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雑記:とうらぶ・文アル他、102 の変更点

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*雑記:とうらぶ・文アル他、102 [#b2abd688]

***12月4日めも。 [#h8c9e2b3]

2018年の5月22日で正直なところ眠いです、ものすごくしょうもない理由なんですけどもとうらぶの「戦力拡充計画」の600戦をあと30戦ほど残した状態になっていてまあ昨日そこまで行ってたんだけどね、だったらもう少し早い時間に初めていたらいいようなもののなんか頭が拒否してまして、こんな時間になりました、の深夜1時43分、さすがに残りそれだけだと今までの努力が…と考えるのもおかしくはないんだ。
だがしかし、もう少し早くね、いや純粋に忘れてた時間も長いけど。
この22日中がメンテです、ファイトーぼくー。
いやさすがに昼2時前には起きてるけどとうらぶ開かないからな正直、ううん。
(アプリで開こうとすると重いの。)
というか今見たらあと7戦だった思ったより少し頑張ってた気持ちが上向いた(1回出陣して10戦くらいしたのですよ)。
 
ところで昨日日付け越える前にぽっちぽっちと純文学と文士村のことを打ち込んでいたんですが、まあ文士村と完全に直結するのは危険かなぁ、しかしあの、結局のところ、実際に暮らしていた人間たちが疲弊し尽くしたみたいな妙な暮らしはどうにもなにかの連帯感の上に成り立っているような気がしてならないんだよね。
ただ、田端でもこの疲労や疲弊はないでもなかったんだよな。
読んでいた時はなんのことかわからなかったものの、芥川もそんなことを言っていたような気がするし、犀星はむしろ馬込を尾崎士郎風から若干の秩序へと塗り替えた側とはいえ、なにかやっぱりこう、なにか強迫観念みたいなものを感じる。
このなにかわからない連帯意識は、あるいは大衆作家たちにもあったかなぁ、とふと。


***12月5日めも。 [#q9f4d8f3]

ところでとうらぶ戦拡、600戦終了! したものの、あと少しこれ打ってから寝る所存です本末転倒っていうかあの、手入れがあと少し待つと終わるので手入れ任務報酬が欲しくてあの。
何回もこれ言ったんだけど、男でも女でも同性でも特殊な相手でもなんなら人妻とか他人の夫であっても、本気で好きで突っ込んで行く分にそんなにどうこう思わないんですよね、相手の迷惑考えろー、とかは友人になら言うけど、友人の夫が寝取られたら怒るけど、赤の他人とかましてや生きた時代が違う人には別に言わない。
愛人持つなとも思わないです、なんていうか生活が違うし。
妻が納得してれば、という感じでもないです、それなら偉いは偉いけど。
繰り返すんだけど谷崎とか宇野千代さんはいいんだ、めっちゃ傍迷惑だけど、なんというか一個ずつわりと真剣だから。
菊池さんなんかは正直あれはもう、愛人ではないのではないか、とまで思えて来たので保留となっています、愛人もいたとは思う多分押し倒されたこともあったよな、しかし、周囲の女と見れば声を掛けていたとかは、なんか違う気がしてきて…。
いずれにしろ、責任取れるんならいいんでないかね、とわりと思う。
 
あれだ、明治時代に逍遥さんが言ってたあれ、男ならば愛人を持つこともあるだろうが芸術のためにとはなにごとだどちらにも失礼だろうというあの。
だがしかし、それでも同意の上であるならば芸術のためにってお互い手を打っててもそこまで気にしないですが、なんか意思弱そうな女に突進してくので感心しない、もっと自分持った女にぶつかるもんじゃないかなー、と。


***12月6日めも。 [#ga26bc97]

なんか変な脱線の仕方してるような気もします、今までにない脱線。
ていうか前日分の雑記を打っていて思い出したのが宇野千代さん、年下の詩人たちがたまにこう、なんかこう、熱烈にアプローチしてくるみたいなの。
何人かといい感じの雰囲気になってました。
ただ、そことは一人も実際には関係…まあベッドインくらいはしたかもだけど、いわゆる愛人関係などにはなっていないようです、というか、千代さん、尾崎士郎に振られるまではなんだかんだと夫が一番大事だしなー。
士郎くんが自分とは全然違う家庭的な女性と一緒になっていたのを確認し、未練はあれど納得してたみたいなところもわりと嫌いじゃない、なんかわかるんだもん。
で、その千代さんにアタックしてた勢はまだしもかなって思ってます、だってこう、難航することがわかってるじゃない、正直村の長者的な扱いされてた士郎くんより格上の女流作家とか振られる価値もありそうじゃない。
自分とも遊んで欲しい、どうせいろいろ遊んでるんだろう的に軽く見た相手もいたのかもしれないけど、乱脈とも特に思わないし、女が自分にさして重きを置かないってわかった上で遊ぶのも別になんにも悪くないよね。
本気でぶつかってったならなおよしみたいなの、芸術のための色恋ってこっちじゃないかなー、と正直思うんだよね、なんか私変なこと言ってるけども。
 
手近で言いなりになってくれる女性を数増やして荒れた生活でございとか、なんかこう、むしろ金のために愛人増やすほうがまだしもっていやそれは違うな!
目的と手段がきちんと釣り合ってれば許容してしまう癖がつい…。


***12月7日めも。 [#l90ca2cf]

ただこう、こうしてぽちぽちと打っているうちに「なにが正しいのか」というのがわからなくなってしまっている、というのはわからんでもないかな、ともふと。
いやなんというか、女たくさん咥え込み小説って、しかも当人があんまり楽しくないというか向いてすらいない場合って、ただのゴシップ小説だよな?
通俗小説って言うよね??
なんかもう、通俗小説を書いて儲けたのでこればら撒いて女遊びをしたいな! いい目見せてやんぞ寄って来い!!
のほうがなんというか数か所の噛み合いが爽やかだよね。
なんというかこれはストレートな俗物なんですけども、純文学作家たちの生活のほうがそれよりもはるかに格下なんだよねどう考えても。
いや、実生活と小説が全く違うんなら別に作家の生活が乱れてても別にいいもんだとも思うんですが、この時代、昭和の作家たちは人生ままを示すことを目的としてたって大前提があったらしいからなぁ。
 
しかしあの、純文学は技巧に走っちゃいけないストーリーがあってはならないって、時代の成功者が言い残してそれからしばらく後に死んでしまってた場合に、そして手元にお金がない作品を書いたところで儲かりはしない生活していけるだけだ、という場合に、経験を増やすのになんかもう、他になにもなかったのはわからないでもない。
ていうかそれ、客観的に見て呪いって言わないかなぁ。
まああの、大正時代を語った論文において「芥川の死後、彼と芥川の全集への傾倒しすぎ」って形で取り上げられていたんですが、それ多分、そういう意味だよねぇ…。


***12月8日めも。 [#o675948d]

前日分までぽちぽち打ち込んでいて「呪い」とまで書き込んで、そこから進まなくなっていたんですが、大正末には萌芽がすでにあった大衆文学とプロレタリア文学が(この二つはなんか見事に時期が連動してるって思う)、一般的なところまで広まっていったのってあるいは昭和初期なんじゃなかったっけか。
大衆文学は技巧を凝らすのはまあむしろ進歩として絶対に必要であって、そうでないのならば一過性の俗悪ゴシップに成り下がるので論外。
いっくら売れても残される体裁ですら出されないあぶくのように数がいる
そんな生活だと大衆作家だって疲弊していくし、未来を考えるならば傑作名作の存在は絶対に必要だと思うんだよね、それは指針ともなるし。
プロレタリア文学は全く逆に、ある程度の読みやすさに進むということは必要であっても技巧をある程度は廃さなきゃならないんじゃないかと思うんだよね、なんというか、現実の社会を映さないプロレタリア文学にはさすがに意味がない。
(それはさすがに私が一番うーん、と思う人たちだって守ってたよ、その上で面白くもそれを読む意味もないなとは思ったけども、写実的ではあるんだ必ず。)
 
プロレタリア文学はある意味で『キング』という仮想敵を作った論争において純文学の側に行くことを選んだのかもしれないなぁ。
昭和6年頃に収束したその論争の如何によっては、あるいは大衆小説の亜種という
ことになっていたのかもね。
で、そういう意味で「中野重治がいなければプロ文学にはもっと豊饒な未来があったのに」という意見は…わかるな、馬鹿にしててごめんね(だって横浜事件が…)。


***12月9日めも。 [#k8a0f9e8]

芥川が昭和初期から「純文学はストーリーを排除しなければならない」という呪いを掛けていったのだ的な前提に立つと、まあまあそこから大衆小説がばっかんと綺麗に分岐していったのも、プロ文が結局読みやすさを求めようとしなかったという展開もわからないでもないかなー、という。
そういや、『ゴー・ストップ』ていうなんかのドタバタ逃亡劇みたいな結構売れた作品があるんですけども、これをプロ文として認めるか認めないかみたいな意見もあるのだったっけか、論争に同志の作品難しいよー! と伝えてた徳永直さんがいたのでなんとか引っ掛かってるってところなのかもなぁ。
しかしこう、大衆が読まない労働階級小説ってなんじゃろうな、とやっぱり思う。
菊池さんがぷんすこ怒ってたんだよね、あ、『話の屑籠』で昭和6年くらいに。
なに言ってんだかわからずにわりと最近キングの本読んで初めてこれかー、となったんだけどね、直くんが出て来たプロ文の論争多分もう一回はないだろ他のメンツだとまあともかく(あとは論客少なくないからなぁ)。
 
で、でっていうか、重治って芥川がプロ文書かせたんだよね多分。
多分というかプロ文に関わるよりも前にプロ文書かせたら絶対いいもん書くよー(*´∀`*) という手紙が存在するぽいので。
あと、よくよく考えたら田端同人の『驢馬』ってメンバーが左傾化して空中分解してたって言われてるんですけども、芥川がそもそもそう誘ったって可能性すらないでもないのかしら、まあ確認もなにも触れてることもないのですけども。
抗えた人いんの? となるよな、いや、確認取れないけど全く。


***12月10日めも。 [#t9bf3e7c]

ええと、ここまで書いて来てどっからが可能性はないでもないけど妄想で、どこに関してはまあ表現近いけどこういうことは言われてるから、みたいなもんなのかがちょっときちんと区分けできてないんだけども。
ええと、ここまで書いて来てどっからが可能性はないでもないけど妄想で、どこに関してはまあ表現は違うけどこういうことは言われてるから、みたいなもんなのかがちょっときちんと区分けできてないんだけども。
純文学の表現論争を…大正末くらいからかしら、まあ円本ブームの最中には全く見た覚えがないのでそれより遡りはしないと思うんだけど(確認しようよ)(しかしどの文章から始まってるのかわからないから面倒い、芥川の文章のみ残ってるとかぶっちゃけざらだし!)、まあどう考えても芥川の死んだ昭和2年くらいまでしてたんですよね。
してたんだよな。
そしてそのあとに芥川の全集が出ました。
身内でルビあーでもないこうでもないみたいなことさんざ言ってたやつ、読めないから住職さん読んで! と頼んだら文脈で違うから無理?! と逃げられて、俺の解釈で良ければなー、とけらけら笑いながら露伴先生が引き受けてくれてたやつ。
歴史は菊池さんが守備範囲で西洋哲学系はまあまあ帝大では標準装備なので見当はつくんだろうけど宗教説話とかは菊池さん興味なかったしなぁ…、はっきりしないもんとかとことん苦手だよね、民話はいけるんだけど。
 
純文学にはストーリーがあってはならないみたいな、構造に技巧を凝らしてはならないみたいな、仕掛けがあってはならないみたいな。
それをぶち立てて自分の精神状態を曝け出してったみたいな『歯車』を書いて自殺して、そこに残された博学の極みみたいな感じの全集、ああうん、なんかもう、純文学作家たちが群れておかしくなってったのもそんなに違和感なくなったわ、仕方ないな。


***12月11日めも。 [#z539c4dd]

というかこの流れだとプロ文とも芥川、なんか一枚噛んでいそうな気がするんだけどね、というか、論文ならわかるんだプロレタリア理論、それを小説で示すってなると一体なにを示すのっていう、特権階級のいじめを執拗に描写してく系の作品しかなかったったのもわからないでもないんだよな、なんか。
菊池さんが「ちょっと変わったノンジャンル」として労働階級の青年と、工場長の娘の恋愛を描いて、その恋愛が悲劇ではなく両者の融和をもたらしたのだ、という話が大正10年の朝日新聞の連載でなんかこれを日本で初めてのプロレタリア文学と呼ぶこともまああります、というか正確には労働者ががっつくように読んでいた初めての小説。
皆読んでるよー! だろー! 「階級小説」よりいいよなー(あははは)、みたいな会話を労働階級の脚本家の人としてまして、あれは何年くらいかわからないけど作品書いた大正10年から大正12年の間までなのでよく考えたら絞れてた、なんか取材かなんかでご縁が出来たんだって。
大正12年までなのはその脚本家さんが関東大震災のあとに殺されてしまったので、まあうん、理由とか不明なんだけどね、襲撃された7人だったかのうちの一人だって。
 
この辺は結構あちこちに散らばってまして、ただ、いずれも戯曲関係の人の本でないと読めなかったです、菊池さんとの関係もなんか薄いやつ。
書いてはないけど多分、彼と近しい人たちはその辺知ってたんだろうなぁ、別に自分の執筆活動隠すとかない人だし隠してもしょうがないようなことだし。
芥川がプロ文突っ込んでったのいつかなぁ、少なくとも田端の『驢馬』は大正15年か、ううん、プロ文小説が出て来たかどうかの時期か…。


***12月12日めも。 [#wa5b15e0]

わにわに、まあ、結局なにを書きたいんだか書いてるんだかさっぱりわからないままに分量だけ結構なことになってるんだけど、私が芥川と菊池さんの事情を連動させているのは実は多分あんまり賛同者はいないかなと思います。
親しくないのよー、今の認識されてるものは新思潮がやたら有名になったからの補正なのー、みたいな感じのも見たけど、言い切ってないけど出来れば完全に縁を切ってて欲しいって思ってる人もいていいかなと思います芥川のほうに。
菊池さんのほうからは芥川は普通にひょこひょこ出てくるので、多分あんまり、切り離すっていう発想がないんじゃないかな…、そうね資料だよね仕方ないね…。
ほぼ独断独走なんだろうなといろんな点から言い切れるのが晩年の表現論争くらいで、あれはもう、当人の趣味とか菊池さんの趣味とかも完全にぶち切れてる。
なのでまあ、あれこそが本当の芥川! て人がいるのも別にありかなって思ってるんですが、なんというか、多分それからあとの純文学作家たちって書く場所がまずろくにない新しく世に出るチャンスが『新潮』にしかないみたいな状態で耐えてたらしいし。
 
ただ、純文学を代表するみたいな芥川賞って表現論争わりとガン無視だよね。
菊池さんが私財で彼の友人たちを集めて作った賞だからなんというかわりと無理もないんだけども、ていうか純文学なんか書いてないし、まあ純文学作家全員よりも儲けるけどなー、みたいな業界の王者が私財で作った賞だ。
その時点で芥川に関しての全集の出し直しだ遺族の世話だ、彼の友人の世話だってなんか普通のことのようにずっとやって来たあとなんだよね、まあ切り離してる人がいることの気持ちまではわかるんだけども、まあ、参考にはあんまりしないかな。


***12月13日めも。 [#be5194ad]

かっぱわにわに、冒頭に掛ける手間みたいなものが最近極限まで縮まってきてますが駄文みたいなよくわからないものは相変わらずあるというかまあ別にいいんだけど。
菊池さんと芥川を連動させるのはまあ個人的にはそんなにこう、だってこう、芥川が資料扱いだし! という意味で菊池さんからまず読んでった人間にはそんなに違和感がないんですけども、そうして連動させようとしても上手くつながっていないので連動させた意味がないというかまあなんだ。
大正12年の時点で『文藝春秋』が出来た時点でそれなりにプロ文と呼ばれてる人たちとの論争があったらしいこと、ただしその時点で小説というものが事実上「階級小説」というプロ文の人たちが眼中に入れてもない系統のものしかなかったこと。
(大正15年くらいから『文藝戦線』があるのでその中で小説があったらしいです、あったらしいというか小説メインとかではないみたいなのよねよくわからんけど。)
 
芥川がプロ文に対して敵意混じりで別の派閥に関与しようとしたのが一体いつくらいなのか、これはどうもプロ文見てればわかるような気もしないでもないんだけど、なんか断片ぽいのであちこちに散らばってるんだろうなぁ。
無産政党みたいな人との関係はむしろ菊池さんがありますね、労働者小説の大正10年の時になご縁が出来て昭和3年に政党から出馬してるみたいだし。
さてあと何個かパズルのピースが足りない気がする。
『驢馬』は大正15年、そういや『文藝時代』は大正13年に出来て左傾化して終了したって言われてるんだっけなんか関係あるのかしら、潰れたのが昭和2年。
表現論争ってあれ、どうも時期変じゃないかしら…。

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(とうらぶ・文アル他、102)
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