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雑記:とうらぶ・文アル他、71 のバックアップ差分(No.3)

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*雑記:とうらぶ・文アル他、71 [#cb0c7671]

***1月18日めも。 [#p70f2534]

で、多分1日分くらいで1人のキャラでも触れられたらいいなー、みたいな願望はあるけどどうなんだろう、基本的には「〇〇氏」と付いていない限りキャラとしての扱いしてると思って下さると幸いです、あくまでゲーム主体で調べてるからそんなにきちんと分離してないしなぁ、文章なんかを読んでその構造に関して言及しているとか、若干特殊な場合以外はあんまりそういうことはしません。
例外は太宰治氏の厨2とか(ありゃ昔から知ってるし、むしろゲームではあんまりそっち系の押し出ししてないし、ナルシストみたいにも見えるしねー、実際ファンも信奉者も多いはずだしそれは構わん)、自殺ネタに関してはだいたい元ネタの人物寄りです。
というか、元ネタを多少なりと茶化すのにあんまり躊躇いがないっていうか、最後のはやんないけどさすがに12回も失敗しておいてそんなに深刻に扱う必要あんのか?! みたいな感じです、もともとあの人は話題にしてたしねー。
あんだけエピソードが多いとまあ、話にも出てたんだよね結構。
呼び方に関してはキャラから入ってるけどね、前はフルネームだったかなー。
 
というか、どっちかというと元の人物に関しては軽いテイストでもない限りしません、だいたいがもともとわりと有名な逸話か、ゲームのキャラと合体させたみたいな話です、情報と情報をつなぎ合わせるみたいなことは時々しているものの、あくまでそれだってただの人物のプロフィールを知りたいという好奇心でしかない。
というか、どっちかというと元の人物に関しては軽いテイストでもない限り触れないです、だいたいがもともとわりと有名な逸話か、ゲームのキャラと合体させたみたいな話です、情報と情報をつなぎ合わせるみたいなことは時々しているものの、あくまでそれだってただの人物のプロフィールを知りたいという好奇心でしかない。
その好奇心そのものが比較的真摯なことくらいはあるものの、それで元の人物をどうこううんぬんしたいという意識はないです、著作は著作で別に切り離せるのでたまーにそういう話をしてることはあるけどね、まあその時はむしろ明記するくらいのつもりで。


***1月19日めも。 [#x7c1d660]

文アルの話でキャラ篇みたいなつもりのページですでに脱線してるけど。
んで、最初のイベントが一体いつ頃だったのか今ちょっと記憶があいまいになっているんですけども、五重塔イベントってのがありまして、そこでメインとなったのが【尾崎紅葉】さんと幸田露伴さん、なんで先生って呼んでるのかというとチュートリアルの秋声と子弟関係にある、というか秋声と泉鏡花のお師匠さんらしいんですが。
友人の牛に聞かれたことがあるんだけど年齢差あんまりないんだよね。
黎明期には別にままあることなんで、個人的にはあんまり気にしてませんでした、漫画なんかでも似たようなパターンあるんじゃなかったかな、半回りくらいの差みたいですね、キャリアはもうちょっと違うんじゃなかったかな。
正確には秋声との差が4歳、鏡花との違いが7歳なのかな?
まあ7歳だとそれなりに差はあるようには思うんですが(4歳は確かに珍しいだろうなw)、が、最初の時点ではこれもあんまり気にしてなかったんだよね、イベントの中で「紅露時代」という表現がされていたんですが。
いや、聞いたことはあったんだけど大衆小説の走りだったのかこれ…、という。
 
というか正直なところ尾崎紅葉の『金色夜叉』が大衆小説の走り?! なんか現れる時期おかしくないか、みたいなことを言ってたんだよね、そしたらもものまんじゅうが教科書の記述を探し出してくれましてそこで「偽古典」という表現をされていたんですよ。
露伴先生のほうがまあ漢文交じり、紅葉先生のほうが言文一致(もともとライバルのものらしいですが)という違いはあるものの、題材としては江戸の戯曲に近いみたいな言い方がされてまして、あ、え、あー、みたいな一旦の納得を。


***1月20日めも。 [#a2c6f3e1]

【尾崎紅葉】に関しての続き、あと、ぶっちゃけまして私には幸田露伴と尾崎紅葉の接点のようなものに関しての知識がなく、いや、この二人が交流が頻繁だったら「まず第一に」語られてるだろ、と言ったほうが良かったんだね多分。
特に仲良かったら、絶対に紹介文の中に出てくると思うんだよね。
見たことないってことは、どっちかというと距離があったのかなー、といささか逆説的に考えていたものの、なにぶんにも紅葉先生のほうが21歳くらいの時点で接点となる人物(淡島寒月さんて西鶴を二人に紹介した人だそうで)に出会ったらしく。
その後なんでか読売新聞社に同時に入社、同時だよねこれ、12月ってなってるのよ。
で、紅葉先生のほうが36歳享年ともなるとあー、なんだ、なにかが微妙。
 
寒月さんと露伴先生のほうは13歳時点で出会ってるみたいです、あれだね、時々話題になる帝国図書館みたいです、というか、公立図書館がそこくらいしかなかったみたいなことが語られていたんじゃなかったか。
この二人の唯一の西鶴研究に関しての共著はもものまんじゅうから間接的にしか聞いてないものの、紅葉先生の死後に届いたって…えーと、あの、えーと。
で、さらに言うと紅葉先生の死後、数年くらいで筆置いちゃったみたいです、露伴先生、理由知らんけど、というか数年くらいは書こうと頑張ってるけど途切れていくみたいな…そのまま学位を取って研究の道に行ったみたいな痕跡を人物関係の本で読んでました。
まあ、詳しい本ではないもののさすがにそんなレベルで間違えることもないとは思うんですが、そもそも現時点「紅露時代」と呼ばれた経緯すらわからんで理解しようとしてもなんの意味もないとは思うものの、さすがになにかが複雑なことだけはわかったよ…!!?


***1月21日めも。 [#e7241a90]

ここからちょっと真面目な話なんですが(人物そのものとは無関係な話なので)、そもそも私がなんで【紅露時代】を現れた時期がおかしくない? と言っていたのは二つほど理由がありまして、片方は紅葉先生で、『金色夜叉』ってあれはまあ通俗小説というか、今で言う昼ドラっぽいじゃん。
(かなり世代が下る菊池寛の『真珠婦人』なんかは実際にドラマになってたし。)
で、ああいう系統の話が出てくるのって文化爛熟期なんだよね基本的に。
明治初中期の黎明期にこれ? さすがになんで?? となったわけですよ。
あともう一つは露伴先生が主で、要するに漢文が主幹のあのごっつい文体じゃないですか、私も馴染みのある題材でもないとなかなか読めないやつです、というか、慣れるために論文のほう読み始めたら楽しくなっちゃったんですが絶対話が合う、じゃなくて。
別にそれ自体はいいんだけど、大衆が? これ読むの?
というのがどうしても否めないんだよね、漢文教育はこの二人とも受けてはいるものの、それこそ明治なんてリアルタイムでごんごん減ってくんじゃないのかねやっぱり。
江戸時代までと違っていらなくなってくしなー。
 
みたいなこと言ってましたらもものまんじゅうが教科書を引っ張り出してくれまして、この紅露時代が「偽古典」として分類付けられてるよー、ということを教えてくれたんでぜんはんぶぶん一つ目に関しては概ねすっきり、としたわけですが。
二つ目の大衆レベル高くない?? みたいなのはまだ全く決着付いてないんだよなー、というか紅露文学系統の本読んでると真面目に文体の試行錯誤からやってるんですがそこに対しての容赦のない完成品を分析するような評論…なにがどうなるとこうなるの???

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