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雑記:とうらぶその他、67 のバックアップソース(No.1)

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*雑記:とうらぶその他、67 [#aaaa32c5]

12月9日めも。

『天平の僧 行基-異能僧をめぐる土地と人々』の読了なのです、というかとりあえず行基さんが空前の土木僧だということだけは伝わってきたんですが、どうもそれが出身地の近辺に渡来人の技術者がいるというところから、当人もその系統だったんじゃないのかなー、と推測させることになってたんじゃないのかなこれ。
ただ、個人的に中で語られていた系譜の中に「あれこれ、こないだ見た出雲国造の系譜に出てきた名前???」となってしまったので混乱しました。
だって出雲大社の本とほとんど同時に読んでたらなぜか名前が被ってたんだもん!!
まさか行基(奈良時代でいいんだよねこれ)と、出雲大社で出てきたものが被るって発想はあんまりないよねー、正直。
 
あとそもそも、やたらと土木関係の工事を行っているんですが、パトロン誰や、とか、工夫は一般信者かなぁ? とか、どういうルートで依頼されていたんだろうか、とかいろいろなところが曖昧になっていたんですが。
それでも結構、なにを作ったんだよ、みたいなところは記録があるのね思ったより。
聖武天皇がなぜ依頼したのか、というのはもうこれを見てしまうとあんまり違和感なかったんですが、当時の建築に関してがどうなっていたのかの分析みたいなものも見たいなぁ。
いや、ある程度までしか再現出来ないだろうってのはわかるんだけども(そもそも残ってるのは寺と神社くらいで、よっぽどでない限りは残ってないしね)、それでも全く残ってない時代でもなさそうだしなぁ。
あとは同時代の鑑真さんやら聖武天皇やらも読んでいきたいんですが、まとめれば少しは情報貯められるかしら、東大寺造寺司なんかも読んでみたいよね。


12月10日めも。

『NHK さかのぼり日本史(4』明治「官僚国家」への道、の読了です、とりあえずまあ、このシリーズはわりと嫌いではないんですが連続性を感じるか、と言われるとそんなでもねぇな、みたいなところが正直なところですかね。
あと前の巻がちょっと面倒かったかなー、というのもあるにはある。
人名がわかってなくても読めるレベルに押さえて欲しかったな、というのも大概贅沢なんですが、この巻に至ってその発想は捨てました。
私どうもこう、反体制というか、非中央政権寄りの立場から歴史を読んでいく癖みたいなものがあるんですが(多分生まれつきかなと思ってますマジで、あと前世と生まれる前の血統みたいなものもそんな)、この本は見事に明治新政府寄りでした。
どうも今まで一度も読んだことがなかったので、初めてどういう発想だったのかがわかったような気がします。
いやぁ、今まで知識人層からの視点で見てたみたい…意味不明のところがいっぱいあったんだよ、簡単に言うと、この時代には国外の高等教育を受けていたり、前時代の教育を受けている人物が結構いるんですよね。
が、中央政権から見るとなんか全然なに言ってんだか意味わからんみたいな。
この本でも、なに言ってんだこいつ、信じるんじゃなかった、という感じの展開をしていて、逆側から見ていたのでかなりびっくりしました。
 
非知識層が台頭し、知識人が放り出されるという展開ってそういやこの国ではこの後あったな、という気持ちになってしまい。
本の内容は多分かなり違う方向だったんだけどね、なんかもう頭に残ってないかな?!


12月11日めも。

『日本の美術22 茶道具』の読了なのです、というか茶道具そのものはわりと見ていて面白いので(理屈がいろいろあるし、素材がいろいろあるし、来歴が比較的はっきりしてるし、なんか哲学っぽい部分もあるんだけどねー、ちょっとくらいならまあありだと思うんだ)、それなりに間が持つかなとは思ってるんですけどね。
ただ、その本を読んだあとで感想が出てくるかと言ったら出てこないかなー、まあ。
 
前にちょっと考えたことがあるんですけども、茶道具の価値ってちょっと日本刀のそれに似てる部分があって、来歴とか思想とか、あと伝承も多少だけどあるんだっけ(さすがに利休以降だとあんまりなさそうですが、江戸時代にもありえなくはないのかな)。
時期はずっと短いんですけども極端に高価なものがあるのも特徴だしなぁ。
その価値が独特というか、有名人が使ったから、というだけではないんだよね、思想そのものを反映しているものだから価値がある、その価値を共有する人たちが今の時代に至るまでわりと滑らかに連続している。
そういう意味では、途切れてしまっている刀の世界よりも強いみたいな部分もあるのかなぁ、ただ、実用品とはやっぱり言い難いところがあり。
そこまで何度も物そのものの意味が変わって来たわけではないという意味では要素がいくつか足りないみたいな感じかなぁ。
あれだよね、千利休を茶道の創設者とか、侘茶の創設者とか言う気風ってあんまり好きではないんですが(だって東山時代よ?! 数世代も前だわ)、しかし茶道具を見ていく時に全てが大きな思想の元に包まれていて、その中での価値だなー、というのは感じる。
そこの思想という部分を作ったのは利休なのかなぁ、とは思わないでもないんだよね。


12月12日めも。

『列島創世記-旧石器・縄文・弥生・古墳時代』全集日本の歴史1の読了です、リアルタイムで1月8日で、あと何冊かなー、ちょっとあれ、手元に本が溜まっているので急ぎがちに登録しないとなぁ。
(本を読む時間はまた別にあるので、そっちはちまちま進んでいくんだよね、たださすがに登録していない本が溜まりすぎるとちょっと停滞気味。)
 
この本は6巻の鎌倉時代の担当のシリーズを読んでどうも全体的に五味さんが監修に関わってそうだからー、みたいな感じで手を伸ばしたんですけどもね。
というか、それ以前の本ってあんまり信用してないというか。
網野さんはそれ自体はいいんだけども、学問体系という気はしないんだよなぁ、なんか視点が狭いような、いやただ、そういう学者さんって必要だとも思うのでそれ自体は別にいいと思ってます。
が、五味さんの場合はご当人というより、その裾野のほうが面白いというか、関わっているところはなるべく読んでいこうかなー、みたいな感じ。
なんか上手く表現出来ていないんですが、手法そのものが独特なんだよね、五味さん。
ただあくまでも中世の人なのでシリーズ全体に影響を及ぼしているとも限らない、と、いうことで1巻めを借りて来て、当たりだったのでこのあともぽちぽち借りて行こうかなと思ってます(*´∀`*)あはは☆
遺跡関係の本ってこう、わりと細かい道具一つ一つでその推測を立てていくようなところがあるのですが、ここの本では大きな括りとして生活を再現するのが目的であまり細かいところには踏み入らない、こういう大枠を詰めてく人も必要だよなぁ。


12月13日めも。

『日本の美術69 初期水墨画』の読了なのです、というかあれですね、多分禅宗は出てくると思ってたんだよ正直、というか、水墨画の名手って思われてたけど坊さんだからね! みたいなフォローも聞く感じだし初期はそれこそ禅僧が水墨画描く感じだし。
が、さすがに禅宗の歴史とか習慣の話をされるとまでは予想しておらず。
ぶっちゃけ、ちょっとだけ読んだ禅宗の本よりも詳しいじゃん!! となり。
あれですねー、初期の建築の本を読んだ時のほうが初期仏教の話がよっぽど詳しいみたいな現象と同じだね、禅宗を読みたかったら水墨画の本がいいよ! とまでは言わないけど少なくとも初期水墨画だと確実に出てくるわー(建築もほぼほぼ同じだ)。
 
ただこの時期に関してはまだ大陸から伝わって来たまんまとか、それこそ大陸で描いたものを運んで来たんじゃないかな、というものもあったりとか。
それこそ日本にいる間には名前が知られておらず作品がなく、中国でしか絵を描いたことのない人の作品なんてなんで本気で日本に残ってるんだろうね? 普通に中国の作品も日本に渡ってきて、それこそ模写の対象になってたりしたよん、ということが昔読んでいた東山文化の本にあったのでそういう意図だったのかな、という気もしますが。
まだこの時代には記名がそこまで一般的ではないらしく、僧侶が宗教目的であるというのもないでもないのかな? とはいえ、この時代のあとが江戸って考えると作者が名乗るのが当然になるという過渡期の一種ではないかなー、という気もするんだけども。
(いやこれ以前にも仏像だの刀だのには名前が刻まれてるんだけども、ある種の情報というニュアンスって気もしないでもないんだよなあの辺。)
模写が当然でそこから徐々に独自性が出てくるというのも、なんか過渡期っぽい。

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