまして、今は【依頼札】を集めてます。
別に集める必要ないんですけども、なんか5百枚くらいしかなくてなんとなく…。
1日3回の【鍛刀】は攻略Wikiさんのところの検証に参加してまして、【刀装】は独自でやってる総当り検証の一覧をぽちぽち埋めてるみたいな感じ。
 
こないだのイベントで来た【日本号】さんはレベル1の段階でまず【錬結】をMAXまで上げたんですが、これを1日2回みたいな感じに。なるべく被らずに+1だけ上がるみたいなことを心掛けています、特に全くメリットはないよ!!
最近やっと完了したのでレベル上げするのにくるくると遠征を回してます。
経験値5ずつの10分遠征だとさすがにそう簡単にはレベル上がらないよね。
日本号さんを高レベル面にぶち込めば刀装壊れるかな…、みたいなこと考えてます、レベル上げがどうも面倒なんですよね最近。レベル制限よく覚えてないし。
(総当り検証やってるけど、無意味に装備壊すことは出来ない系プレイヤー。)
でもよく考えたら最近さっぱり【回想】回収してなかったわ、それまずやりましょうか、日本号さん、イベントに放り込んでやっとレベル4だけども。
やる気がないわけではないんですよ、正直わりと上手いほうじゃないかと思うんですけども、なんか独自ルールが多すぎて、効率的とは言い難い面が。すごく。
ていうか小判も資源もなんで使ってるはずなのに減らないの? と思ったんですけどもよく考えたらウチ【手入れ部屋】入れるの短刀メインで、資源減らないね?


***10月5日めも。 [#n50b2a83]

『鉄の古代史1-弥生時代』読了、結局なんの本かというと面白い内容ではあったんですが日本の全ての中心が西日本にあった、そこから全国になにもかもが広がっていったんだ、という信念は多分寝言だ、みたいな内容の鉄器版ですかねこれ。
正直鉄器以外でもいろいろ最近読むようになっているのですが、今ある歴史認識の中のどれだけがその概念から始まってるんだか計り知れないものがあるなぁ…。
いやまあ、政治に関してはいいんじゃないの西日本で、みたいなの。
技術に関して見るべきところがあった可能性とかあるのかなぁ、なんかほとんど寺が持っていた技術が主で、寺を抱え込むようになる以前はどうも特にないような、としか言い様がないです。だったらなにで支配していったのかと言われるともはやよくわからなくなるような勢いですが。
あと、「日本に青銅器時代はなかった」というのはどうも鉄剣vs銅剣に関してのみで受け取ってしまったほうがいいような気がします、さすがにこの二者を組み合わせるのは不味いんだ、武器ばっかりは鉄じゃないと不味いものの。
鉄があっても青銅器が普通に併用されていた可能性は高い、どうも祭事器のみって雰囲気じゃないよね。あと石器も併用だそうです、なんだったら石器を鉄器で削ってた可能性もあるんじゃないかなみたいな、あー、ありうるありうる。
 
いや鉄器が手に入るならともかく、すごく限られてたら確かにその利用法もわかる。でも鉄器そのものはわりと広く知れ渡っていたはずで、中国ではそのはるか以前に民衆に広まっていたはずの鉄加工技術がなんで日本に入らないのかっていう。
なんか日本人の独特の気質のせいじゃなかろうな、と今ふと心配です…。心配。


***10月6日めも。 [#yabe2e5a]

『重源と栄西-優れた実践的社会事業家・宗教者』日本史リブレット人027読了、実はこの本は【日本史リブレット「人」】ではなくて【日本史リブレット】を読むつもりで取り寄せたんですけどもね、うん、わりとどうでもいい違いですが。
で、私は実は栄西を目的で取り寄せたんですよ。
なぜかこう、「東大寺復興」がくっ付いて来たみたいな次第です。
この本自体が面白かったとはちょっと言いがたかったんですが、この当時の日本の僧侶がわりとほいほいと大陸と行き来をしていたこと(この時代の中国って南宋だっけか?)、重源がわりと政治色が強い僧侶だったらしいこと。
あと、重源が東大寺の大勧進の初代で、2代目がこの栄西さんなんですが、この間にどうも間が空いていて、東大寺側がそれほど大勧進を置くことに熱意があったとは言いにくいんじゃないかな、という辺り。
 
てかあれだよね、栄西氏って東大寺でなんかけったいな感じの釣鐘堂かなんか作って、それから禅宗寺院を作ってたら京都寺院勢から迫害されて、鎌倉殿(源頼朝の時代かな)の援助を受けての反転攻勢をしたって人ですよね。
これ、大勧進の地位に栄西が付いたって時点でどう捉えるべきなのか。
正直なところ、前後の時代軸がよくわかってないものの、そもそも東大寺そのものの復興にも鎌倉の援助があったみたいな話はあるしなぁ。
そもそもこの時代って、京都と南都(奈良)の関係ってどうなんだろうという疑問。
というか、あんまり技術者の移動って記録されていないものの、この時代だと大陸に送られていてもそんなにおかしくないんじゃないかなぁ。どうなんだろ?

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(ゲーム:刀剣乱舞、その27)
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