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雑記:とうらぶその他、53 のバックアップ(No.1)

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雑記:とうらぶその他、53

8月6日めも。

『室町幕府と地方の社会 シリーズ日本中世史(3』の読了です、あと2日でまた図書館が来るので前回の分だけじゃなくて今回の分(6冊)もとっとと済ませないとという感じですがお腹が空きました、餃子焼いたからこれ書き終わったらご飯温めよう。
で、すごいぶっちゃけて応仁の乱のあとに「明応の政変」ってのがありまして、これが足利10代将軍の義殖(で良かったっけ義澄だっけ、名前変えたあとだっけどっちだっけ)…もとい間違えた、義殖(8代義政の弟)の息子だよな、義澄だったっけ、すみません名前は覚えてないですごめんなさい、とにかく10代足利将軍を、細川政元がクーデターで追い払った案件ではないかと思うのですが。
ここで一応、日野富子さんが細川氏に加担してたかもってのは初めて納得。
もともと旦那の弟を押しのけて自分の子(9代将軍、名前忘れた)を地位に付けたわけだし、自分の子が死んだから弟の子を将軍位に付けたとしてもあれだな、感情的に対立してても仕方ないし、ただ、表立って自分が後ろ盾になった時にわざわざ敵対表明することもないので曖昧な立場だったって認識でいいのかもね。
というか、そう説明されると確かにそれ以外の可能性薄そう。
実際、地位を追われた側に対しての加担はしてくれてないわけだしなぁ。
 
ところで名前が今の段階でうろ覚えなので大変にすみません、あと、この本は応仁の乱近辺の本ではなくて初期からの本です。
それとあれ、暗殺された将軍6代義教の死の直前に比叡山延暦寺とのごたごたがあって根本中堂っていうメイン施設が燃えてたのは若干びっくり。
そこに対しての反感であまり騒がれなかったくらいはあるのかもなぁ。

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